06-A マーヤ、海原秀雄を誘惑する
「アニキ! また明日!」
「おう、また明日」
夏の夕暮れ、市営のトレーニングジムの前で二人は別れた。
なんと蝶介と秀雄は学校帰りに一緒にトレーニングする仲になっていた。海原秀雄がいつまでも「アニキ、アニキ」とまとわりついてくるものだから、「学校帰りに一緒に筋トレするんだったら、アニキと呼んでもいい」と言ったところ、まさかまさかついてきてしまったのだった。
しかも彼は筋トレに対する知識も相当なもので、「トレーニングの部位は日毎に分けたほうがいい」とか「プロテインを筋トレ後に飲むだけでなく、トレーニング中にBCAAを摂ればいい」などと的確なアドバイスをしてくれるのだ。
これには蝶介も嬉しくなってしまい、気がつけば毎日のように一緒にトレーニングをしていたのだった。
しかも秀雄はトレーニングの後に学習塾に通い勉強をするとのこと。そこまでして自分のことを「アニキ」と呼びたくて、魔法少女になりたいのかと、蝶介も感心してしまっていた。
ジムから学習塾へと向かう途中、海原秀雄は自然と笑顔を浮かべながら歩いていることに気がついた。
実は彼にも今まで友達があまりいなかったのだ。「自分が知らないことがあるのが許せない」そんな彼の性格上、興味をもったことや疑問に思ったことは納得のいくまでとことん調べたり勉強したりした。
これまで友達を作ることよりも、誰かと遊ぶことよりも自分の知的好奇心を満たすことを優先にしてきた彼は、アニキと一緒に汗を流すことが新鮮な体験で、嬉しかったのだった。そして、ひ弱な自分の体が少しずつではあるが変わってきたことも、ちょっぴりアニキに近づけたような気がして誇らしかった。
そろそろ学習塾に着こうかというときだった。
「あら、これから塾なのね。勉強熱心だこと」
不意に後ろから声をかけられ海原が振り返ると、そこには夢野李紗が立っていたのだ。
――いや、夢野さんではない。
顔や立ち振る舞いは李紗にそっくりだったが、何より違うのは髪の色だった。
李紗が金髪なのに対し、目の前に立っている夢野さんらしき人物の髪は真っ黒。そこでクラスメイトの夢野李紗ではなく、先日アニキとアネゴが戦った姫の妹、マーヤだということに気がついたのだ。
そうわかっていても、あまりの可愛さに見とれてしまった海原だったが、はっと我に返り一歩後退り警戒する。
「君は……夢野さんの妹のマーヤ! どうしてここに?」
「夢野さん? 誰のことかしら。今日は戦いに来たのではないのよ。ちょっとあなたと話をしたくてね」
――話だと? まだ魔法少女になることを認めてもらっていない僕に……話?
海原が戸惑っていると「うん、ちょっと他の人間が邪魔ね」と言って、マーヤが手を軽く振った。すると世界が茶色く染まり、マーヤと海原以外のすべての動きが止まった。
「これは!」
「大丈夫……他の人間に危害を加える気はないわ。この方が二人でゆっくり話ができるから」
そう言ってマーヤは少し笑った。「今日は戦いに来たのではない」と言われても、彼女が家一軒分ほどの大きさの火の玉を作り出したのを思い出し、海原は若干の恐怖を覚えていた。しかし、おそらく逃げても無駄だろう。ここは大人しく話を聞くしかない。彼はそう判断した。
「それで……話とは?」
ニヤリ、とマーヤが口角を上げて話し始めた。
「あなた……私たちの仲間になる気はない?」
「……仲間?」
「そう、仲間。夢喰い様の下で全世界を支配するためにあなたの頭脳が欲しいのよ」
「……」
海原が黙っていると、マーヤが話を続ける。
「夢喰い様から力を貰えば、魔法は使い放題よ。自分が想像する魔法は何でも使えるわ、この世界を思うがままに支配できるのよ」
「……何でも?」
最初は若干怖がっていた海原だったが、マーヤの話を聞きながらだんだんと自分が冷静になっていくのを感じていた。これは、ある意味チャンスかもしれない。
「仲間になるにあたって、いくつか質問があるんだけど」
「いいわ、なんでも答えてあげる。私のわかる範囲でだけどね」
その言葉にニヤリと海原も笑みを浮かべた。
☆★☆
「リーサ! 委員長!」
突然世界が茶色に染まり、時が止まってしまった。
ジム帰りの蝶介はバッグの中に入っていたコンパクトのおかげで、時を止められずにすんだのだ。その後、自身のコンパクトから放たれる光を頼りに進んでいくと、民家のブロック塀に背中をつけて隠れるようにして立っている二人の元へと辿り着くことができたのだ。
「しーっ、今いいところなのよ」
と悠花が小声で蝶介を手招きし、ブロック塀の向こうをこっそり見るように合図する。
蝶介がそっとブロック塀から顔を出すと、そこには海原とマーヤが話をしている姿を確認することができた。
「えっ、なんなんだこれは」
とリーサの方を向くと、「どうやらマーヤが海原くんを味方に引き込もうとしているみたいなのよ」とこれもまた小声で説明してくれた。
「だったら助けてやらないと!」蝶介がそう言って海原の元へ向かおうとすると、リーサに襟を掴まれた。
「もちろん助けるわよ。でも、マーヤの口から夢食いの情報が色々聞けるチャンスでもあるの!」
「危ないと思ったら、すぐに変身して助けに向かうつもりよ!」
悠花はすでにコンパクトを右手に握りしめていて、いつでも変身できる体制を整えているようだった。
なら、しかたがないと蝶介も同じようにコンパクトをバッグから取り出して握り締めたまま、海原とマーヤの会話を盗み聞きすることにした。
☆★☆
「夢喰い……様の目的はなんなんだ? どうして人の夢を奪おうとする?」
海原がまずは基本的なことを尋ねた。
「夢喰い様の目的は生きる者全ての夢を奪い、世界を支配すること。今はまだ封印が解かれて日が浅いから、完全に復活するために、人の夢の力を集めているのよ。」
「もし僕が夢喰い様の仲間になったとしたら、僕は高校生ではなくなってしまうのかな? 学業が第一だから、もしそうなら丁重にお断りさせていただくけど……」
眼鏡を人差し指でくいっと持ち上げながら、いかにも頭が良さそうなそぶりを見せる海原に対して、マーヤが笑顔で答える。
「その点に関しては問題ないわ。あなたは今まで通り高校生として人間界で生活をしながら、魔法を使って人間の夢を少しずつ集めていってほしいの。魔力は定期的に私があなたに分け与えてあげるわ」
「でもそれじゃ僕が裏切る可能性もあるじゃないか。そこらへんはどう対処するんだい?」
「その時はあなたの魔力を全て返してもらって、夢をいただいておしまい。どれだけ離れていても変なことをしようとしたらすぐにわかるわよ」
「なるほどね、そういうシステムな訳か……」
「他に聞きたいことはある?」
「そうだな――」
☆★☆
「ちょっと、これは助けに行った方がいいんじゃない?」
一部始終を見ていた悠花が言った。蝶介も、自分をアニキと慕ってくれる海原が敵になってしまうことはどうしても避けたかった。
リーサは……先日の戦いの後、せっかく海原秀雄が魔法少女になりたいと言ってくれたのに快く受け入れなかった自分を恥じていた。
ペンダントから三つ目のコンパクトが出現していないことも理由の一つではあったが、それよりも今こうしてマーヤが敵に引き込もうとしている場面に直面して、どうしてあのとき「ありがとう」と受け入れられなかったのだろうか、もし仲間になっていたらこうして一人で狙われることもなかったのではと後悔していた。
そんなとき、ブロック塀の向こうから海原の声が聞こえてきた。
「だいたい概要はわかったよ。僕は――」
ここで、コマーシャル。次の話へ続きます。
「君もラップに挑戦しないか! いつかラップで才能開花! ウルフラップ教室では、初心者のあなたにも丁寧にラップを教えます。歌手デビューもできるかも! 現在体験入学開催中! ♪ウ〜ル〜フ、ラップきょう〜しつ〜♪」
ちょっと今回真面目すぎる内容だったので、ふざけたコマーシャルまで書いてみました。
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