第26話 まだまだ


 「しかし、このダンジョンは広いのう。


 もう二年くらい潜ったままじゃないか?」




「もしそうだとしても、最終階層まで行くが」




 ヨシヒトはドラケンの呟きに嫌みたらしく返した。


 しかし、毎度のことながらそれ以上会話は続かない。ドラケンは自分が話したい時にしか話さないのだ。ヨシヒトもそんな感じで、二人には雑談というものが無い。




 513階層。今まではずっと薄暗い洞窟であったが、この階層は少し違っていた。


 一面開けている。




 それは闘技場のようだった。




 512階層から513階層に入る前の一本道は、まるでこれから試合を行うかと思わせるような、アリーナの入場口のようであった。




 そう。




 ここで初めてダンジョンという神造物の中に「人工物」が混じっていたのである。




「な」




 そう言ったのはドラケンで、しかしその光景を見て驚かないヒトは、この時代にはいないのでは無いだろうか。




 そこは一面の夜空であった。




「ダンジョン内に空があるとは思いもせんかった」




 その言葉通り、この階層には空がある。


 ヨシヒトは黙り込んだまま、一瞬だけ空を見たが、それだけで。


 そも目には正面にいるドラゴンだけを見据えていた。




「ドラケン。このドラゴンはそれくらい強い?」




 言えば、世界最強のダンジョン覇者ドラケンが視線を空からドラゴンに移した。




 その肢体はゆうにドラケンを5倍したより大きく見えた。


 そんな太すぎる4本の足を持ったドラゴンの体躯は、30mを超えるだろう。




 その体全てに黒く煌めく鱗がびっしりと生えており、どれもが鋭利に尖っている。


 それ一枚だけでもこの世界にある武器よりも切れ味がいいようにも思える。




 つまり、少しでも触れれば体はズタズタに引き裂かれるだろうと、直感した。




 距離をとっての戦闘になるだろう。しかし、ドラゴンは長距離戦には右に出る者はいない程に秀でているのだ。




「ヨシヒトよ。ここは一旦引いて作戦を立てようではないか」




 ドラケンは少しだけ震えているように見えた。


 武者震いか? と思ったがそうでは無い様だった。




「あれはわしらが敵う相手ではないわ。伝説の魔王の騎龍の様じゃわい」




「なんだそれは」


「教えてやるから一旦あいつの視線から離れることが先決じゃ」




「あ、そ」




 ヨシヒトにはあのドラゴンがそれほどにまで強いとは感じなかった。自分にはそう言った強者を感じる感覚は備わっていないこともあるだろう。


 それ以外にも、今までそんな感覚に陥ったことはなかった。記憶にある限りは。




 つまり。


 そんな人間が次に起こす行動は。




 パシュッ シュッ シュッ シュッ




 何度も何度も繰り返されて細い何かが空気を切る音が聞こえ始める。




 それが連なって、重なって。


 何十回、何百、何千ともはや数えきれないほどの音が雨の様に、ゲリラ豪雨の様にドラゴンへと飛んで行く。




 ドラゴンは、ついにその力を十全に発揮することなくその場に倒れ伏して行くのをドラケンとヨシヒトは見ているだけだった。


 しかし、そのドラゴンを倒したのは、ドラケンの隣に立っているヨシヒトであること。だが、かたやそれを信じることができないが、信じなければならない状況になったことを、何とも言えないそれをドラ圏はため息で表すことしかできない。




「索敵して」




 ヨシヒトはドラゴンという強敵を倒したのにそれに何とも思っていない様な声音でそう言った。


 モンスターの気配はこの階層にはなかった。




 この闘技場はこの漆黒のドラゴンと戦うだけにあったのだろう。


 そうとしか考えられなかった。


「ドロップアイテムを回収してくる」




 と言いつつ、少し歩いたところで立ち止まり、右手をドラゴンの方にかざせば、その巨体は一瞬で消えてしまった。




「【漆黒の暗闇龍】とは。この鱗が全てアイテムとして登録されたのが幸いか」




 聞いたことがないドラゴンは後ほど聞くとして。


 今回は「漆黒の鋭鱗」として、その身体中の鱗が全て回収できた。




 今までは420階層にいた「千年針マグロ」の角を大量に回収してそれを射出してマシンガンの様に使っていた。




 今回のドラゴン退治にも同じ様にその角を射出して串刺しにしていった。


 何百、何千とも貫かれれば生きることはできないだろう。




 ドラゴンだって生きていたらそうなる。




 射出速度はおおよそ2,800m /sくらいだろう。マッハ9ないくらいである。




  ヨシヒトのそんな笑みをドラケンが見逃すはずもなく、「気味が悪いのう」と呟いた。




 「階段があった。進むか」




「待て。この階層にはドラゴンしかいないことを考えたら、この階層をもう少し調べれば宝箱があるかもしれんじゃろ。


 少しだけ散策しようじゃあないか」




「そうか」




 ドラゴンは死体以外のドロップ品はなかった。


 ボスの様な存在を倒せば宝箱が現れる。という想像は妄想でしかないのか? それとも前の世界からの刷り込みのせいか。




 ヨシヒトには昔の記憶はほとんど残っていなかった。


 それは、思い出す必要のないものであるからか。




 ヨシヒトにはいい意味でも悪い意味でも「カノン」のことしか考えられないのだった。




 まだ、自分が「人殺しか、そうじゃないのか」について考えている。


 それが、今吉人が生きている目的であるから。




 それが達成された時、ヨシヒトはどう変わるのか。ドラケンは少しだけ面白そうだと思っている。










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