第22話 お気の毒ですが、恨みが深いようです

再び宮廷魔術師の成果を聞くべく、魔術研究の部屋へと向かったレグルス・レオンハート。

部屋の中に入ると、暗闇の中に、薄黒いローブを装着したアルス・マーキュリーが座っていた。

部屋の中には、様々な薬品に反応してか、青色の炎や紫色の炎が黄緑の液体をコポコポと煮込んでいる。


「メルク、貴殿は一体何をしているのだ」


宮廷魔術師は部屋の中に居なかった。

部屋の中にズカズカと入るレグルスは、彼女の存在に気が付いて後ろを振り向き、かすかな、はかなげな表情で笑みを浮かべるマーキュリーが挨拶をする。


「ご機嫌麗しゅう、レグルス様」


如何にも上品と言った具合だが、彼女はお嬢様などと生易しい存在ではない。

錬金術を得意とする彼女は、魔術とは似て非なる技能を使うのだ。

そして彼女が作っている代物も、魔術とは違う代物であるらしい。


「挨拶は良い、何をしているのか、要点だけを教え願おうか」


マーキュリーが研究室で一体何をしているのか、気になるので聞いてみた所、彼女は笑みを崩さずにこう答える。


「はい、こちらは、兵士団に属していたどうしようもないお馬鹿さんを、魔術で蘇生しているのです、ご覧になりますかぁ?」


席を立つ。

そして太い硝子の瓶の中に、青い液体に浸る、顔面が剥げた生首が浮かんでいる。

頭蓋骨は破壊されていて、白い骨の奥にはピンクから黄色に変色しつつある脳が見えた。


「いや、止めておこう、流石の私も、死者に対する冒涜はしない」


レグルスは内心、何ともむごい真似をすると思っていた。

彼女も、怒りのあまり殺めたが、それでも、マーキュリー以上に嫉妬深く、妬み続ける女性は中々いないだろう。


「そうですかぁ…面白いんですよ?ここを突き刺すと…」


マーキュリーは青い液体の中に掌に収まる程の小さな紫色の宝石を入れる。

ポトンと落ちて、マーキュリーは針を取り出すと、その針で兵士の脳を思い切り突き刺した。

ゴボゴボと、脳みそを刺されて反応する兵士の亡骸。

本来ならば声は聞こえてこないが、宝石が兵士の声を吸収して、液体の中でも声が通る様に細工を施していた。


「いたっ、痛いっ、いたい、やめっあっ」


兵士の声が漏れる。

男らしい声じゃない。複数の少年少女の声色を混ぜた様な合成音声に似ていた。

その声がなんとも滑稽で、マーキュリーはつい、笑ってしまう。


「うふふふ、グレイ様を傷つけた罰を、こうして何度も何度も味合わせてるんです…、それでも、彼を苛めたと言う事実は消えませんが」


恨みを、兵士に向ける。

針を何本も何本も刺して、兵士が苦しむ姿に愉悦を覚えつつある。

レグルスは悪趣味なマーキュリーの行動に対して無視をする事にして、本題に入る事にした。


「どうでもいい、貴殿の魔術でも、グレイの居る場所は分からないのか?」


本題とは、ジャック・オ・グレイマンである。

彼が一体何処にいるのか、レグルスは魔術師たちに聞こうと思っていたのだ。

しかし、その姿が無いので、マーキュリーに聞く事になるのだが。


「…分かっていれば、今ごろは、こうしてお馬鹿さんと遊んでは居ませんよ、ずっとずっと探してるのに…、かの人を想っているのに…どうしてこうも…こうにもっ…」


瓶の中から、兵士の顔を掴んで引っ張り出す。

脳みそを直に掴んで、彼女は力の限り、兵士の脳みそを握り潰す。


「ぎゃ、あ、ああああっ!!」


悶絶する痛みが発生して、兵士はあらん限りの声を出した。

その無惨な光景に、レグルスは視線をそらしてしまう。


「見るに耐えんな…」


握力で脳味噌がぐちゃぐちゃになった兵士の死骸を投げ捨てて、付着した液体を布で拭いながら、冷静さを取り戻すマーキュリー。


「まあ、ですが安心してください…、私は錬金術師ですので…」


そして奥の方へと向かって歩き出す。

ぴちゃぴちゃと音が聞こえて来て、下を見れば赤い液体が落ちていた。

近くには、高価な衣服に身を纏う眼鏡を掛けた魔術師の死骸が転がっている。

それを通り過ぎて、青白く開く布に手を掛ける。


「何をしていたのだ?」


その質問は、この部屋の中に居た魔術師をどうしたのか、と言う意味ではなく、マーキュリーがこの部屋で一体何をしていたのかを聞いている。


「グレイ様の部屋から、ベッドや衣服に付着した毛髪を採取し、それを複数の魔物細胞と組み合わせて、合成魔獣を製造しました」


合成魔獣。

いや、それよりも、グレイの部屋に入った事に対して訝しげな表情をしたが、敢えて言う事は無かった。


「…それで、獣ごときを製造して何になると言うのだ?」


レグルスが想定内の台詞を口にするので、マーキュリーは上機嫌だ。


「うふふ、合成魔獣は私の命令通りに活動します。そして、グレイ様の細胞を持つこの生物に、グレイ様の臭いを追跡させるんです。そうすれば…、グレイ様の元へ案内してくれる様になっているのです」


それを聞いて、レグルスは成程、と頷いた。


「それは名案な事、早速、起動してみては」


早く、それを動かして、グレイの元へ向かってほしい。

しかし、慌ててはならぬと、マーキュリーが首を左右に振る。


「ふふ、お待ちください、この後は皇国の騎士団による集会があります、それが終わった後でも宜しいでしょう?」


集会。

恐らくはジャックの処遇に関わるのだろう。

本来ならば、面倒な集会に顔を出す気は無かったが、ジャックの皇国の騎士団として活動出来るかどうか掛かっている。

この集会で処遇が決まる可能性もあるので、出ないわけにはいかなかった。


「そうか、なんとも待ち遠しい事だ」


仕方なく、レグルスたちは集会へ向かう事にする。

一人残された合成魔獣は、ゴポゴポと酸素を吐き出しながら、ゆっくりと目を開いた。

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