――――――参――――――


 ヒュオオオオオ……


 5月とはいえ夜、しかも山である。

ひんやりと冷たい風が、吹き抜けていく。

 清崇せいしゅうは、京都の街全体が見渡せる高台に立っていた。

その背には、弓袋が掛けられている。


 ―――”月番つきばん”。

 京都の術士の間で定められた、市内の巡回当番である。

月番にあたった術士はその月、定期的に見回りをし、害になりそうなあやかしを祓い、邪気が溜まった場所は浄めるという仕事がある。


 清崇は今、濃紺の和服に、朽葉くちば色の羽織という装いだ。

眼鏡を外した彼の目には、碁盤の目状の京都の街のシルエットに、濃淡がついて見えていた。

 街の明かりは多いのにも関わらず、濃く濁って見える場所が、2箇所。


「駅前と……あれは四条河原しじょうかわらのあたりか。―――紫苑しおん

「はい」


 紫苑しおん、と呼ばれてどこからともなく現れたのは、薄紫色の着物を着た、キツネの面を被った女だ。この女の姿は、一般人ふつうの人には見えない。清崇のの一体である。


「四条河原の方、原因特定できる?」

 紫苑しおんが街の方に顔を向け、じっと見つめる。

「……中級レベルのあやかしが一体。あとはそこから派生した低級の集まりかと」

「放っておくとまずそうだね。そっちは僕が行こう。……駅前の方はどうせ人の多さに釣られた低級の集まりだ、お前1人で事足りるはずだ。いつも通りに頼む」

「承知しました。では、先に向かいます」


 つむじ風と供に、紫苑の姿が消えた。








 



 四条河原町の交差点。

 普段は大勢の人で賑わう、京都市内最大の繁華街の一部だが、二十三時いま現在は車通りも少なく、酔っ払いやくたびれたサラリーマンが時々通る程度だ。

 その大通りに面した商業ビルの屋上に、清崇はいた。



 ここに来るまでに何体かの低級のあやかし、そしてそれらに引き寄せられたであろう霊を祓っていたが―――元凶中級がなかなか見つからない。気配は常に近くに感じるのだが、どこを歩いてもその気配との距離が縮まらないのだ。

 その理由が、ビルの屋上へ来てはっきりする。


 ( 縦に移動して、少し気配が遠のいた。ということは……)


 清崇は両の指を絡めると、何やら長い呪文を唱えた。


「―――を与え給え。”勾陳こうちん”」


 詠唱が終わった瞬間、周囲が黄金色こがねいろの光に包まれた。

 その光の中から、清崇を囲むようにして、金色に輝く巨大な蛇が現れる。勾陳こうちん――――十二天将じゅうにてんしょうに数えられる式神である。


「ここから半径500メート内のを一掃して、


 清崇がそう命じると、勾陳の体がずるりと沈んでいく。


「……さて」


 清崇は肩にかけていた袋から、弓と矢を取り出す。どちらも普段部活で使っているものとは別物で、矢には特殊な呪符が貼り付けられている。

そして屋上のへりのぎりぎりまで近づくと、流れるような動作で弓を構えた。


 ―――ゴオォオオッ!!!


 突如、地鳴りのような低い音が響き、地中へ勾陳こうちんが眼下の交差点に飛び出す。その先には――――


「――出たな」 


 鈍色にびいろの、巨大な蜥蜴とかげのようなフォルムに、赤く光る眼。

全身から禍々まがまがしい瘴気しょうきにじみ出ている。

地中に身を潜めていた中級それは、勾陳こうちんに追われる形で空中に姿を現した。


 すると、大蜥蜴おおとかげは、思いのほか素早い身のこなしで向かいのビルの屋上へ飛び移ると、そこから周辺のビルやアーケードの屋根を伝って山の方へ逃げていく。


 (!図体ずうたいの割に動きが速い)


 清崇は、即座に弓を限界まで引く。矢尻が呪力を帯び、ボウッと青白く光る。


 ――京都の街並みは高さがない。斜線はよく通る。

矢に呪力を乗せて放った時の、最大射程距離は800メートル。


 この距離なら、―――――届く。


 清崇の瞳が大きく開かれる。


  「逃がさへんよ」


 ――――パァンッ


 通常の倍以上の初速で放たれた矢は、清宗の呪力でさらに加速する。

 

ドッッ


 矢は、逃げゆく中級の背後を捉えた。

 その瞬間、蜥蜴のあやかしはジュゥッと焼けるような音と共に、青い炎に包まれ―――――消えた。




「お見事です、あるじ様」


 後方からの聞きなじんだ声に、清崇は弓を下ろしながら振り向く。


「紫苑か。駅の方は?」

「片付きました」

「そうか、ありがとう。あとは細かいしながら、戻ろうか」


 相談者の対応。月番。見習い生の管理に、術士の会合。学生でありながら当主の仕事をこなすのは、決して楽ではない。

 


 辺りはもう、何事もなかったかのように寝静まっている。

 清崇は弓を肩にかけ直すと、更けゆく京都の街を歩き出した。




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