ロビンの丘

玄門 直磨

第1話 追放

 様々な冒険者が集う宿屋兼酒場である『黒羊亭』。その一角のテーブルに、5人組のパーティーが座っていた。

 酒場は、昼間だというのに多数の冒険者が酒を飲み、食事をしておりとても騒がしい。だが、そのパーティーだけは、そこの空間だけ切り取られたかのように静かだった。

 それは、パーティーのリーダーである勇者が放った一言が原因だった。

「なぁロビン。今日限りでパーティーを抜けてくれないか?」

 ロビンと呼ばれた若きアーチャーは、始めその言葉が理解できず、直前まで談笑していた笑顔でジョッキを一気に呷った。

 空になったジョッキをテーブルに置き、俯いて今耳にした言葉を反芻する。

(今、なんて言った? 俺にパーティを抜けろだって?)

 テーブルを囲む巨漢の男戦士、柔和な顔立ちの女性クレリック、狐目が印象的な女性ウィザードも、ロビンの言葉を待つように沈黙している。

 だが、沈黙を破ったのはロビンではなく勇者だった。

「これは、パーティーの総意なんだ。正直、お前がパーティーにいても役に立っていると思えないんだよ」

 ロビンは追撃の様に放たれた勇者のその言葉に耳を疑った。

 お前は役立たずだ、そう言われたのだ。

 ロビンはパーティーに貢献している事を自負していた。中距離から前衛の2人を援護し、適度にヘイトを買い敵の注意を引き付ける。また、索敵スキルで敵の奇襲を警戒し、逆に油断している敵に対して奇襲を仕掛ける事もあった。それなのに、だ。

「いやいや、ちょっと待ってくれよ。俺が役立たずだって?」

「そう言ったつもりだが、理解出来なかったか?」

「理解していないのはそっちだろう? 俺が敵の注意を引き付けているからお前や戦士が戦い易いんだろうよ」

「ほら、そこなんだよ。俺や戦士は傷を負いながら敵と戦ってるんだ。けど、お前は敵の攻撃が届かない所から大してダメージの無い弓でチクチクやってるだけ。お前が居なくたって戦士が充分注意を引き付けられる。だからお前は不要なんだよ」

「それを言ったらクレリックだってウィザードだって、遠距離でほぼ敵の攻撃を食らってないじゃないか。なんで俺だけそこを言われなきゃならないんだよ」

「お前と2人じゃ価値が違う。クレリックは傷や状態異常を治してくれるし、ウィザードは物理攻撃の聞かない敵に対して大ダメージを与えることが出来る。だがお前はどうだ。ちょっと遠くから敵が視認出来るとはいえ、矢に金がかかって仕方ない」

 ロビンには特殊なスキルが有った。それは、周囲の敵を探知しその姿がハイライトされて見える能力だった。しかもそれは、建物や木などを透過してみることが出来た。そのため、建物や岩陰に潜んでいる敵もあらかじめ確認することが出来たのだ。更に、狭い範囲に集中すれば、数キロ先まで探知することも可能だ。

「矢に関しては確かに金がかかるけど、自分の金で買っているし、不要な戦闘を避ける事が出来ていただろう」

「だから、それがたいして必要ないんだよ。モンスターの気配だったら大体俺も分かるし、これから魔王討伐の長旅に出るんだ」

「だったら尚更俺が必要だろう?」

「おいおい、自惚れるのも大概にしろよ? 30年間眠っていた魔王が復活したんだ。そん所そこらのモンスターと訳が違う。そんな中お前の様な足手まといが一緒にいたら邪魔なんだよ」

「だけど、少しでも人数が多い方が――」

「いい加減、諦めたらどうだ?」

 今まで沈黙していた男戦士が野太い声で静かに言った。

そして、それに便乗するように女ウィザードが「そうそう。見苦しい男はみじめだねぇ」と肩をすくませ、女クレリックが申し訳なさそうに「な、長旅は、色々と節約しなきゃだから」と続けた。

「――っく」

 その仲間たちの言葉を聞き、ロビンは心底落胆した。

 勇者と戦士だけならまだしも、ウィザードやクレリックでさえロビンは不要だと思っている事に。

「確かに、お前がいて助かった場面も有ったかも知れない。だが、これからの旅には不要だって事だ。せめてもの情けに多少の金と、先日遺跡で見つけたその役立たずな弓をやるから」

 ロビンは、勇者が顎で指した自分の斜め後ろをチラリと見る。太い柱には、1本の大きな弓が立てかけてあった。

 その弓は特殊な形をしており、手下部分に突起が付いている。持ったまま弦を引くのが困難なほど重い弓であるため、その突起を地面につけ使用するようだが、屈強な戦士でさえ弦を引くことがかなわなかった。

「何が竜狩りの弓だよ。でかくて重たいだけで、てんで役に立ちやしない。しかも、どこも買い取ってくれないしな。ははっまるでロビン、お前みたいだな」

「じゃあ俺が、この弓を使える様になればいいんだな?」

「いやいや、無理だろ。戦士だって無理だったし、お前すげー非力じゃん」

 勇者の指摘通り、ロビンは非力だった。弓を扱うのにもそれなりの筋力が必要だが、勇者や戦士に比べれば、大人と子供ほどの違いがあった。

「しかも体力も無いし。これからの長旅にお前が同行されると迷惑なんだっていい加減わかれよ」

 勇者のその言葉に、ロビン以外の3人が頷いている。

 体力が無いのは、クレリックやウィザードも一緒じゃないか、という言葉をロビンは飲み込んだ。もはや何を言っても受け入れてもらえないだろう。そう思ったからだ。

「それにあんたって、影が薄いのよね~。戦闘中も見えない所で矢を射ってるし、普段もいつの間にか居なくなって、いきなり現れるし」

「そ、そう。なんか、背後からじっと見られているようで、なんか、気持ち悪い……」

「って事で、お前とはここでお別れだ。まっ、せいぜい頑張れよ」

 勇者は小さな布袋をロビンの方へ放り投げた。ジャラッと軽い音を立てて、ロビンの目の前に落ちる。

 そして立ち上がると、振り向きもせず酒場から出て行く。それに続くように、戦士とウィザードも酒場を後にした。クレリックだけは酒場を出る瞬間、少し悲し気な表情で一度だけ振り返ったが、特に何か言葉を発することなく酒場を後にした。

 1人取り残されたロビンは考える。なぜ自分がパーティーから追放されなければならないのか。確かに戦闘面では遅れを取ることが有ったのは事実だ。しかし、罠や探索で食料を確保したり、野営の準備をしたりと、旅をする上での貢献度は非常に高かったはずだ。

 悔しい。

 ただ単純にそう思った。

 見返してやる。

 心のそこからそう思った。

 勇者が残していった布袋と竜狩りの弓を掴むと、ロビンは怒りや嫉妬、悔しさや惨めさを噛みしめながら酒場を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る