第16話 お気の毒ですが、兵士崩れみたいです

盗賊、その言葉を聞いて誰よりも早く駆けだしたのはジャックだった。

テーブルを薙ぎ倒して壁を脚力の力のみで蹴り倒して破壊すると、紫色に掛かった空がやがて夜になり替わろうとしていた。

その隙を狙って、盗賊が襲ってきたのだろう。


「早くやれ、時間厳守だッ!」


盗賊は胸に軽装の鎧を付けていた。

そして、その腰にぶらさげる両刃の剣の柄には、滅びた国の紋章が刻まれている所を見るに、彼らは兵士崩れである事が分かる。


路頭に迷った彼らが、自らの国を滅ぼした国に対して報復の意味を込めて襲撃する事は良くある事だった。


兵士崩れが、逃げ惑う村人を追い掛けている。

剣を振り翳そうとしている様を見たジャックの心臓は、爆発しそうな程に音を鳴らした。


「やめろッ」


叫ぶと同時、彼は自らの〈聖霊神魂デウスソウル〉を発動する。


「〈蝕火の炬身〉ウィリアム」


左腕が変色し、灰色の肌に血脈の如く腕にびっしりと橙色の炎に包まれる。

掌から溢れる火を収束すると同時に自らの背中の方に向ける。

そして出力を最大にすると同時に、ジャックの体は推進力を得て高速移動を可能にする。

瞬時。

村人に切りかかろうとする兵士崩れの腹部に蹴りをいれる。

兵士崩れは呻き声を漏らしながら、地面に倒れると同時に剣を手放した。


「グレイッ!!」


騒ぎを聞きつけて、村長のルィンが飛び出してくる。


「ルィンッ!!村のみんなを何処か一点に集めてくれッ!」


「一点、って、何処にッ!?」


村に住む人間は多くて百人ほどだ。

百人もの人間が入れる建物など存在しない。


「何処でも良い、最悪建物からあぶれても良い!!」


「ッ分かったわッ!みんなッ!私の家に来なさいッ!男たちッ!子供やお年寄りを助けなさいッ!五分以内にッ行動を完了させるのよ!!急ぎなさいッ!!」


そう叫ぶ。

騒ぎを聞きつけた非番の憲兵が近くに置かれた斧を握ってジャックに近づいていく。


「憲兵さん。俺一人で十分です」


「しかし、ここは私が任された場所だ。私が守らねばならない」


ジャックにとっては足手まといでしかない。

しかし、憲兵の言葉も尤もだった。


「俺は戦う事しか出来ない…貴方は人を守れます。ルィンが人を集めてますので、どうかそちらの方をお守りください、憲兵の仕事は、人を守る事にあります」


実際の所、憲兵の仕事は侵入者を村に通さない事だ。

しかしそれを告げた所でこの憲兵の意志を削ぐ事になる。

鼓舞する様に伝える事で、憲兵は自分に役割が与えられたと思い、村人を守る事に徹するだろう。


「タトドゥッ!タトドゥはどうしたッ!クソ、口だけか、アイツはッ!!」


憲兵として選ばれた筈のタトドゥは、盗賊が来たのに、戦闘に参加するどころか顔を出す事すらなかった。


何処にいるかなど、今は探している暇はない。

ジャックは盗賊が敷地内に入って来たのを確認すると、まずは炎で加速すると、村の端まで瞬時に移動する。


「燃えろ」


そして、左腕を前に出して火の収束を止めて放出する。

周囲に炎が着火し、ジャックは炎を放出しながら村の柵に火を点けながら一周する。

これで炎の籠が出来上がる、柵を乗り越えて、盗賊が奇襲を仕掛けない様にした。

同時に、もうじき夜に差し掛かるから、辺りが暗くなり闇討ちする可能性を潰したのだ。

炎を噴出させながら移動していたジャックは村の入り口前まで移動して、兵士崩れの一体に加速した蹴りを浴びせる。


「今なら逃がしてやる、だけど、掛かって来るなら容赦はしない…気は進まないけど、火あぶりにしてやる」


そうジャックが告げると、兵士崩れは若干気落ちしていた。

これ程までに魔法の様な力を発揮する相手がこの村の中に居るとは思えなかったからだ。


「退けッ!お前らッ!」


そう叫びながら、兵士崩れを掻き分けて出て来る、無精髭の男。

他の兵士崩れとは違い、国から賜る装備品を装着しておらず、黒いコートに、大掛かりな機械動作をする義手を装着した男が出て来る。


「お前、皇国の騎士団か?」


「あなたは、この盗賊団のリーダーですか?」


ジャックは手を構えながら聞く。


「そうだ。俺は、お前に用がある」


「…」


その男が自分に用があると聞いて、ジャックは押し黙る。

恐らくは、ジャックが皇国の騎士団と想定し、彼に対する怒りを覚えたのだろう。

先述の通り、兵士崩れは他の国との代理戦争で国の権利を奪われ、職を無くしたものたちの事だ。

この国に滞在する兵士崩れは皇国が滅ぼした国の国民であり、皇国の人間に対する恨みを抱いている。

そして、何よりも、自らの国を滅ぼしたであろう代理戦争の選定者である皇国の騎士団に対する憎悪は凄まじいものだ。


「なんですか?復讐を望むのですか?」


「お前と一対一の決闘を申し込む」


そして、男は汗を拭いながらそう宣言した。

周囲の兵士崩れたちはどよめきながら、男の顔を見詰めている。


「…もし、俺が勝ったら、自首して下さい」


「分かった。もしも俺が勝ったら…俺の言う事を聞け」


一対一。

それは、代理戦争を経験した者ならば分かる、一騎討の事である。

この場合、一騎討に該当する人間以外は、戦闘をしてはならない。

これはジャックにとっては嬉しい誤算であった。

もしも、兵士崩れを相手にすれば、最悪、三十人ほどの兵士崩れの中から、一人か二人、死人を出してしまう可能性があったから。



「勝負方法は?」


男は義手をジャックに向ける。


「相手が負けを認めるまでだ」


そう宣言すると同時。


「〈宝岩ほうがんいだ守護鍵しゅごけん〉―――スプリガンッ!」


その男が所持する〈聖霊神魂デウスソウル〉を発動した。

ジャックは驚いた、少なくとも、〈聖霊神魂〉を所有していると言う事は、この男は最低でも『称号騎士』と同じ力を宿している事となる。


「…貴方は、何処の国出身ですか?」


「…嘗て機国と呼ばれ、俺は其処で大隊長を務めていた…名を、クロムレック」


機国。

工業地帯が多く機械系の生産物が多く輩出していた大国。

約二百年ものの歴史を築き上げた百年国、その成れの果てが其処に居た。


「…俺は、元・皇国の騎士団、ジャック・オ・グレイマン。名乗り合う以上、一対一での戦いは絶対だ」


それが、この世界に書かれた天球法律書に綴られた一騎討の内容であった。

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