第3話 発覚
今年に入って一番衝撃的な出来事だったのかもしれない。
俺が定期券を落として、それを桐谷が拾ってくれたこと。
確率の低い二つの事象が同時に起こった。
もはや奇跡と言っても差し支えないだろう。
「ホントに持ってるのか?」
疑う以外に俺がとる手段はなかった。
「はい、どうぞ。」
制服のポケットから俺の定期券が飛び出した。
ガチじゃん。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
受け取った定期券に少し彼女の温もりを感じた。もしかして握りしめていたのだろうか。
そうなると少し複雑な気持ちだ。
「今日はお姉さんと二人きりだったのですね。」
いや、ここには夜桜先輩がいたぞ。
周りをグルっと見回す。
そこに夜桜先輩の姿はなかった。
クソぉ。 あの女めぇー。
しまった、二人きりになってしまった。
話す内容もないし、どうやって話せばいいのか分からん。
こういう時って自分から積極的に言った方が良いのか?
いや、ダメだ。
こういうときは考えるな!
直感だろ。直感。
「まぁ、座って。お茶出すよ。」
お前はエスコートが下手すぎるよ・・・
彼女の素直さに助けられて何とか良いスタートになった。
でもこっからなんだよなぁ〜。
「え、えっと〜。ちょっと待って。ケーキ持ってくるから。」
「あ、はい。」
「ショートケーキでいい?」
「うん。」
おっと。それぞれ返事が違うってことはしっかりと話を聞いてくれいる証拠ではないか。
いや、もしかしてこれも彼女の作戦なのだろうか。いやぁ、分からんてーー!
冷蔵庫からケーキを取り出して皿にのせる。
姉がイチゴの発注数を一個少なくしてしまったため、一つだけイチゴなしのショートケーキができてしまった。
しかし、そんな売れない商品を来客のクラスメイトに渡すのは正直クズすぎる。
そのため、俺はもう一つのショートケーキを取りに行くために一階に降りた、
「姉貴、ショートケーキを一つ取って。」
「分かったわ。あの子にはこっちを渡しなさいよ。お客様なんだからね。」
血の繋がった者同士、考えることは一緒か。
階段をもう一度上がって、俺は桐谷にショートケーキを渡す。
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
お皿の上に添えたフォークを使って行儀よく口に頬張る。
「お、美味しい。」
モグモグと頬の形を変化させて、咀嚼する彼女の顔はまるでリスみたいだった。
か、可愛い。
ホントにあの陰キャ女子なのか?
正直まだ半信半疑であることに変わりはない。
さて、俺も食べることにするか。
目線を彼女から真下にして、俺もケーキを食べた。。
やっぱウマい。
夏のイチゴは旬の時期のイチゴに比べて糖度が低い。そのため少し甘めに生クリームを作ることによって酸味と甘みがうまくマッチするようにしてあるそうだ。
「それでオカリナ同好会のことなのですが・・・。」
話しかけたのは彼女の方からだった。
まぁそれ以外に話すことないからな。
「ちなみにオカリナっていくらくらいするの?」
(やっちまった。このタイミングで話すことじゃなかった。)
「実はオカリナ同好会ってオカリナを演奏するぶかつではなくて・・・。」
「え?」
俺の中でかなりの衝撃が走った。
オカリナ同好会ってオカリナを演奏するクラブではないの?
それって簡単言えばタイトル詐欺にならない?
今はオカリナ同好会というまだ聞きなじみのない部活だから驚いたで済んでいるけどが、恐らく野球部とかバスケ部とかだったら華名高校だったら、批判の嵐で一週間もたたずに廃部になること間違いないだろう。
「じゃあ、なにをしているの?」
個々の返答次第では彼女との交際も断念しなけれべならないかもしれない。
理由としては二つ挙げられる。
一つは、勉強時間が減るからだ。
健太にテストで勝つために放課後の時間はもちろんのこと、スキマ時間も積極的に勉強している。
しかし、オカリナ同好会に入会したとなると、より効率を求められる。
つまりまた一段と勉強が忙しくなるということだ。
もう一つは姉貴に迷惑をかけたくないからだ。
姉貴も今実質一人でケーキ屋を営んでいる。
そんな姉に金銭面で迷惑をかけたくないのが本音だ。
オカリナ同好会の部費が家計に響くほど高額なのであれば、姉は許したとしても俺は断念するだろう。
「え、えっと~。その~・・・。」
なんだなんだ。
なんか怪しいことでもしてんのか。
そんなんだったらすぐさま追い出すぞ(圧)
「え」
「え?」
「絵描いてます。」
オカリナとの関係性皆無じゃねぇか。
どんなネーミングセンスしてんだよ。
でも少し気になる…。
いや、かなり気になる。
「明日さ、活動現場に見に行っていいかな?」
活動現場って語彙力堅すぎだろ。
「いいですよ。」
案外返事は軽快だった。
「あともう一つお願いしてもいいか?」
「なんですか?」
このとき、過去最大級の緊張が俺の心をぶっ刺した。
どうしよう、ここで声裏返ったりしないかな。
裏返ったら人生終了だ。
俺は十五歳で人生を終わらせないように、「んんっ」と咳払いをした。
さぁ、行け!
「お互い付き合ってるんだから敬語じゃなくてタメ口でよくない?」
うぁ。言ってしまった。
どんな返答されるんだろう?
めっちゃ緊張。
「分かったよ。湊くん。」
なんとなんと。
下の名前で呼ぶという特大サービスをありがとう。
「じゃあ、俺も楓。」
発生した邪悪な羞恥心をお返しで揉み消すという大胆な行動には全米も思わず手を叩くことであろう。(呆れた方)
「用事は済んだからこれで今日は失礼するね。」
「お、おう。」
「あ、あと私のことはまだ誰にも言わないでね。よろしく。」
「分かった。絶対守る。」
「それじゃあ。」
「いや、駅まで送るよ。送るって言ってもただ行くだけに過ぎないけど。」
「あ、ありがと。
駅まで歩いたが、特記事項はほとんどなく、どうでもいい会話が続いただけだった。
「それじゃあ。」
「今日はうちに来てくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
「じゃあ。」
俺は彼女の姿が消えるまでその場で直立していた。
ふと我に返る。
「うわぁ、めっちゃ緊張してぁぁぁーーー」
一日千秋とはこのことであろう。
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