第25話 これから
それはいつだったか。そんな記憶があったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
僕は今まで何をしていたのかも覚えていないし、思い出そうともしない。
結局、元の世界でどんな人になろうと思っていたのだろう。
何も、方向性もないまま、惰性に流れて。流されて学校に行って、高校に行って、それから。
自意識がそこにあったのか。それとも、僕はそこにいなかったのか。
しかし。
今まで、昨日までの僕は自分で歩いてきたのではないのか。
それとも。
●
「貴様。これからの方針はあるのか?」
「何もない。このダンジョンを進んでいけば秘薬があるのか。ないのか。
犯罪者として地上に戻るくらいなら、あがいて可能性のあるここで死にたい」
ドラケンはそんなヨシヒトの言葉に無言で答える。
そりゃあ、目の前でヒトが死ぬのは辛いだろう。自分がもし動いていれば。あと少し行動が早ければ死ななかったのに。
目の前で見殺しにしてきた人間なんて、ドラケンには数え切れないほどいるのだから。
この青年は、そんな経験が少ないのだから。すぐに立ち直れることはないだろう。
そうすれば。彼の心が癒えるまで守ってやろうと、ドラケンは思ったのだった。
カイエルが死に。ぽっかりと空いてしまった穴を埋めるように。
父性のようなものであろうか。いや。違うだろう。そう結論づけて。
「しかし、このダンジョンは実はわしも最深層に行ったことがなくての」
「それがどうしたんだ? お前はそれほどにまでダンジョンについて知っていることがあるのか?」
ドラケンは「だから若者は」と少し呆れ顔を隠すことなくヨシヒトに向ける。
「このわしは、ダンジョン覇者のドラケンじゃぞ。
この世界の半分のダンジョンはわしが攻略しておる」
「そうか。その攻略したダンジョンには秘薬があったか?」
その話にはヨシヒトはあまり反応しなかった。ドラケンがどんな人間だとしても関係ないのだろう。
ヨシヒトの眼前には「カノンの生死」しかなく、それ以外はどうでもいいのだろう。
「あったな。何個か所持もしておったわい」
「今は、ない。と」
「そうじゃな。酒代になったわ」
あからさまにため息をつくヨシヒトに対して、ドラケンは何も言い返すこともできない。
まぁ、ドラケンにはドラケンの人生があり、それをヨシヒトは知っている。今の今まで関わりのなかった人間が、それ以前の行動に対して文句を言う筋合いはないのだ。
「このダンジョンにはありそうなのか?」
閑話休題。ヨシヒトは実りのある質問に切り替えた。
ドラケンの過去話には少しばかり興味はあるが、それを聞くのは今じゃなくていいだろう。
このダンジョンを攻略するまで結構かかりそうなのだから。
「そうじゃな。わしの見立てではあるとは思う。
しかし、それはこの階層よりももう少し以上は深いところにありそうじゃがな」
ここの階層は、もうすぐ450というところであろう。
進んでここまできた。セーフティポイントというのか、一切魔物が出ないエリアがこのダンジョンには存在しており、ついさっきその場所を見つけたのでヨシヒトとドラケンは少し腰を落ち着けて話をしていたのだった。
「ところでな。ヨシヒトよ」
唐突に話を始めるドラケンに対して横目で反応する。
「貴様の能力はわしには理解することができん。これから命を預ける仲間じゃ。少し教えてくれんかの」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくでも」
「それをすれば、お前の連れのエルフが消えるが」
「そう、それじゃ。消える消す。出す引っ込める。そんな能力はよくわからん。
今まで空間魔法なるものは見たことはあるが、それは長距離移動をするとか、手元にものを引き寄せたり、目に見えるものをゆがめたり。そんなものであるのに」
ヨシヒトにとっては、空間魔法の方が良かっただろう。
こんな異世界に来て持っていたのはよくわからないアイテムボックスなるものである。
「そうだな。これは空間魔法ではないが、それに似たものではある」
「ほう。似たもの。とは?」
「それ以上話しても、理解できないだろう」
話すのが面倒くさくなったので、それっぽいことを言ってはぐらかそうとする。
しかし、ドラケンは引き下がろうとはしない。
「わしでも使えるかの?」
「無理。絶対に」
そういって、ヨシヒトはアイテムボックスから食べられるアイテムをいくつかピックアップする。
目の前に半透明なディスプレイが現れてそこを思考しながらスクロールする。
頭が二つあるみたいだった。自分とい人格を演じている脳と、全てを「記憶」しているだけの脳。
その二つをうまく使用して今のヨシヒトは成り立っている。
そのアイテム一覧から豚肉のような塊を具現化させた。
一年以上のダンジョン暮らしのせいでそれが普通になっていた。
元の世界にはこんな汚い場所で生活することはなかった。
学校の行事で何度かキャンプをしたことはあるが、それ以上の労力を毎日感じていた。
風呂もシャワーもない生活はいつしか心を病ませていた。
が、それを自覚していなかった。
「ほれ、焼いてやろう。貸せ」
いつもの作業である。
材料を提供してそれをドラケンが調理して、それを食べる。
それが終わるとドラケンの「クリーン」という魔法で体を清めてからその日を終える。
そもそも「クリーン」という魔法はこんな用途では使わない。冒険者が小汚いという理由から、部屋やアイテムに対してかける魔法を人間に対して使っているだけの、気分だけ綺麗になりました魔法だ。
結局、細かいところは汚いままで、それはヨシヒトの心まで汚染し始めていたのに。
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