14-A マッスルシェイク・パンプアップ

 蝶介がミックスアイの飲み終えたカップを片付けようとしたとき、ふとレジに目がいった。そこにはと、「何かを受け取ったように手を差し出して格好をして、目が虚になっている」悠花がいた。そしてすぐに何だか様子がおかしいことに気がついた。



「おい、委員長に何をしやがった!」



 片付けはそっちのけで、蝶介はミックスアイと悠花の間に割って入った。



「フハハハハ! マジカル・エターナルは私のにはまったのだ! そして次は……お前の番だ! マジカル・バタフライ!」



 ――なんだと(久しぶりにオサレ風に)、なぜ委員長がマジカル・エターナルだと知っているのだ? そして自分のことまで……? 蝶介は思わずポケットの中のコンパクトに手を伸ばす。


「はっ!」ミックスアイが気合を入れると、彼の体が……筋肉という筋肉が恐ろしいほどに盛り上がった。着ていた布はビリビリに破れ去り、ブーメランパンツ一枚の姿になったムキムキのミックスアイが、フロントダブルバイセップス(両腕を広げて上方へ曲げ、力こぶを強調するポーズ)をとっていた。

 マッスル★ナイトメアが可愛く思えてしまうほどの筋肉量。青白かった体があっという間に焦げ茶色になり、パンパンに張った筋肉には血管が浮き出ていた。



「きゃああああっ! 変態が現れたわっ!」

 突然教室に筋肉の化け物が現れて、接客をしていた生徒たちやお客さんは悲鳴を上げて逃げだした。ミックスアイはそれを捕まえようとすることもなく、ただニヤニヤと眺めたまま見送った。自分の筋肉を見せつけるかのように、様々なボディビルのポーズを取る。


「ふしゅうぅぅ……。あのプロテインは効くナァ……!」


 ――なんだと(繰り返すがあくまでもオサレに)、魔法少女カフェで提供していたただのプロテインでそこまで筋肉がパンプアップするというのか! ……俺も飲みたい!


 蝶介は握りしめていたコンパクトから手を離し、たまたま近くのテーブル席に置いてあったマッスルシェイクを掴むと一気に飲み干した。おそらく誰かが注文したものなのだろうが、筋肉お化けが出てきて逃げ出したのだから文句は言われないだろう。



「ふおおおおおぉぉぉぉ!」



 蝶介の体の奥底から何か素晴らしい力が湧き上がってきた。――俺の筋肉が、細胞が喜んでいるウゥ! 秀雄はいったいどこからこのプロテインを仕入れたというのだろう。後で聞いてみよう!



「はあっ!」



 蝶介が声と共に気合を入れると、ドン! と教室に衝撃が走り、着ていた悪魔のコスプレがはじけ飛んだ。そして彼もまた、ミックスアイと同じようにブーメランパンツ一枚で筋肉ムキムキの姿に変貌していたのだった。


「これが……俺?」

 今までトレーニングを積んで鍛えられてきた体が、より大きく……ありえないほど大きくパンプアップしていた。

 筋肉という広々とした大地に流れる川のように血管が浮き出てくる。――まるで自分の体ではないみたいだ……これがプロテインの効力なのだとしたら、効果が切れる前にミックスアイを倒さなければ!


「ふん!」

 先手必勝と、蝶介が丸太ほどの太さの右腕を振り上げて、ミックスアイに殴りかかる。バチィン! という音とともに確実に顔面を捉え、彼を10メートルほどぶっ飛ばした。


「ぐはぁっ!」


 ミックスアイとともに教室の机や椅子、そして壁までもを吹き飛ばした力に蝶介は驚き、興奮を隠せなかった。――これこそが俺の求めていたパワー! 理想とする戦い方だ。



「おのれマジカルバタフライ……貴様も鋼の肉体を手に入れたというのか……」



 崩れた壁と机の下から、ゆっくりとミックスアイが起き上がる。さすがの筋肉の鎧も壁や机などがぶつかって傷つき、(お子様が怖がらない程度に)すこし血も滲んでいた。しかし痛がるそぶりも見せず、体についた埃などをパンパンと振り払ってから「今度は私の番だ!」と蝶介めがけて突っ込んできた。


「オラァッ!」

 ミックスアイのパンチが蝶介の腹部を襲う。「ふん!」そのタイミングに合わせて蝶介は腹筋に力を入れる。バチイィン! とまたしても拳と筋肉がぶつかる音が部屋中に響く……が、ダメージを受けたのはミックスアイの方だった。

 蝶介の腹筋はミックスアイの拳を受けても全く怯むことなく、むしろその衝撃を全て拳へと跳ね返したのだった。



「ぐあああっ! 右手がっ!」



 苦しむミックスアイを見ながら、蝶介が哀れみの目をして冷たい一言を放った。

「お前、もしかしてまだ自分が負けないとでも思っているんじゃないかね?」


 そんな蝶介の姿を見て、ミックスアイはぶるっと体を震わせた。――この人間の筋肉には勝てない……しかし四天王最強と言われたこの私が逃げることなど許されないのだ!


「私はっ! 四天王の中でも最強のっ! ミックスアイ……ナイトメアだあぁぁぁ!」


 再び距離を詰めて左手を振りかぶるミックスアイに対して、蝶介がカウンター気味に攻撃を仕掛ける。


「スーパー蝶介パンチ!」


 第1話でも披露した技を久しぶりに使い、蝶介は見事ミックスアイ★ナイトメアを撃退した。



 瓦礫が散乱し、ボロボロになった教室の床に仰向けになりながらミックスアイが負けを認めた。はあはあと息をするたびに胸の筋肉が上下する。

 そしてだんだんとプロテインの効力が切れてきて、体から筋肉がなくなっていく。やがていつもどおり、体の細い、肋骨が若干見えているミックスアイの姿に戻った。蝶介も同様にプロテインの効力が薄れ、いつもの体に戻った。

 先ほどまでと違うのは、二人ともブーメランパンツ一丁の姿だということだ。



「完敗だ……見事な筋肉だった」

「お前もな、ミックスアイ」



 ミックスアイはふっと笑って、自分の首にかかっていたペンダントを取り外すと蝶介に差し出した。


「……持ってけ。最後のペンダントだ……やっとこれで私も……元に戻れる」

 今度こそミックスアイは白い光の粒になり、ゆっくりと消えていった。

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