03-A 城ヶ崎悠花の妄想が暴走
「おはようございます、悠花様!」
「おはよう、みんな」
城ヶ崎悠花は今日も凛とした姿で登校する。
鞄を持って歩く、ただそれだけのことなのにすれ違った女子生徒は憧れの眼差しを向け、男子生徒は目をハートにしてしまう。しかし彼女は特段お高くとまっているわけではない。
学級委員長として困っているクラスメイトには優しく声をかけ相談に乗ったりしてるし、仲のいい友達と一緒に談笑したりする姿もよく見られる。そういうところも含め、彼女には人を惹きつける不思議な魅力があった。
(ちなみに、「様」呼びは一部の女子生徒が勝手に呼んでいるだけで、「やめてよ、さんづけでいいから」と言ってもやめてくれないのである)
そんな彼女が颯爽と廊下を歩きながら、
――ああ〜早く帰ってマージちゃんをぎゅうってしたいぃぃぃ! 撮り溜めてたアニメも見なきゃあぁ!
と思っているなどと、誰が想像できるだろうか。
登校した後、学級委員長としての朝の仕事を片付けた悠花は二年三組の教室に戻り、自分の座席についた。
もうすぐ朝礼が始まる。
「おはよう」と声をかけて右隣を見ると先日やってきた超美少女転校生、夢野李紗がにこりと笑って手を振ってくれた。悠花もそれに倣い上品に手を振り返す。
――かんわいいいいいぃ! なに夢野さん。超きゃわいいいんだけど! 一緒に魔法少女! 魔法少女ごっこしましょ! って言いたいぃぃぃ!
なんて思っても決して顔には出さず、そして流石に礼儀として左隣を無視するわけにはいかないだろうと、蝶介にも「おはよう、番所くん」と挨拶をした。
「……おう」と相変わらず不機嫌そうな、ぶっきらぼうな言葉が返ってきた。
――番所くん! あなた敵の幹部にぴったりよぉぉ! 結局最後はデレて仲間になる的な! あぁ、あなたも一緒に魔法少女ごっこ……
「よーし、みんな席につけー」
担任の先生が教室に入ってきた。悠花の妄想タイムはこれにて終了。これからしばらくは自分を押し殺して「素敵な学級委員長、城ヶ崎悠花」として授業に集中するのだ。
☆★☆
「悠花様、お昼ご飯一緒に食べましょう」
友達からの誘いを受け、悠花はにこりと席を立った。「夢野さんも一緒にお昼にしましょう!」転校生の夢野さんがクラスに馴染めるようにするのも委員長の務め! と、転校初日から毎日李紗を誘っている。
「いつもありがとう、城ヶ崎さんって魔法少女みたいだね。いつも私を元気にしてくれる!」
李紗がそう褒めると、
――ええ? わ、わ、わ……私が魔法少女ですって!? 夢野さんみたいなきゃわいい子に言ってもらえると……超うれしいんですけどぉ! っていうかもしかしてバレちゃってる? バレちゃってるのぉぉぉ!
と心の中で喜びつつも、悠花はできるだけ平静を装うために手で顔を扇いだ。
すると、悠花が照れたのとほぼ同時に「魔法少女」という言葉に反応してしまった蝶介が突然ガタッと立ち上がって、目を見開いて李紗の方を向いた。
その形相はまさに鬼。今まさに小娘を喰らわんとするような勢いで見つめていた。
「番長! ごめんなさい、夢野さんが何か気に触るようなこと言ったかしら?」と、周りの女子生徒が蝶介に謝るが、当の本人はぼーっとしていたら「魔法少女」という言葉が耳に入ってきたものだから、李紗が自分の正体をみんなにばらしたのではないかと驚いただけであった。
「いや……そういうわけじゃないんだ……すまない」
蝶介が誤解されないように李紗から視線を床に移したときだった。勢いよく立ち上がったときに彼の机の横にかけてあった鞄が落ちてしまい、中から緑色のコンパクトが転がり出ているのに気づいた。
他の女子生徒は蝶介に怯えていたので気づかなかったが、蝶介の視線に誘導されるように下を向いてしまった悠花も、確かにそれを目にした。
――あれは! 現在放送中のアニメ、魔女っ子・マジ子ちゃんの「変身! マジコンパクト」じゃない? あまりの人気に入手困難とされているのに……しかも限定色の緑ですって? 番所くん、いったいどこで手に入れたのかしら……。
蝶介はこぼれ出たコンパクトを誰にも見られないように、そして慌てていることを悟られないように、ごく自然な感じで拾い上げると再び鞄の奥深くに入れ、しっかりとチャックを閉めた。
「さあ、食事に行きましょう悠花様!」
女子生徒が食事に行こうと悠花の袖を引っ張ったため、「ええ、そうしましょう」とこれ以上詮索することはできなかった。しかし、食事中も悠花の頭の中は「蝶介の持っている緑色のコンパクト」のことでいっぱいだった。
☆★☆
その日の放課後。いつもならさっさと下校する悠花だったが、今日は違った。
「番所くん」
悠花は左隣の席であくびをしている蝶介に言った。
「ちょっとお話ししたいことがあるの。途中まで一緒に帰らない?」
「なにィ!」と(キャプテン翼風に)教室中がざわついた。
あの城ヶ崎悠花様が、番長と一緒に帰るですって?
いかん、そんなことしたら悠花様は殺されてしまう!
いや、委員長のことだ。何か策はあるはず!
番長! 俺たちの悠花さんに手を出さないでくれよ! ああ、直接言えない自分が情けない!
あの声の震え具合からして、悠花さんの緊張度は72%といったところだね。
などと、それぞれ好き勝手に喋ったり、心の中で呟いたりしている。
「ねぇねぇ、じゃあ私も! 三人で一緒に帰りましょ!」
悠花の右隣の席の李紗が二人の間に割り込んで、三人で手を繋いだときだった。
「!!」
世界が一瞬にして茶色く染まり、時間の流れが止まった。蝶介とリーサがその異変を察知し、周囲を見回す。時計の針も、生徒たちもみな動きを止めていた。そして前回と同じようにおとずれる無音の世界。
蝶介はすぐに勘づいた。
――これは、この前と同じ……マーヤとかいう敵が使った技だ!
「リーサ!」
蝶介が叫ぶ。それにリーサも相槌を打つ。「うん、ドリームイーターが現れたわ!」
リーサの胸元にあるペンダント――学校にいるときは制服の下に隠してあるから見えない――が赤く輝いて光の線を放ち、敵の居場所を知らせてくれる。
「急ごう!」蝶介とリーサは急いで教室を飛び出した。もちろん、鞄に仕舞い込んであった緑色のコンパクトを持っていくのを忘れずに。
「……ど、どういうこと?」
全てが止まってしまった世界の中で教室に取り残された悠花だったが、彼女だけは意識もはっきりしていて普通に動くことができた。
マーヤはリーサと蝶介以外の全てに対して時を止める魔法をかけている。魔法をかけた瞬間に、ちょうどリーサと手を繋いでいた悠花も今回だけは時を止められずに済んだのだった。
「リーサ? そして……ドリームイーターって……」
悠花は困惑の表情を浮かべながらも、二人の後を追って教室を出た。
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