第2話 入会
意気消沈しながら街を歩くロビン。その手には、勇者が残していった布袋が握られている。
「くそっ! 勇者の奴。こんな端金を渡しやがって」
酒場を出る際、勇者達が飲み食いした分を払っていかなかったため、ロビンがその分まで払わなければならなかった。そのため、手元に残ったのは僅かばかりの金だった。
「これじゃ3日も持たない」
何かしら働き口を見つけなければいずれ飢えてしまう。そう思ったロビンは、何かよさそうな仕事が無いか、街を散策していた。
クエストを受けるという手も有ったが、殆どがモンスター退治であり、ロビン1人でこなすことは難しかった。自分の無力さを痛感する。
裏路地に入ると、ロビンはふと気になる店を見つけ足を止めた。
看板を見上げる。
『筋トレジム パンプアップ』
煌びやかな装飾が施された看板は、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出していたが、自暴自棄になっていたロビンは吸い寄せられるように、店の扉を開く。
一歩店に入ると、汗と薔薇の匂いが漂って来た。その匂いに思わず袖で鼻を覆う。
「あ~ら、いらっしゃい」
そこにいたのは、禿頭の筋骨隆々な人物だった。上半身は裸で、手には重そうな物を握っていた。
「まぁ! イ・イ・オ・ト・コ」
ロビンが呆気に取られていると、筋骨隆々の人物は重い鉄の塊を地面に置き近づいてくる。
「あたしは、キャサリンっていうの。ヨロシク」
キャサリンと名乗った人物は、ジロジロとロビンの身体を舐めまわす様に見ると、おもむろにその身体を触り始めた。
あまりの突然の出来事に、ロビンは固まったまま動けないでいた。
「うんうん、いいわぁ貴方。素質をビンビン感じちゃう」
「え? ちょ……何ですか?」
「あら、ごめんなさいね。つい興奮してしまって」
ようやく我を取り戻したロビンだったが、先ほどまでの鬱憤もあり、文句の一つも言ってやろうと口を開きかけた時、
「貴方ならきっと、勇者を超えらえるわぁ」
その言葉を聞いて、ロビンは口をつぐんだ。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味よぉ。この世界で一番強くなってみたくないかしら?」
「それは……」
正直興味がないと言えば嘘になるが、あまりにも胡散臭い話だと思った。しかし、その誘いはあまりにも魅力的だった。
「力が必要なんでしょお? それとも他に理由があるのかしらぁ?」
「……」
ロビンは何も言えなかった。何故分かったのか不思議ではあったが、それよりも強くなることで得られるメリットの方が大きいと判断したのだ。
「強くなりたいです!」
「よく言ったわぁ。そうと決まれば早速トレーニング開始よぉ」
「え? でも、入会金とか必要なんじゃ……?」
表の看板には、入会金や月額などの料金表が書かれていたのをロビンは確認している。
「あら、そこは心配しないでぇ。今ちょうど、入会金無料キャンペーン中なのぉ」
こうして、ロビンの修行が始まった。
キャサリンの指導の元、様々な器具を使って筋力をつけていく。初めのうちこそ辛かったものの、徐々に筋肉がついてくるのを感じると、そんなことも忘れて必死になって鍛えた。
3ヶ月が経つ頃には、他の冒険者と比べても見劣りしないほどの肉体を手に入れていた。
そして、ある事に気が付くのである。
「筋肉は裏切らない」
仲間は裏切るが、筋肉は鍛えた分だけそれに答えてくれる。それがたまらなく嬉しく、また気持ちよかった。
(だが、まだ足りない。こんな筋肉では竜狩りの弓を使いこなす事なんて出来ない)
半年を過ぎると、もはや勇者たちの事などどうでも良くなっていた。
半分自棄になって始めた筋トレだったが、快感に目覚めてからは些細な事と過去を笑い飛ばせるようになっていた。
勇者一行は今だ魔王を倒せておらず、相変わらず魔物も出るため世界は平和になっていない。そんな事も、今のロビンにとっては大して重要な事では無くなっていた。
自分の筋肉と語り合う。それが今の1番の幸せだった。
もう、ほんの少しだけ想いを寄せていたクレリックの顔さえ思い出せないでいた。
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