魔法少女ジャガンナータ

はち

第1話 魔法少女はフリフリのドレスを着たい。

 高層ビル群を抱擁するとある地方都市。

 その中でも更に高いのは通信事業を担う会社のビル。社屋の上に突き出た電波塔の上から街を見下ろす影が1つ。


「なーに黄昏れてやがる」


 影の脇に浮く小さな影、月を覆う雲が一瞬切れてその正体を顕にした。白い羽を背負った様な熊のぬいぐるみ。愛らしい姿とは正反対の酒と煙草で喉が焼けた声だった。

 ぬいぐるみの背中には羽根の他にもリュックの背負い紐が見える。


「五月蠅い黙れ」


 熊のぬいぐるみの脇に立つ人物がぬいぐるみにうんざりしたような声で告げた。

 身長は190cm超、その恵体をマジカルケブラーで編まれた赤と黒の野戦服に襟の立ったゴム引きの外套を着込んでいる。

 そして、背中には大きなタンクが1つと小さなタンクが2つ付いた奇妙なボンベを背負っていた。ボンベにはホースが一本繋がっており、ホースの先には1メートルほどの太めの鉄管があった。

 鉄管の根本は厚手のゴムと布が巻かれており、取手のような物も取り付けてある。


「念願の魔法少女じゃねぇか。

 何が文句ある?ええ?」


 熊のぬいぐるみは異風な格好をした人物の前に飛ぶ。魔法少女フレーメンナータ。後に世界を救い尊敬を集める世界最強の魔法少女である。


「わたしは!もっと!可愛くて!愛らしい!魔法少女が良かったのぉ!!」


 フレーメンナータがぬいぐるみに向けて叫ぶ。此処が電波塔の上でなければ警察に通報されても可笑しくない恰好であることは間違い無い。


「アァン?

 テメェみたいな運動音痴で体力もねぇ上に何の才能もねぇ餓鬼が他の魔法少女達見てぇに活躍できる訳ねぇだろうが」


 熊のぬいぐるみはフレーメンナータを可哀想なものを見る目で告げた。


「隣のクラスの南ちゃんも運動音痴だし赤点取るし私より頭悪いのに私より可愛い格好よ!!

 おかしいじゃない!!」

「そこに関しちゃ、妥協だな。

 お、丁度良い。近くに魔人が出た。南ちゃんとやらも来るだろうから見に行くぞ」


 熊のぬいぐるみ、マスコットのくま吉が告げた。べつに兎の助手をしている訳ではない。


「何処!?」

「上野歯科だよ。お前の学校の近所にあるだろう?」

「えぇ!?何であんな所に!」

「それはまた後で説明する。

 取り敢えず行くぞ。一歩前にでろ」


 くま吉は電波塔より更に前に出た。。フレーメンナータは一瞬ビビッたがどうせ不思議な力とかで飛ぶのだろうと考え一歩前に踏み出す。真っ黒な虚空。フレーメンナータは重力に従い自由落下を始めた。


「よーし、鉄塔を思いっきり蹴って前に跳べ!」

「魔法の力で飛ばしてくれないの!?」

「はぁ?そんな力あるわけねぇだろ。俺が飛ぶので精一杯だよ」

「テメェェェェエェェ!!!」


 フレーメンナータは20メートルほど落下し、決死の覚悟で鉄塔の足を自分の怒りに任せて蹴り出す。

 ドンと凄まじい衝撃音がし、フレーメンナータは空を跳んだ。蹴飛ばされた鉄塔は僅かにはしゃげ、繋がっていた電線は火花を散らす。


「良いか!目的地までの誘導は俺がする!

 着地の際は落着点に気をつけろ!

 スーパーヒーロー着地は膝に悪いからちゃんと5点接地かローリングしろよ!」

「で、出来る訳無いでしょうが!!」


 フレーメンナータは重力加速度もプラスしながら凄まじい勢いで地面に向かう。落着点には魔法少女と思しき可愛らしい格好をした少女と仮面の様なフルフェイスヘルメットを被ったヒーロー、原色カラーの三人組ヒーローが真っ黒なブヨブヨとした人形の異形と脇に立つ白衣を着たロボ相手に対峙していた。


「退いてくださぁぁぁあぁぁい!!!!」


 フレーメンナータはフルフェイスヘルメットヒーローと黒いブヨブヨの異形を巻き込む形で地面に転がる様に落着し、脇に停まっていた駐車違反の車に激突しながら停止する。


「何だ!?新手か!」

「でも魔人を巻き込んで行きましましたよ!」


 残された少女とユニットヒーローは戸惑うしかないし白衣を着たロボも同じだった。


「済まねぇ、ウチの魔法少女だ。

 さっきなったばっかで力を使いこなせてねぇんだ」


 追いついたくま吉が4人に説明をする。

 しかし、4人や未だ砂塵によって姿が見えない3人よりも速く我に返ることに成功したのは白衣を着たロボであった。背後では潰れて廃車確定の違法駐車の車がけたたましい警報音を鳴らしている。

 ロボ、名をDr.ロスアラモスと言う。彼は我に返ると手に持った光線銃を突っ込んで来たフレーメンナータ達に砂塵の晴れる前に乱射した。

 ビキャンと言う摩訶不思議な音共に赤い光がチカリと光った。光線銃なので砂塵に色が付いたのだ。

 そして、砂塵の光った部分のみ穴が開く。その空域を飛んでいた塵は綺麗に焼けてしまったのである。


「うぇ!?

 何かブヨブヨに穴が!?あ!ヘルメットの人!?」


 砂塵の中からフレーメンナータの声が聞こえたと思うと、くま吉は叫んだ。


「敵に攻撃されてるぞ!

 ぶっ放せ!ホースで水をまくみたいなぁ!!」

「あっ!テメェ!!」


 そして、砂塵の中から何かが飛び出てくる。それは赤い何かだった。否、炎の龍だった。炎の龍はDr.ロスアラモスを飲み込んだ。


「龍?」


 誰かが呟いた。


「いーや、あれはロケット燃料だ。液体だけでも人間を溶かしちまうし、火なんか付けたら鉄をも溶かすぜ」


 くま吉はヒッヒッヒッと笑う。

 Dr.ロスアラモスは火達磨になってその場で動かない。いや、動けない。関節が溶けて固まったのだ。着ていた白衣は一瞬で燃え尽き、手にした光線銃もドロドロに溶けて手だった物に引っ付いている。

 炎の熱で砂塵も燃え、視界が晴れた。夜だと言うのに昼間の様に明るく、そして、熱波が凄まじい。

 魔法少女は露出が多く、余りの熱さに後ろの方に逃げている。


「な、なんて火力だ……」

「い、一瞬でDr.ロスアラモスを……」

「ひ、酷い……」


 ガシャガシャと重そうな音を立ててフレーメンナータが現れると空気が張り詰めた。フレーメンナータは首を巡らせ、くま吉を見付けるとその躯体からは考えられ無い速さでくま吉に飛び掛かる。

 しかし、くま吉はその掴みを避けた。


「何するんだフレーメン」

「何するんだじゃない!それはこっちのセリフだ!!」

「何怒ってやがる。

 そもそも彼処に登ったのも、彼処からジャンプ決めたのも全部お前の同意だろう?」


 くま吉は呆れたように首を振った。

 フレーメンナータは右手に持った鉄管、火炎放射器の放射装置をくま吉に向ける。


「全部説明してよ!」

「あーん?

 1から10まで説明しねぇと分からねぇのかお前は?」

「当たり前よ!

 1聞いて全て理解できたらそもそも成績優秀の天才よ!」


 フレーメンナータの言葉にくま吉は確かにと頷いた。


「ま、いい。

 俺にそんなもの向けるのは良いが、そんな事してる場合か?」


 くま吉の言葉に全員が首を傾げた。次の瞬間、黒く太い何かが飛んでくる。ドチャッと鈍い音がし、全員が音をした方を見ると真っ黒いスライムが壁に張り付いていた。

 フルフェイスヘルメットのヒーローを巻き込んで。


「マスカレーダー!?」

「揃いも揃って何してやがる。

 敵を完全に無力化するまで目を離すなってマスコット共に言われなかったのか?」


 くま吉が呆れた声で告げる。


「マスカレーダーさん!」


 フリフリドレスの少女が叫び、手にしたステッキでスライムを殴り付けるように振りかぶる。そして、エイと振るとビームが出てスライムに直撃した。


「私もああ言うのが良かった!」


 フレーメンナータがドレスの少女を指さして、くま吉を睨み付けた。


「だから、敵を目の前に視線を外すんじゃねぇよ」

「ギャッ!!」


 くま吉が言うが早いか、そんな声が聞こえる。


「え?」


 フレーメンナータが振り返るが早いか、凄まじい速度でドレスの少女が飛んできた。フレーメンナータは咄嗟にその少女を胸で抱き止める。


「ナイスキャッチ」


 くま吉がそんな感想を述べ、フレーメンナータはくま吉を睨み付けつつ少女を降ろす。


「南ちゃん!?」


 少女、隣のクラスの南ちゃんはその場で血の混じったゲロを吐き出し体を抱えるように小さく丸まって泣き始めた。


「聞いてないよ!聞いてないよぉ!こんな痛いなんてぇ!!私死んじゃうよぉ!!」

「そりゃそんな防御力の紙みてぇな装備じゃ、痛いに決まってる」


 南ちゃんの言葉にくま吉が呆れた様に告げた。


「どういう事?」


 くま吉の言葉にフレーメンナータが振り返る。


「だからお前は!」


 くま吉が言うが早いかフレーメンナータの脇に鈍い衝撃が伝わる。見れば先程のブヨブヨした黒いスライムが腕を伸ばしてフレーメンナータの脇腹を殴りつけていた。


「え?」


 しかし、フレーメンナータにはその衝撃と少しの不快感が伝わるが痛みは殆ど無い。


「俺は魔法少女になる女の子の事を第一に考える心優しいマスコットなんだぜぇ?

 ほら仇を取ってやれPaybacktime!」


 フレーメンナータは未だに腹にめり込んでいるブヨブヨした腕を掴むと、そのまま引っ張る。スライムはバランスを崩した。


「今だ!」


 ユニットヒーロー達が一斉に殴りかかったり。

 フレーメンナータはヒーロー達にタコ殴りされるのを見ながら手を離す。しかし、次の瞬間にはスライムの腕はヒーロー達をなぎ倒した。

 薙ぎ倒されたヒーロー達は壁に激突し、そのまま気を失ったのか動かなくなる。


「えぇえ!?

 なんで!!」

「何でも良いからよぉ焼き払っちまえよ」

「う、うん」


 フレーメンナータが火炎放射器を構え、今まさに殴り掛からんと起き上がったスライムに無慈悲な火炎放射。

 スライムはウネウネと焼け縮みながらドンドン小さくなっていく。


「えぇ……」

「よし片付いたな」


 フレーメンナータの脇にくま吉がやって来る。


「んじゃ、帰るぞ」

「え、でもこの人達は……」

「んなモン俺等の管轄じゃねぇ。

 第一、其奴ら抱えてどーすんだ?病院にでも運び込むのか?」


 くま吉の言葉にフレーメンナータは困った。

 確かに倒れている彼女たちをどうするかの手段はない。しかし、いくら何でもこのまま放っておくのも人情というものが無い。


「暫くすりゃ警察来るからほかっとけ」


 くま吉の言葉にフレーメンナータは何度か振り返り、それから去る事を決めた。


「んじゃ、手短に近くのビルに登って跳んでくぞ」

「それ以外の方法はないわけ!?」

「あるっちゃ、あるが今のお前じゃ使えねぇ」

「なんで!?」

「ゲームで言うところのレベルが足りてねぇからだよ。

 もっというとお前が悪い連中を倒すと貯まるマテリアルの量が足らねぇから俺が精製してやることが出来ねぇ」


 くま吉のぶっちゃけにフレーメンナータは畜生と慟哭した。しかし、分かった事はフレーメンナータは他の魔法少女やユニットヒーロー達よりも高い防御力を誇り、攻撃力も段違いに強いと言う事だ。

 その代わり、少女達の夢見る可愛さとは無縁だし、少年達のカッコ良さもない。フレーメンナータに集まるのは濃いオタクのおっさんだけなのを、まだ彼女は知らない。

 そして、その濃いオタクのおっさん達が応援者の中では最も権威を持っているのもまた知らない。

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