第2話 イノリブクロ




 井上梨絵子いのうえりえこが全員の顔を見回した。

 部員の中でいちばん体の線が細く、一重で八重歯が特徴的だ。性格は明るく物おじしない特攻隊長である。


「みんな、イノリブクロって知ってる?」


 全員が注目する中、梨絵子は徐にいった。


「……いのりぶくろ?」


 土屋麗良つちやれいらが首を傾げた。


「どこかの地方に伝わる、『神様に祈りを捧げる儀式のときに用いる袋』のことなんだけど、より神様に祈りが届くようにと、幾つかの決め事があるの。


 1・袋は、できれば自分が着ていた古い衣服で作った布袋であること。

 2・袋の中に、祈りのことばを書いた紙と、自分の体の一部(髪や爪など)と植物の種を一緒に入れて、土の中に埋めること。

 3・祈りのことばとは、自分で「こうしたい」とか、「これをやります」といった自力本願のようなもので、神様に「こうしてください」といった他力本願な、願い事を書いてはいけないということ。

 4・いのりぶくろに書いたことばを、決して他人に知られてはいけないこと。

 5・袋を埋めたら、決して掘り返してはならない。まして、掘り返して中身を見てはならないこと。


 この決め事を破ると、災いが起こると言われている。でも、きちんと行ったイノリブクロの儀式は神様に届き、袋を埋めた者は、必ず自分の祈りの通りに行動し、祈りが実現するみたい」


「ねえ……ちょっといい?」


 海藤凛かいとうりんが話に割って入る。


「決め事を破ったら、破った人に災いが起きるの?それとも袋を埋めた人?」


「それを今から話すとこ」


 梨絵子はニヤリとして、話をつづけた。


「これは私が小学校のころの話なんだけど、私って中学のころ、神戸からこっちに引っ越してきたんだけど、で、そのイノリブクロの話が学校で流行って、やってみようってことになったの。

 でも、さっきの決め事の時にみんなも思ったと思うけど、三番の、の違いって分かりづらいじゃない?ここで言う祈りと願いの違いをもう一度説明するけど、『自力で願いを叶えます』って言うのが祈り事で、『神様に願いを叶えてもらう』が願い事ということを覚えておいて」


「わかりづらいな」


 松下里緒菜まつしたりおながぼそりといった。


「そうなの。……結果、みんな神様に願い事を書いて、それを布の袋の中に入れて、校庭の隅に埋めてしまうの。

『背が伸びますように』とか、『誰々と付き合えますように』とか、他愛のないこと。

 でも、その中に切実な願いを書いた子が一人いたんだ。その子、病弱で学校に来たり、来なかったりしていた子で、名前をA子ちゃんとしておくね」


「来た?そろそろ怖くなる?」


 張本唯衣はりもとゆいが隣の関谷百合せきやゆりの腕にしがみついた。


「ちょっと、痛い」


 百合が唯衣の体を押して離す。


「クラスメートの中には、『A子ちゃんの病気がよくなるように』とイノリブクロに入れた子もいたみたい。でも、それからしばらくして、A子ちゃんは病気が進行して亡くなったんだ」


「……」


 中田ほのかが耳に手を当ててみんなの表情を伺う。


「それから、どのくらい経ったか……すっかり、イノリブクロを埋めたことも忘れて、学校生活を続けていたんだけど、ある日、クラスの男子が教室で騒いでいて、『イノリブクロを埋めたところに、とんでもないものが生えてきている』って言うの。

 それで、クラスのみんなで見に行ったんだけど、いまでもその光景が頭の中に残って、思い出すだけでもゾッとする」


「なに?」


 林ひかるがクッションを強く抱きしめる。


「校庭の隅の一角に、コンクリートの塀を背に、一本のヒマワリが生えていたの。

 先に来ていた男子たちがA子ちゃんの名前を口にしていて、そのうちの一人が、『お前たちも見てみろよ』って一本のヒマワリを指さした。

 ヒマワリに近づいていき、男子が指さすところを見てみると、ヒマワリの茎に、イノリブクロに使った布と、祈りを書いた紙、数本の髪の毛が巻き込むようにして生えていたの。

 ……そして、その祈りの紙には、A子ちゃんの名と、祈りの言葉が読み取れた」


「なんて書いてあったの?」


 藤田冬香ふじたふゆかが聞いた。


「……『クラス全員、死ねばいい』って、書いてあった」


 室内がシーンと静まり返る。


「……えっ、どういうこと?」


 最初に田沼果歩たぬまかほが声を発した。


「これにはいろんな解釈があって、一つは、A子ちゃんは自分の願望を書いて、ペナルティーを受けた。

 もう一つは祈りが通じて、A子ちゃんが最初に亡くなったという説。

 それと、もう一つは埋めたものを決して掘り返してはならない、という決め事がヒマワリの成長によって破られたということ」


「でも、待って」


 小園蓮花こぞのれんかが手を胸の前に出す。


「決め事が破られてペナルティーがあるなら、中身を見たクラスメートにもペナルティーがあるんじゃない?」


「そうなの。けど今のところ、誰もペナルティーを受けたって聞いてないし、ましてや誰も死んでないから、安心して」


 と梨絵は微笑んだ。


「よかった」


 近藤陽花里こんどうひかりがポツリとつぶやいた。


「……けど、なんか、気分がすっきりしない話だよね」


 織田きいらが苦笑いしていった。


「怖い話って、基本そうよ」


 香西真利亜こうざいまりあが冷静につっこんだ。





 親切な家族へつづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る