第24話 お気の毒ですが、出し抜いたようです。

レグルスは不満を抱きながら廊下を歩く。

ずんずん、と。ロウが決定した内容に対して明らかに納得していない様子だった。


「(グレイがこのまま脱退だと?そんな真似はさせない、私が、させてたまるかッ)」


レグルスが向かう先は魔術師の部屋だ。

後ろから追い掛ける様に、アルス・マーキュリーもやってくる。


「待って下さい、レグルスさま」


「メルク、早く見つけなければならない。だから、あの合成魔獣を使ってくれ」


言われずとも、と、ローブの下で笑みを浮かべるアルス。

そのまま二人が魔術師の研究施設へと向かった時。


研究施設に続く扉が破壊されていた。

木製で出来た扉は、真ん中あたりで爆破された様に、破片が地面に転がっている。

惨状を目の当たりにして、アルスが部屋の中に走り出した。


「そんな、まさか…ッ」


部屋の中は水浸しだ。

部屋の奥に置かれていた養液水槽の硝子が割れていて、その中に入っていたであろう合成魔獣の姿が何処にもない。


「何処に行った…あの合成魔獣は、何処にッ!」


レグルスが周囲を見渡して、アルスが地面に膝を突いた。


「まさか…自力で自我を獲得したとでも…そして、自力で脱出したと、言うのですか?」


口を押える、感情が爆破してしまいそうだった。

レグルスは肩を震わせるアルスを見て残念そうな表情を浮かべる。


「誰が一体この様な真似を…アルス、もう一体作れないのか?」


「う、ふふ…ふふふッ!あは、あはあっ!!」


アルス・マーキュリーは大声を上げて笑った。


「グレイ様の細胞で作られ…私の血を混ぜた仔が一人で動き出す…もはや、私の仔…あの人の仔…愛の結晶、それが自立しているだなんて…あぁ、嬉しい!感動ですっ!!」


嘆きの震えではない。

それは歓喜の震えだった。

彼女の動きに、レグルスは狂気を見て嫌悪感を覚えた。


「そんな事はどうでもいい、新しい合成魔獣は出来ないのか?」


「はぁ…はぁ…ご心配なく、合成魔獣は自我を覚えただけですが、習性は備えてあります…自分が何をするか、どうすべきか、きちんと頭の中で理解しているのです」


レグルスにそう告げて、アルスは懐から方位磁石の様な小物を取り出した。

硝子の蓋の中には、金属製の矢印が付けられていて、ずっと一定の方角を差している。


その方角に顔を向けると、アルスはあちらの方に移動していると、合成魔獣を指差した。


「このまま、彼女を追えば、グレイ様の下に行くことが出来ます」


「そうか…では、その方位磁石を渡して貰おうか」


レグルスが手を伸ばして、方位磁石を受け取ろうとする。

アルスはしっとりとした目線でレグルスを見詰めていたが、柔和な笑みを浮かべると共に彼女に方位磁石を渡した。


「構いませんよ、私はレグルス様と争いたくはありませんので」


方位磁石を受け取ったレグルスは、アルスの方を見て言う。


「懸命な判断だ…私も、貴殿と争いたくはない」


それだけ告げて、レグルスは部屋を後にする。

残されたアルスは、くすくすと笑みを浮かべながら懐に手を突っ込んだ。


「お馬鹿さんですねぇ」


懐の中には方位磁石があった。

レグルスに渡した方位磁石は偽物だったのだ。

方位磁石が指している場所は、レグルスが持って行った方位磁石の針とは別の個所を指している。


「さて…少し長旅になりますが…遠出の準備でもしましょうか」


そう言って、アルスは荷物を纏めに自らの部屋へと向かうのだった。



ジュピターが現れて一週間が経過した。

藁で積み上げた壁に背凭れて、適当に村人からもらった酒を飲みながら村の復興の為に盗賊を使い、現場工事をしていた。


「ほれほれ、動け動け…んぐ…ぷはぁ」


顔を真っ赤にしながら、盗賊たちは村の建物を作り続けている。

既に、壊した村の建物の数よりも、多くの建物が築き上げられていた。


「師匠、流石に作りすぎでは?」


仕事から帰って来たジャックはそう言った。

彼の働きは一日で普通の人間の七日分の作業をしてくれるので、比較的他の村人よりも早上がりだった。

このまま木を伐採し続ければ、ほかの村人の仕事が無くなってしまう為だ。


「良い良い、どうせ儂、暇だしの、このまま此処で、酒を飲みながら野垂れ死にたいわ」


「皇国の騎士団があるでしょう…?」


ジャックとは違い、ジュピターは皇国の騎士団に所属している。

ずっと、この村に居るワケには行かないのだが。


「そうだが…いやー、もう面倒臭い、皇国の騎士団で働くのもな、それに儂、そろそろ除籍されるだろうて」


「え?なんでですか?」


ジャックがジュピターに聞く。

序列二位であるジュピタースプリームが、何故除籍されるのか気になる所だった。


「儂もうじき七十近い爺だて、結構頑張って来たがの、そろそろ年齢制限が来るかも知れんだろう?」


あぁ…と、ジャックは複雑だった。

世界が提示する法則書に、何年まで働く事が出来るのかが書いているが、ジャックは法則書のルールに無頓着だった。

ジュピターが言うのならば、そろそろ仕事が出来なくなるのだろう。


「儂の夢は、何処か辺境の地で酒を飲みながら放牧する事だった…今、もう夢が叶っているとは思わんか?」


「夢ですか…でも、放牧の夢は叶ってないんじゃないのでは?」


ジャックは羊や牛の事を思い浮かべてそう言う。

するとジュピターがケラケラと笑って、其処らで懸命に働く盗賊の方を指して言った。


「放牧ならば、其処に居る盗賊らが居る。羊飼いが羊を飼う故にそう呼ばれるのならば、儂は盗賊を飼い慣らすゆえに盗賊飼いよ、羊が草を食うのが仕事ならば、盗賊は家を建てるのが仕事、ほれ、これこそが放牧よ、既に願いは適っておるわ」


笑いながら酒瓶を口にする。

ジュピターがそれで良いのならば、それで良いのだろう。

ジャックはジュピターの理論はいまいち理解出来なかったが、彼がそう望むのならば、それで良いのだ。


そう思って働いた汗を流そうと家に戻る最中。

ジャックとジュピターは、この村へとやって来る気配を察知した。

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