04-B リーサのおうちへようこそ!

 マーヤの襲撃を退け、時間が巻き戻ったのでまだ時刻は十六時前であった。


「まだ夕暮れには時間があるし、もしよければ私の家で今後のことについて話でもしない?」と李紗が言った。


「三人で? 番所くんの妹さんは……ああ、もう先に行っているのかしらね!」


 悠花はいまだにマジカル・バタフライの正体は蝶介の妹であると勘違いしていた。それもそのはず、さっき盛大にずっこけた後、二人とも悠花の発言を否定することもなくただ苦笑いしかできなかったからだ。


 もちろん蝶介だって、自分があんな可愛い魔法少女に変身するだなんて言えるはずがなかった。どうせ言っても信じてもらえないだろうし、変な目で見られるのが予想できていた。

 

 蝶介がそんなことを考えて鬼の形相になっているとは露知らず、悠花は

 

 

 ――ああ、夢野さんのお家……きっと西洋風の立派なお屋敷なんでしょうねぇ! 執事は? セバスチャンはいるのかしら? お母さまもきっと夢野さんと同じようにお美しいんでしょうね! ……そうそう、菓子折を持っていかないといけないわね!

 


 なんていつもの超優等生学級委員長らしからぬ浮かれ気分で、でも外見はいつも通りを装って(そういうのは上手)李紗の後をついて行った。



 ☆★☆



「――ここが……夢野さんのお……うち?」

 

ガタンゴトンと列車が頭上を通過する音がやけに響く。


 三人が到着した場所は河川敷の橋の真下。段ボールで生活している浮浪者こそいなかったものの、周囲は草刈りがなされず放置された雑草が生い茂っていて、人っ子ひとり通らないような場所だった。


 三人が立っているところはコンクリートできれいに固められてはいるものの、橋の影になって薄暗く、真夏だというのにここだけ少し肌寒さを覚えた。



 ――あれ、セバスチャンはいったいどこにいるのかしら? 美人なお母様は……? だってここ、河川敷の橋の下……ですよね? もしかして夢野さん……ここで野宿を?



 さすがに失礼にあたると思って、悠花も考えていたことを口には出さなかった。


「家は……どこだ?」

 蝶介も訳がわからなかった。確かに「私の家で」と李紗は言っていた。どこに家があるというのだろうか?


 そんなことを考えていると、

「じゃあ、少し狭いけどどうぞ!」

 なんと李紗は当たり前のように、目の前にあるコンクリートの壁の中に入って姿を消した。


「ええ!?」と蝶介と悠花が驚く。


 足元と同じ硬いコンクリートのはずなのに、まるで水の壁の中に入っていったようだった。


 恐ろしくて、そして信じられなくて二人が入るのをためらっていると、壁の中からにょきっと手が出てきて「早く! 誰かに見られたら困るでしょ!」と手招きをした。

 

 二人は顔を見合わせて「うん」とうなづくと、意を決してコンクリートの壁の中に入った。




 まさか、それを下校途中のクラスメイト(眼鏡をかけた男子生徒)に見られていたとも知らずに。

 その男子生徒はしばらくしてから、雑草をかき分けて三人がいた場所までやってきて、同じように壁を触って中へ入ろうとした。しかし、

「あれ? 硬い」

 そこは、なんの変哲もないただのコンクリート壁だった。




「うっわぁ! すごい! すごいんだけどぉぉぉぉ!」

「すご……」

 

 コンクリートの壁の中は、想像がつかなくくらい広く、そして立派な部屋が広がっていた。まるでお姫様が暮らす部屋、とでもいえばいいだろうか。生活に必要なものは一通り揃っていて、そのどれもが西洋高級アンティーク家具店にあるような素敵なものばかりだった。

 


 悠花も蝶介も部屋の中にあるものに触るのをためらってしまうほどで、ただ入り口で突っ立っていると、李紗が「どうぞ、そこの椅子に適当に座ってて」といって奥の部屋へと消えていった。


「適当にって言われても……」と悠花が遠慮がちにそっと椅子を引いて、慎重に腰掛けた。蝶介もそれにならい、同じように椅子に座った。



 李紗が戻ってこないので、蝶介と悠花の二人きりになってしまった。蝶介は何を話せばいいかわからないので黙ったまま、周りの家具などを眺めている。

 

 悠花は――こんな時こそ、委員長として番所くんと何か話をしないといけないわ! と何か話題を探していた。



「そ、そういえば番所くん、妹さんがまだ来ていないみたいね!」

「……あ、いや」



 俺には妹なんていない。そう言おうと思ったのだが、


「私ね、実は小さい頃から魔法少女に憧れてて……あ、これはクラスのみんなには内緒にしてね。今日マジカル・バタフライにあったときに心が震えたの。ああ、これが運命の出会いなのねって……って感じだったの」


 と悠花が矢継ぎ早に話を続けてきて、切り出すタイミングを失ってしまった。



「それでね、これから妹さんと一緒に魔法少女になれると思うと、嬉しくてたまらないの。あっ、こんなこと番所くんに話していいのかしら? そうそう、私が魔法少女だってことも秘密だからね」



 可愛く人差し指を立てて「しーっだよ!」という悠花の可愛さに、一瞬見惚れてしまった蝶介だった。



 ――やっぱり、誤魔化し続けるのはよくない。ええい、もうどうなっても知らん! 

 と蝶介が覚悟を決めてバッグの中の緑色のコンパクトを握りしめ、マジカル・バタフライの正体は自分だと告白しようとしたときだった。



「あら、どうしたの蝶介……そんなに思い詰めた顔して」

 制服から着替えた李紗が奥の部屋から現れた。



「うわぁ(はぁと)」



 悠花は思わず声を出してしまった。目の前にいた李紗はマジカル王国での正装であるドレスを着て、お姫様「リーサ」らしくばっちりとメイクを決めていたのだから。



※ 今回話が長くなったので、明日Cパートを掲載します。

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