03-B 夢を照らす魔法の光 マジカル・エターナル

 時間の止まった茶色い世界を城ヶ崎悠花は一人走る。階段を降りる途中の姿勢で止まったままの女子生徒数名の横を走り抜け、靴を履こうとしたまま動かない男子生徒にぶつからないようにして校舎から出た。


 空も一面茶色に染まっていた。風も吹かず、雲も流れず、音もしない。そんな中、遠くから何かが壊れる音が聞こえ、土煙が上がった。きっと番所くんと夢野さんはそこにいるに違いない。悠花は再び走り出した。


 しばらくすると、悠花は信じられないものを目にした。


 巨大なサッカーボールに手と足が生えた化物が、校舎を壊しながら暴れているのである。そして、彼女はその化物と戦う一人の魔法少女の姿も見てしまったのだ。


「……うそ……本当にいたの?」


 彼女の足がプルプルと震え出したが、それは決して恐怖からくるものではなかった。悠花にとって巨大な化物が校舎を破壊する恐怖よりも、自分の目の前に魔法少女がいることの感動の方が大きかった。


 彼女はできるだけ安全でかつ一番近くから観戦できる場所を見つけ、移動する。ブロック塀のすぐ向こうでサッカーボール型の化け物と魔法少女が戦っている……それだけで悠花の胸は高まり、ドキドキワクワクが止まらなかった。


ええいっくらえっ!」


 髪から足先まで緑色の魔法少女がサッカーボールの化物に向かってパンチを放つ。しかし攻撃をくらってもボールのように跳ねるだけで、あまりダメージを受けているようには見えなかった。


「ちょっとマーヤ、前回よりも強くなってるじゃない!」

「あーっはっはっは! 今回は『夢喰い』様にかなりの魔力を分けていただいたのよ。前回のようにはいかないわ!」



 ――なるほど、あの敵の幹部は「マーヤ」というのね……どこかで会ったことのあるような顔だけど、今はそれどころじゃないわ。そして、あの化物がさっき夢野さんが話をしていたドリームイーターってやつね。



 悠花はこんなときなのに、いやこんなときだからこそ冷静に状況を分析する。興奮していながらも頭の中は冷静だった。

 今まさに目の前で繰り広げられているのは、小さい頃から夢見た魔法少女の戦闘シーンそのものなのだから……興奮だけで終わらせてしまってはもったいない。


「マジカル・バタフライ! 気をつけて!」


 魔法少女から少し離れた場所にいる金髪の女の子がそう声をかけている。悠花はバレないように隠れて様子を伺っているので、はっきりと姿を確認することができなかったが色ぐらいは識別できた。どうやら現在この場にいる味方は二人のようだった。



 ――ほうほう、あの魔法少女はマジカル・バタフライという名前なのね……ってことは蝶。ひらひらと舞いながら戦うのが得意なスタイルってことかしら。緑色ってことはこれまでの魔法少女アニメの系統からいって……元気系かおっとり系かのどちらかに当てはまりそうね。そしてあの女の子は……ってあれは……夢野さん? 夢野さんと……戦っているのは誰? 番所くんはどこへいったの?



 つい、悠花は身を乗り出してしまった。その拍子に自身が隠れ蓑にしていたブロック塀が崩れて音を出してしまった。

「しまっ……!」


 ドリームイーターがその物音に気づき、体を悠花の方に向けた。


「えっ! 城ヶ崎さん、どうしてこんなところに?」


 リーサが悠花を見つけて驚いて言った。

 マジカル・バタフライも「ええマジ?」とびっくりして悠花の方を向く。敵であるマーヤも魔法で時間を止めたはずなのにと驚いていたが、すぐにドリームイーターに指示を出す。


「その人間を捕まえちゃいなさい!」


 サッカーボールの化物が勢いよく転がりながら悠花に近づく。

「あ、足が……動け、動けっ!」

 こんなときになって初めて、悠花は敵の攻撃を怖いと思ってしまったのだ。逃げようと思っても足が震えて動くことができなかった。


「ううっ!」


 敵が目の前に迫り、視界が暗くなる。

 悠花は思わず目を閉じた。……しかし痛みを感じない。敵の動く音も聞こえなくなった。「あれ?」ゆっくりと悠花が目を開けると……。



大丈夫くそっ! 私が守ってみせる耐えろよ俺の筋肉!」



 マジカル・バタフライが悠花の目の前で両手を伸ばし、巨大なサッカーボールの動きを止めていたのだ!



 ――ああ! これは魔法少女アニメ定番の「敵の攻撃を両手で支えるシーン」と同じだわ! 今……今、本物の魔法少女が私の目の前で戦ってくれている! なんということなの!



 感動のあまり、悠花の目から涙があふれる。

 しかし、そんな悠長に構えている場合ではなかった。ドリームイーターは力を強め、グイグイっとマジカル・バタフライを押しつぶそうとする。マジカル・バタフライも悠花が来る前から結構全力で戦っていたのだ、体力も消耗していて次第に敵の攻撃に押し込まれていく。


くっくそ悠花ちゃんだけは私が守ってみせる委員長だけは守らねぇとなぁ!」


 敵を支えている腕に力を込めて、マジカル・バタフライはドリームイーターを押し返した。


「えっ、どうして私の名を?」


 マジカル・バタフライが悠花の方を見てニコッと笑いかけた(本当は言ってることと口から出てくる言葉が全く違うことをごまかそうと苦笑いした)そのときだった。押し返されたドリームイーターが腕を振り、マジカル・バタフライを弾き飛ばした。


「!」


きゃあっうおおっ!」

 ドゴォン! という轟音とともに、マジカル・バタフライは遠くの壁に叩きつけられてしまった。思わず悠花とリーサが傷ついて倒れているマジカル・バタフライの元へと駆け寄る。


「しっかりして、マジカル・バタフライ!」

 リーサが話しかけるが、マジカル・バタフライは気を失っていた。無理もない、後ろを向いたときに不意打ちをくらったのだ。防御する間もなく壁に叩きつけられたダメージは相当のものだったと思われる。


「わたしのせいで……」


 悠花は再び涙を流した。今度は悔しさから出てきた涙だった。自分が姿を見せたせいでこのようなことになってしまったのだ。夢にまで見た魔法少女にうかれてしまって、できるだけ近くで見ようとして……結局彼女を窮地に追い込んでしまったのだ。


 ――ならば……私にできることは一つしかない!


 悠花は涙を拭き、気合を入れて立ち上がるとドリームイーターをキッと鋭い目つきで見つめていった。


「私が相手になるわ! マジカル・バタフライは私が守ってみせる!」


「ちょ……城ヶ崎さん?」


「ははははは! ただの人間に何ができるっていうの! ドリームイーター! やっちゃいなさい!」


 巨大なサッカーボールの化け物が助走をとって、再び悠花たちに襲いかかる。近づいてくるだけで風圧がすごい。立っているのもやっとの状況に、思わず悠花は腰を落として構える。化け物が地面を転がるときに弾いた砂や小石が彼女の頬を、体をかすめていく。


 ――痛がっている場合じゃないわ! ここで逃げたら、倒れているマジカル・バタフライも夢野さんもやられてしまう。私が、私が守らなきゃ! そうでしょ! マジマジ・マージちゃん!


「だって、私は……魔法少女に……なるんだからぁ!」


 敵の攻撃が当たろうとする直前、リーサの首にかかっていたペンダントがまたしても強い輝きを放った。あまりの眩しさにマーヤとドリームイーターも顔を背けて動きを止める。


「何よ! またこの光!」


 前回と同じようにペンダントの光を見つめるリーサの目の前に、手のひらサイズののコンパクトが現れた。そしてそのコンパクトはゆっくりと悠花の元へと移動し、彼女の手の中に収まった。



 ――これは! 学校で番所くんが持っていたコンパクトの色違い!



 悠花はそれだけで、全身が喜びに震え上がった。このあとに言うべきセリフもなぜだか頭に自然と浮かんできたのだ。



「マジカルッ・ドリームチェンジッ!」



 悠花は右手にコンパクトを握りしめ、その腕を空高く振り上げた。(本当はそんなポーズをとる必要はないのに)するとその言葉に反応してコンパクトが光り輝き、彼女の全身を包み込んだ。


「ま、まさか!?」マーヤもドリームイーターも再び発生した光に目が眩み、またしても身動きが取れなくなった。リーサはあっけにとられながらも、変身していく悠花を見つめていた。


 光が収まると、そこには黒髪で黒縁メガネをかけた城ヶ崎悠花ではなく、


「夢を照らす魔法の光、マジカル・エターナル!」


 と名乗り、ビシッと右手を高く上げ、左手は腰に当てて見事なポーズを取っている魔法少女が立っていたのだ。

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