第4話 隠蔽
現実はそんなに甘くない。
誰かがそうやって俺に言い聞かせた。
ある日起きると自分の姉が隣で横たわっていた。
「ねぇ、湊。なぜアタシよりもあの子をとったわけ?」
「え、え、、えっと…。」
そんなん知らんがな。
ブラコンの姉とかラノベかマンガだけのの中だけの話だろ。
「ねぇ、みなとぉ。聞いてるの?」
なんでやけに色っぽいんだよ。
姉に興奮することはまずないわ。
いや、まじで。
「とにかく。ちょっとどいてくれ。」
迷惑防止条例にこういう行動も含めてほしいくらいだ。
「…どかない。」
「どけ。」
「素直じゃない子はお仕置きよ。」
そう言って俺のTシャツに姉は手を突っ込む。
「ひゃっ。や、やめろって。おい。」
そう言って俺は姉の腕を強引に剥がす。
「じゃぁ、キスしちゃおっかな~。」
俺のファーストキスを奪うんじゃねぇ。この馬鹿!
そんな心の叫びなんぞ姉は知る由もなく、ただ俺の口に迫ってくる。
もう今の姉を止める方法はない。
俺は諦めて口に全神経を集中させた。
いや、まだ諦めるな。
「やめろーーーーーーーーーー!!!!!!!」
はっ。
俺はつい先ほどまで夢物語に踊らされていたのか。
なんて無様であろうか。
幸いなことに周りには俺一人しかいなかった。
肌着と肌の狭間に多量の冷や汗が存在する。
正直、今はほっとした気持ちよりも夢に対する動揺が勝っている。
心がグラングラン揺れている。
客観的な表現として使われがちだが、俺は主観で感じ取っていた。
自分の部屋を出て、一階へと階段をガタガタと降りた。
「おはよう。」
「あ、湊。やっと起きた。ちょっと遅いわよ。少しくらい余裕をもって学校に行かないと、何かあったら遅刻してしまうでしよ。」
残念ながら俺の姉はブラコンではない。
もはや母親では無いかと言っても嘘にならないラインまで来ている。
朝ごはんのトーストをサクッと平らげて、俺は二階に戻った。
制服に着替えている時からだろうか。
昨日のことが頭から離れない。
どんだけ振り切っても数秒でまたくっついて来る。
しかし、困ったなぁ。
正直、彼女ができたという点ではそこまで難点ではない。
むしろ喜ばしいことだし、俺も桐谷に好きなってもらえて嬉しい。
難点は彼氏としてどういう振る舞いをすればいいのか分からないという点だ。
これはあるあるなのかもしれない。
例えば周りからチヤホヤされたいが故に東大に合格したとしてもそれから何をすればいいのかを見つけられない、とか?
あくまでも目標は一つの駅であっても終点の駅ではない。
乗り換え可能な駅だ。
それから新しい道へ進むために路線変更を何度も繰り返す。
俺も今、ちょうど乗り換えの準備をしているところであろう。
しかし、どの電車に乗ればいいのかすら分からない。
悔しいがそれが紛れもない事実なのである。
どうすれば彼女が喜んでくれるのか。
脳内ではこのフレーズが右往左往している。
そしてひとつの答えを導き出す。
それは_______________。
気づいたら、もう家を出る時間をすぎていた。やべぇ。
俺は全速力で走った。
何とか駅に着いたものの、肺の息苦しさがなんとも気持ち悪い。
電車の中では基本英単語の学習をするのが日常だが、今の俺は自分の身体を元の状態に回復させることで精一杯だった。
学校でも、もちろん勉強。
少しでも周りよりも差をつけたい。
日本中を歓喜に包み込む程の人気をもつ歌手や格闘家も裏では血の滲むような努力を繰り返している。
その中で、何故自分はこんなことを頑張っているのだろう?と踏みとどまってしまうこともない訳では無いだろう。
しかし、その中で自分の原点を思い返し、もう一度前を向こうとする。
人間は努力する生き物だ。
一つ一つの小さな課題をクリアしたその先にあるのが目標あるいは自分の夢なのではないだろうか。
ガラガラ。
誰かが入って来た。
「おはよう。湊くん。」
美由希だった。
黒い髪は今日も綺麗な艶を出している。
イラストレーターが書いた絵の光沢かな?
「おはよう。」
「じゃぁ、やるか。」
連続して俺は彼女に言った。
何をするかって?
そんなもん、数学以外ないだろ!!
「えっと、56ページの113番が分からないなぁ。」
「あ、そこはまず先に場合分けして、そっからしきに代入するだけだぞ。」
「あ、できたできた。よっし、答えっと…。え、全然違う。」
「マジか?」
自分ではこの問題は絶対解けたと思っていたのに…。
「なんでだろう? ちょっと貸してくれ。」
そう一言申してから俺は美由希のワークを手に取った。
「2と9の積は18だと思うのだが。」
「あっ。」
彼女は16と書いていた。
「うっかりです。」
てへぺろ。なんてね。
彼女の顔にそんな言葉が刻まれていた。
ここまで読んでくれていた読者なら美由希のことを清楚系真面目女子、完璧女子とおもっているだろう。
前者は正解だ。
どんなことにも一生懸命に取り組む彼女の姿を見て、「不真面目だ」とか「むっつりの女子」とか言う奴がいたのならば、そいつは学校か会社に行くより脳外科か耳鼻咽喉科に行った方が良い。
だが、後者は間違いだ。
彼女はいわゆるうっかりミスの達人であろう。本人談だが、解法や公式に意識が走ってしまうよくあるのだとか。
そんなおっちょこちょいな美由希と共に数学を勉強しているところだった。
悲劇は起こった。
神様に俺は泳がされていたように感じた。
世界が180度ひっくり返った。
ガラガラと教室のドアが開く。
俺と美由希はまるで男女ペアのシンクロのようにターンした。
普通に言えば振り向いたということだ。
そこにいたのは桐谷 楓だった。
「えっ。」
思わず喉から声が漏れてしまう。
しまった。
ここ数日一番のやらかしだ。
そんな焦る俺をじっと見つめる美由希。
目の圧がヤバかった。
語彙力の無さからこれ以上の明確な表現ができないものの、ラーメンスープのネギの気持ちが分かるような圧。
「さては湊くん、何か隠していますね?」
はい、オワタ。
詰んだ。
上手く逃げるのはもう無理だな。
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