05-A 海原くんは尾行してしまったのだ

「君はコンクリートの中に人が入ることができると思うかい?」

 海原秀雄が眼鏡をキラリと光らせて李紗に尋ねた。


「コ……コンクリートってあの堅いやつだよね?」

 李紗ができるだけ平静を装って受け答えをする。


「まず第一にコンクリートとは何か? 夢野さんも知っているとおり、コンクリートは、水とセメントそして砂や砂利などを混ぜて固めたものなんだ……到底人が中に入ることなんてできるわけがない。作りたてで固まる前ならいざ知らずね」


「……そ、そうだよね。じゃあ、無理なんじゃないかなぁ」

 そう言って話を終わらせようと、李紗が海原秀雄から目線をずらしたときだった。



「でもね、僕は見てしまったんだよ。夢野さんたちが昨日、河川敷の鉄橋の下でコンクリートの中に入っていってしまうのを!」



「!!」

 これはやばいんじゃないか! と蝶介と悠花は思った。昨日誰にも見られずに李紗の家に入ったつもりが、そうではなかったのだ! どうしようどうしよう、と左隣に座っている二人は焦りが顔に表れないように気をつけながら考えた。



 ――まっすぐいってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす……いやだめだ、そんなことしたら口封じだとクラスのみんなからますます怪しまれてしまう!


 ――頭のいい海原くんですもの、中途半端な嘘はばれてしまいそう! なんとかうまくごまかす方法はないかしら!



 そんな中、李紗は「ふふっ、そんなの何かの見間違いよ! 私昨日はそんなところに行ってないもの!」と言い、ちょっとお花を摘みに行ってくるね! と教室を出て行った。


「あ……ちょっと!」


 堂々と嘘をついて教室を出て行く李紗に対してまだ何かを言いたげに、海原は手を伸ばしていた。そして、しばらくして蝶介と悠花の方を振り返り「そうだ、君た……」



「ば、番所くん! 私先生から頼まれていた仕事があったの忘れてたわ! 一緒に手伝ってくれないかしら!」

「お、おう!」



 悠花は蝶介の手を強引に引っ張って教室から出て行った。芝居であるとわかっていながらも、女の子に腕を捕まれたことが蝶介は嬉しかった。



「……怪しい」

 海原秀雄はまたも眼鏡をキラリと光らせて、教室から出ていく二人を見つめていた。



 ☆★☆



「なあ、海原雄山……じゃなかった秀雄がまだついてくるんだけど」


「本当だ、李紗……どうしよう」


「大丈夫大丈夫!」



 下校中。蝶介、李紗、悠花の三人は帰る方向が途中まで同じなので、一緒に歩いていた。その遙か後ろを電柱や家の塀に隠れるようにして海原秀雄が後を付けてきていた。


 ――バレバレなんだけど、もしかして俺たちを尾行してるつもりなのか?


 多少心配な蝶介であったが、李紗があまりにも「大丈夫」と、気にも留めていない様子なので海原のことは放っておくことにした。



「実はね、あのペンダントが作ったお家、私が念じさえすればどんなところからでも入ることができるのよ」



 三人以外に聞こえないくらいの大きさの声で、李紗が話し始めた。「えっ!?」と蝶介が思わず大きな声を出しそうだったので、悠花が「しーっ!」と人差し指を立てた。


「ただ、入った所と同じ場所からしか出ることができないから、場所は選ばないといけないんだけどね」


 例えば、こんなものでも入り口になるのよ、と言って李紗がペタペタと道端のブロック塀を触る。しかし人が通るような場所ではやはり出入りは難しいので、ほとんど人の立ち寄らないあの河川敷を選んでいたということだった。



「じゃあ、私の部屋を入り口にすればいいんじゃないかしら! それなら私以外に見られることもないわ!」

「あら、それは助かる! 正直あそこ、草もたくさん生えてるし、何より電車の音がうるさくて!」

「……もう一緒に住んじゃうとか?」

「きゃあ、それ素敵! でもご家族に迷惑がかかっちゃうわ」

 などと女子二人で会話が盛り上がっているところ、ふと蝶介が後ろの様子を気にして振り返る。


 すると三人の後をつけていた海原秀雄があわてて電柱の後方に隠れようとして、勢い余って電柱に頭をぶつけて悶えた。――おいおい、大丈夫かよ……ちょっと注意して、帰ってもらおうかなと蝶介が彼の方へと歩き出したときだった。頭を抱えて下を向いている海原に、空から近づこうとしているマーヤの姿が目に入ったのだ。



「危ねえっ!」



 気がつけば蝶介は走り出していた。


 マーヤが音もなくスッと空から降りてきて海原の前に立ち、彼の胸の前に手を伸ばす。


「こんにちは、あなたの夢食べちゃう……」

 マーヤがそう言い終わる前に、蝶介が猛烈に走ってきて海原秀雄にタックルするように飛びつき、そのままアスファルトの上に見事なトライを決めた。



「ぶべらっ!」海原は蝶介に抱えられたまま地面を数回跳ねながら転がったが、夢は取られずに済んだ。



「大丈夫か、海原」

「ばっ、番長……何をするんだ、いきなり!」


「話は後だ。できるだけ遠くに逃げるんだ」

 蝶介がそう促したが、海原が逃げようとする前に、不機嫌そうな顔をしたマーヤがゆっくりと近づいてきた。



「あら、あなた……私の邪魔をするなんて、覚悟はできているんでしょうね」



 彼女はそういって両手の拳をギュッと握りしめた。海原は足がすくんでその場に座り込んでしまい、目の前にあった蝶介のズボンの裾を思わず握りしめてしまう。


「お前……リーサの妹なんだろ。どうしてこんな真似をするんだ」

「うるさい! お前がリーサの名を口にするな!」


 マーヤが空に向かって大きく口を開けて、声にならない声で叫んだ。すると一瞬にして世界が茶色く染まり時が止まった。「な……何だこれ?」時が止まったはずなのに、蝶介の足元から声が聞こえる。


 不思議に思って蝶介が後ろを向くと、なんと彼のズボンの裾を掴んでいたおかげで時を止められずに済んだ(済んでしまった)海原秀雄がいたのだ。


「げ」

「番長、これは一体どういうことなんだ? 僕は夢でも見ているのか?」


 ああ、もうしょうがない。と、蝶介は海原の頬を両手で挟んでちょっと強面の顔をして言った。


「ああそうだ、お前は夢を見ているんだ。だけど無謀なことはせずに隅っこでおとなしくしておけ。いいな」


 番長にそう凄まれてしまっては、海原も黙ってうなづくしかなかった。マーヤを見て足がすくみ、番長の鬼の形相に腰を抜かしてしまった彼は、這いつくばりながら道路脇へと移動した。



「今日の私は機嫌が悪い! ドリームイーターなぞ使わずに私が直々にお前たちの相手をしてやる!」



 マーヤの体から黒いオーラがブワッと舞い上がり、戦闘態勢に入る。


 そこへようやくリーサと悠花もやってきて状況を把握した。リーサは海原の近くへ、悠花は蝶介と横並びになる。そして、二人はコンパクトを取り出した。



「マジカル・ドリームチェンジ!」



(ここで変身シーンの音楽が入る。画面を縦に二分して、ふたり同時の変身シーンをご想像ください)

 そう言うと、コンパクトが光り輝きふたりを包み込む。海原は腰を抜かしながらもその様子をじっと観察していたが、光の強さに視界が真っ白になる。


 戦闘体制に入っていたマーヤもおなじみの光に身動きが取れず、腕で顔を隠して変身が終わるのを待っていた。(ここらへんはもうお約束なのである)



「夢を運ぶ魔法の風、マジカル・バタフライ!」

「夢を照らす魔法の光、マジカル・エターナル!」



 光が収束すると、そこには緑色と黄色の魔法少女が立っていた。……一人だけやけにバッチリとポーズを決めている魔法少女がいるが、そこにはだれもツッコまないようにしていただきたい。


 そして、二人とマーヤがじっと睨み合った構図のまま、コマーシャルを迎えることとなった。




 一方、リーサは紐をつけた五円玉を、海原の目の前で揺らしながら「これは夢よ〜これは夢ぇ〜」と繰り返していた。

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