――――――弐――――――
高校のある下鴨から、歩いて約15分。
左京区の一画に、土塀に囲まれた武家造りの屋敷が建っている。
この、観光客が見たら史跡か何かと勘違いしそうな程広大な家が、安倍家の邸宅である。
「お帰りなさいませ」
五芒星の文様の描かれた
「毎日玄関まで出迎えなくていいのに」
「いえ、そういうわけには」
吉野は清崇の父の代から仕える、古参の使用人である。家事炊事だけでなく、陰陽師家業の手伝いもしている。
「今日、何か予定あったっけ?」
清崇は長い廊下を歩きながら、後ろを歩く吉野に尋ねた。
「本日はご夕食後に一件、20時から予約が入っています。緊急性が高いということで、平日ですが入れさせていただきました」
安倍家には、
「分かった。準備、頼むよ」
「もちろんです。それと今日は5月の第3木曜日なので――」
「……
・
・
和服に着替えた清崇は、客間にいた。
その日訪ねてきた相談者は、30過ぎくらいの女性だった。ひどく顔色が悪い。
「これなのですが……」
対面に正座していた女性は足を崩し、ゆったりとしたズボンを膝までまくし上げた。するとそこには――――
女性の右足の膝から下には、ピンポン玉大の
「日に日に増えているんです。痛みがないので不気味で……どの病院に行っても原因が分からないと言われて、もうこちらを頼るしか……」
女性は今にも泣き出しそうな勢いである。清崇は右足の様子を
「最近古い沼とか池とか……汚い水がたまるようなところに行ったりしませんでしたか」
と聞いた。女性はハッとした顔をする。
「行きました。使われなくなった用水路なのですが、指輪を落としてしまい、それを拾うために中に……」
「なるほど。――吉野」
清崇が呼びかけると、廊下で控えていた吉野が、カーテンのついた
その
「カーテンの間から、右足だけこちら側に出してください。……そうです。注射の時のような痛みがあると思いますが、少しの間我慢していてください」
清崇は、木箱の中から3寸ほどはある長い針を取り出した。その針先を、足の腫瘍の一部にゆっくりと刺しこむ。
「……っ」
女性は鋭い痛みに顔をしかめる。
清崇は針を刺したまま、反対側の先端を口に含むと、そのまま何かを唱え始めた。一定の長い
――― ボコッ
腫瘍が小さく波打ったかと思うと、その周りに黒い
すると驚くべき事に、濁った緑色だった肌が、みるみる普通の色に戻っていく。
清崇は針を通して、
「終わりました」
「汚水に溜まる、悪い気に障ったようです。腫れは数日でひきますので、ご安心を」
女性は何度も頭を下げると、晴れやかな表情で去って行った。
(……要因的に本人が8割、ってとこかな)
最初は小さな腫れや傷でも、それが「不気味だ」「怖い」「悪化している気がする」という本人の畏怖の感情が「
「―――思い込みは怖いってやつ、か」
清崇は敷地を出て行く女性の姿を遠目に見ながら、1人呟いた。
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