瑠璃色の見える場所へ

第2話 とれとれセンター

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雲（くも）ひとつない青空（あおぞら）だった

ぼくはバイクの後（うし）ろに理沙（りさ）を乗（の）せて

鶺鴒市（せきれいし）の国道（こくどう）を走（はし）っていた

赤信号（あかしんごう）で停（と）まると理沙（りさ）が話（はな）しかけてくる

理沙（りさ）「悠（ゆう）くんはさ」

悠（ゆう）「なに？」

理沙（りさ）「ずっとこの街（まち）に住（す）んでるの？」

悠（ゆう）「そうだよ」

理沙（りさ）「じゃあ詳（くわ）しいんだね」

悠（ゆう）「住（す）んでたのは東側（ひがしがわ）の地区（ちく）だから

ぜんぶ知（し）ってるわけでもないよ」

理沙（りさ）「そっか……この街（まち）……好（す）き？」

悠（ゆう）「まあ……嫌（きら）いじゃないよ」

理沙（りさ）「……悠（ゆう）くんはクラスでモテるの？」

悠（ゆう）「いきなりだね」

理沙（りさ）「なんか……知（し）りたくなって」

悠（ゆう）「モテモテだよ」

理沙（りさ）「……好（す）きな人いるの？」

信号（しんごう）が青（あお）に切（き）り替（か）わった

ぼくはギアを落（お）としてアクセルを捻（ひね）る

周（まわ）りの自動車（じどうしゃ）も動（うご）き始（はじ）めた

大（おお）きな幹線道路（かんせんどうろ）でスピードが出（で）やすく、

流（なが）れはあっという間（ま）に60キロになった

しばらく走（はし）ってまた赤信号（あかしんごう）に捕（つか）まった

理沙（りさ）「飛島悠（とびしまゆう）、答（こた）えにくいと、走（はし）り出（だ）す……と」

理沙（りさ）はすこし声（こえ）を低（ひく）くして喋（しゃべ）った

いちおうぼくの真似（まね）をしているらしい

悠（ゆう）「なにそれ」

理沙（りさ）「ふふふ……頭（あたま）にインプットしたから」

他愛（たあい）もない会話（かいわ）をしながら

ぼくたちは一緒（いっしょ）に走（はし）っていた

だんだんと建物（たてもの）が少（すく）なくなってきた

海（うみ）へはまだ距離（きょり）がある

少（すこ）し飛（と）ばそうかと思（おも）ったその時（とき）

ぼくの体（からだ）の中（なか）で

特（とく）に下腹部（かふくぶ）の方（ほう）で

なにかの訪（おとず）れを告（つ）げる声（こえ）がしたのだ

風雲急（ふううんきゅう）を告（つ）げる、とかたぶんそういうやつだ

慌（あわ）ててあたり見回（みまわ）すと

一際（ひときわ）目立（めだ）つ大（おお）きなカニの看板（かんばん）が見（み）えた

ぼくはそれを指（ゆび）さして言（い）った

悠（ゆう）「あそこにいく！！」

理沙（りさ）「えっ！？」

悠（ゆう）「海（うみ）は逃（に）げない！」

理沙（りさ）「悠（ゆう）くん！？」

僕（ぼく）はすぐにバイクを左側（ひだりがわ）に寄（よ）せて

だだっ広（ぴろ）い駐車場（ちゅうしゃじょう）に入った

余裕（よゆう）で100台以上（だいいじょう）は駐車（ちゅうしゃ）できるだろう

その片隅（かたすみ）に駐輪（ちゅうりん）スペースがあったので

ぼくはそこにバイクを停（と）めて

ヘルメットを放（ほう）り投（な）げるようにミラーに引（ひ）っ掛（か）けたのだ

悠（ゆう）「すぐ戻（もど）るから！」

理沙（りさ）「悠（ゆう）くん！」

ぼくは痛（いた）みの鳴（な）り響（ひび）く

お腹（なか）をさすりながら建物（たてもの）へ走（はし）った

世界（せかい）がどんどん狭（せま）くなっていく感覚（かんかく）に包（つつ）まれた

建物（たてもの）はそんなに離（はな）れていないはずなのに

すごく遠（とお）くに見（み）える

神様（かみさま）がぼくを試（ため）しているのかもしれないが

こんな試（ため）し方（かた）は勘弁（かんべん）してほしい

入口（いりぐち）の自動（じどう）ドアを抜（ぬ）けるとぼくはすぐさま

男女（だんじょ）のマークの書（か）かれた部屋（へや）を探（さが）して飛（と）び込（こ）んだ

2

用（よう）を済（す）ませると

とても晴々（はればれ）しくて穏（おだ）やかな気持（きも）ちになれた

世界（せかい）はぼくの味方（みかた）なんだと心（こころ）で理解（りかい）できた

建物（たてもの）の中（なか）は磯（いそ）の香（かお）りがする

案内板（あんないばん）を見（み）てみるとここは「せきれいとれとれセンター」とかいう

市（し）の公共施設（こうきょうしせつ）で

公民館（こうみんかん）と販売所（はんばいじょ）が同（おな）じ建物（たてもの）の中（なか）におさまっているらしい

ぼくの前（まえ）では鶺鴒市（せきれいし）でとれた海産物（かいさんぶつ）を売（う）るお店（みせ）が軒（のき）を連（つら）ねていて

大漁旗（たいりょうき）が飾（かざ）り付（つ）けられていたり

漁船（ぎょせん）についているような大（おお）きな照明（しょうめい）が

いろいろな魚介類（ぎょかいるい）をきらびやかに映（うつ）し出（だ）していた

すこし見（み）て回（まわ）ろうかと思（おも）ったけど

ぼくは理沙（りさ）を待（ま）たせているのを思（おも）い出（だ）したので戻（もど）ることにした

販売所（はんばいじょ）の区画（くかく）を出（で）ると

市（し）の公民館（こうみんかん）のロビーに入った

ロビーの壁（かべ）には「思（おも）い出（で）広場（ひろば）」と題（だい）されて

鶺鴒市民（せきれいしみん）の折々（おりおり）の記念写真（きねんしゃしん）が掲示（けいじ）されていた

幼稚園（ようちえん）とか小学校（しょうがっこう）の過去（かこ）の入学写真（にゅうがくしゃしん）や卒業写真（そつぎょうしゃしん）もあって

知（し）り合（あ）いがいるかな、とちらっと眺（なが）めてみたけど

この公民館（こうみんかん）は西地区（にしちく）のもので

東地区（ひがしちく）で育（そだ）ったぼくには見知（みし）らぬ顔（かお）ばかりだった

けれど、その中（なか）にひとつだけ気（き）になる写真（しゃしん）があった

「せきれい西幼稚園（にしようちえん）卒園式（そつえんしき）」と書（か）かれた集合写真（しゅうごうしゃしん）に、

園児（えんじ）たちが保護者（ほごしゃ）と一緒（いっしょ）に写（うつ）っている

その中（なか）の一人（ひとり）の女（おんな）の子（こ）が

どことなく理沙（りさ）に似（に）ていると思（おも）った

ポケットの中（なか）でブブっとスマホが揺（ゆ）れた

通知（つうち）を見（み）てみると理沙（りさ）から「悠（ゆう）くんどこにいるの？大丈夫（だいじょうぶ）？」と

母親（ははおや）のようなメッセージが届（とど）いていた

ぼくは「すぐ出（で）るよ」と返（かえ）した

とれとれセンターの入（い）り口（ぐち）に出（で）ると

理沙（りさ）が屋台（やたい）のホタテ焼（や）きで舌鼓（したつづみ）を打（う）っていた

ぼくをみつけると満面（まんめん）のほがらかな笑（え）みで近（ちか）づいてきた

理沙（りさ）「あー！悠（ゆう）くんおかえりー

ほらほら、これおいしいんだ」

理沙（りさ）は割（わ）り箸（ばし）でホタテをひとつまみして

ぼくに差（さ）し出（だ）してきたので

ありがたく、ぱくっと咥（くわ）えてホタテを味（あじ）わった

歯（は）ごたえがあって、味（あじ）がしっかりついてて、確（たし）かにおいしいな

理沙（りさ）「あっ……」

悠（ゆう）「ん？」

理沙（りさ）「いや……ううん……なんでもないよ」

理沙（りさ）は恥（は）ずかしそうに割（わ）り箸（ばし）でホタテを食（た）べていた