第4話

「そろそろ、十三回忌になるの。私の母と兄の」

 カフェオレの甘々な匂いが、どこか遠くに感じられる。

「私が中学校に上がった年だった。母の実家に遊びに行って、現地のお祭りに参加した。『火渡ひわたり』といって、どんど焼きか何かの跡を走って渡るの」

 俺はスマートフォンで「ひわたり」と検索してみた。苗字の「樋渡」や「飛渡」なら出てくるが、祭りの「火渡り」は出てこない。

 「樋渡 事故」という検索ワードが出てきたのでそれを選択すると、誰かのブログがヒットした。

「やだ、こんなのがあるんだ」

 彼女はスマートフォンを覗き込んだ。その顔が青ざめる。俺はスマートフォンの画面を伏せてローテーブルに置いた。

 つらいはずなのに、彼女は話してくれる。

「その火渡りで、完全に火が消えていなかったのを確認しないで子どもを渡らせてしまった。そこに巻き込まれたのが、当時高校生だった私の兄。母は兄を助けようとして、日の中に飛び込んで……他の人は軽症だったけど、兄と母は……」

 彼女が口を閉ざし、沈黙が訪れる。ネイビーのマグカップを手で包む。

「その後、火渡りは禁止になった。それからなの。父が『ボディガード』なんて言うようになったのは。私には言わないけど、やっぱりショックだったみたい。そう言って自分を励ましている感じがする」

 彼女は気丈に言っているが、やはりショックなのだ。

「勘違いだといいんだけど、部屋の足跡を見たときに、ちょっと、考えちゃって……勘違いだと思うんだけどね」



 彼女は相当疲れたらしく、先に就寝した。

 俺は、ボルドーカラーのマグカップで冷めたカフェオレを飲みながら、伏せたままだったスマートフォンのロックを解除した。

 例のブログは、民俗学好きな一般人が行事や都市伝説を調べて感想を述べたサイトだった。

 火渡りの内容は、彼女が話してくれたことと一致した。日時と氏名は伏せているが、事件直後の地方紙の小さな記事の写真も貼られている。

 なぜ、面白おかしく書けるのだろう。悩んで、マイナスな気持ちを引きずる人もいるのに。

 カフェオレの甘々な匂いが、どこか遠くに感じられ、苦味だけが口に残った。

 彼女を守らなくては。俺は彼女のボディガードだ。

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