第14話 お気の毒ですが、理不尽な目に遭うようです

一方その頃。

皇国の騎士団では、ジャック・オ・グレイマンの噂が広がりつつあり、彼の空いた席を埋めるべきだと言う声が響きつつあった。


「あの村民上がりが居なくなった事で、我々にも好機が訪れたと言うワケだ」


白鋼の騎士たちは声を上げてそう会話をしていた。

ジャック・オ・グレイマンは、〈聖霊神魂〉を継承し、自由自在に操れるが故に騎士に選ばれた所がある。

長年鍛錬を積み重ねて来た騎士たちにとっては疎ましい存在であり、贔屓、ないし、待遇の良さに不満を抱きつつあったのだ。


「たまたま〈聖霊神魂デウスソウル〉を所持していただけだからな…」


「私もそれを持っていたら、あの村民よりも上手く扱えたのだがな」


彼らの口調は本気でそう言っているワケではない。

ジャックの血筋が村民であり、その村民が上級民である彼らよりも優れている事に対する妬みであり、しかし、『称号騎士』の上位陣に入っている以上、ジャックの実力は彼ら以上である事の証明から認められず、負け犬の遠吠えらしく、負け惜しみの言葉を口にしていただけであった。


「穴埋めとして順位が繰り上がり、第十六位の穴を埋めるべく、選定決戦が行われる筈…そうなれば、称号騎士から剣術の教えを説かれる可能性も…」


三人の騎士たちは、其処まで話した末に、身を震わせた。

心臓を掴むかの様な、脂汗がにじみ出る様な感触が伝わって来る。

恐る恐る後ろを振り向くと、其処には妖精の様な可憐な少女が笑みを浮かべていた。

鋭く小さな八重歯が見えて、軽やかな足取りと共に三人の騎士に近づいて来る。


「(え、エリザベート殿ッ)」


「(第七位『啜騎士ヴァンパイア』エリザベート・ドラキュリア…ッあの姉妹の一人が何故此処にッ)」


「先程、聞き捨てならぬ事をお聞きしましたわ。あなた達は、称号騎士になりたいと、そう仰ってましたわね?」


にこにこと可憐な少女の表情を浮かべるエリザベート。


「い、いえ…これは、戯れの言葉でして、実際に、本心で言ったワケでは…」


「は?私の言葉を否定しますの?」


即座。

エリザベートは表情を変えて口答えした騎士に殺意を向ける。

そして地面から黒い杭が出現して、騎士の一人が串刺しにされた。


「(気性の荒さ故に…代理戦争が決まり次第代理者として選定され続けた魔人ッ、自分の気に入らない事があれば殺す事さえ躊躇わない、何よりも、騎士団はそれを許容している、理不尽粛清が唯一許された女傑ッ)」


ガタガタと震えながらも、二人の騎士は恐怖に顔を歪めていた。



「はぁ~、きったねぇですわね。折角の白いお洋服がドブみてぇな色に染まっちまいましたわ」


騎士の飛び散る鮮血が、彼女の拘束具の如き衣服を真っ赤に染め上げて、その顔面にも血が付着する。

垂れた血液が口の中に入ると、唾液と共にそれを吐き出した。


「折角の掃除をしてくれる女中のおばさま方が綺麗に拭いてくださったのに、こんなに汚くしてどうするつもりなんですの?溝鼠たち」


気分が高揚しているのか、頬を紅潮させて、手に握り締める指揮棒タクトを騎士たちに向けた。

それが、地面から生える刺の様な杭を操るのに必要な彼女の武器だった。


「い、今すぐ、清掃します。どうか、お待ちをっ!


声を上擦らせてその場から逃げ出そうとうする騎士に、エリザベートは指揮棒を振るった。


「は?おばあさま方の使う清掃道具をお前らみてぇなドブどもの血で汚すつもりなんですの?お前ら一体何様でして?」


「ひっ、し、しかしっ!道具がないと」


あくまで口答えする騎士に対して指揮棒を振るおうとする。

騎士は恐怖に怯えて体を縮ませる。

だが、その怯えた小動物みたいな姿が彼女の腹を擽らせたのだろう。


「ふふ、無様ですこと…、お前の口は何の為に付いてると思ってまして?舌で廊下を拭き取るんですのよ?ほら、ぺろぺろって、地面をなぞって掃除をするんですの」


細くて長いピンク色の舌先を左右に動かしながら、エリザベートが言うと、騎士は兜を取って無我夢中に廊下をなめ始めた。


「うふふ、無様無様、これが騎士?これが上級民!?ちゃんちゃらおかしいですわっ!矜持も意志も衰えて恐怖に怯え、媚を売る始末っ…うふふっ!お前らが称号騎士になれるはずねぇでしょう!きゃははっ!!」


非道な声が木霊の様に響き続ける。

しかし騎士は悔し涙など流しはしない。

ただ、その場を凌ぎたい、生きていたい、その執着のみで血を舌で拭い続けた。


「はぁ…まあ、悪戯はここまでにしてあげますわ」


笑い疲れたエリザベートはなんともつまらなさそうな表情を浮かべながら終わりの言葉を口にする。

それを聞いた騎士は光明を得た。

一人犠牲になってしまったが、それでも自分達はこの理不尽から生還出来るのだと。


「ここから先は、ゲロ豚の串刺しの刑にしますわ」


声を発する間もなく、生還を望む騎士が地面から生える杭によって串刺しとなる。

血を噴き出しながら苦痛の表情を浮かべる騎士を見て彼女は愉悦の表情を浮かべた。


「うふ、ふふ、きゃはははっ!滑稽ですわぁ!!ねぇ、生きて帰れるって思いましたの?私から逃れられるとでも?無理無理、お前ら雑魚が生き残れる訳ねぇじゃないですの。雑魚が粋がるから、こんな目に逢うんですわ、きゃはは!!」


そして、なおも掃除をし続ける騎士に目を向けて。


「あなたはイイコですわね。貴方は見逃してあげますわ、さ、顔をあげても宜しくてよ」


騎士はその言葉を受けて顔をあげる。

エリザベート美しい容貌で天使のごとき笑顔を向けて、そして悪魔のごとき嘲笑を浮かべた。


「ウ・ソ」


指揮棒を振るう。

廊下を舐めて掃除をしていた騎士も、串刺しとなる。

三人の騎士の血を浴びてご満悦なエリザベートは甘ったるい吐息を漏らす。


「あぁぁ…すっきりしましたわぁ…あんな雑魚が、お兄様を悪く言うなんて許せませんもの…あぁ、グレイお兄様…。エリザは分かっておりますわ…いつか、またエリザの元に戻ってくると…それまで、お兄様の座は、空けておきますわ」


恍惚な表情を浮かべて。

エリザベートは義理の兄を想いながら、兄に不躾な真似や言動をした者を誅伐する。


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