第13話 お気の毒ですが、力が強すぎたみたいです

厩から馬が出される。

ルィンはこの茶色の馬の首を軽く撫ぜる。尻尾が左右に揺れるので、とてもご機嫌の様に見える。


「ここから数キロ程だけど、馬で行くわ」


「分かったよ」


馬にまたがるルィン、その後ろにジャックも乗る。

二人乗った事で馬は少し不機嫌そうに首を左右に振ったが、仕事を全うする為に歩き出した。


畑へ到着して、馬から降りる。

畑の土を鍬で耕していたり、水やりをしている村人の姿が其処にあった。

畑の端には、複数の筋肉自慢な男性たちが集って、斧を振るって木を伐採している最中だった。


「二年前の代理戦争で国を一つ滅ぼしたから、領土の拡大に伴って村区の拡大もされたのよ。だから、森を耕して新しい畑にしている最中ね」


ルィンがそう説明を加える。

ジャックはその人たちの動きを見て、自分なら、楽に伐採出来ると思った。


「へぇ…じゃあさ、俺も木を切ってて良いか?」


ルィンに許可をもらおうとする。

けれど、ルィンは木の伐採に対してあまり乗り気ではなかった。


「言っておくけど重労働よ?」


斧を振るい、木を切って、そしてその木を加工して置き場にまとめる。

その作業だけでも、かなりの重労働であり、あまり彼に疲れさせる仕事はさせたくなかった。


「平気だよ、昔は木を切る訓練をしてたからさ」


「そう、じゃあよろしくね」


そう言ってルィンが馬から降りると、縄を近くの柵に取り付けた。

ジャックとルィンが歩きながら、伐採作業をしている男性陣の中に入っていく。


「こんにちはー」


「おっ…どうも、村長、こちらの怪我人は?」


声を掛けられて、村人はジャックの方に顔を向けて、少し表情を強張らせた。

彼の顔面は火傷と切り傷だらけで、人が見れば少し動揺してしまう。


「(まあ傍から見れば怪我人よね)」


仕方が無い事だ。

それに対して村人にとやかく言う必要はない。


「ジャック・オ・グレイマン。彼は本日から私たちの村で預かる事になったから」


彼の自己紹介をさらりと終わらせる。


「今日は仕事を手伝ってもらう事になってるの、斧を貸してあげて頂戴」


ルィンは村人に森林伐採の仕事を任せると言うと、村人たちは目を見合わせて微かに笑った。


「いや、大丈夫なんですか?体、筋肉ついてなさそうですけど」


自らの腕を叩く村人。

その肉体には隆々とした筋肉が宿っている。


「大丈夫ですよ、こう見えて力が強いですから」


ジャックは爽やかな笑みを浮かべてそう言った。

彼の素顔は基本的に柔らかだけど、その傷が相まって不気味な笑みにも見えた。




斧を振るう。

勢い良く振るわれた斧の刃が木に深く食い込む。

木が大きく揺れて、木の葉が周囲に待った。

申し分ない一撃だが、斧の約三分の二が木に食い込んだ所で、斧の柄が半ばで折れてしまう。

彼の膂力に斧が付いていけなかったのだ。


「嘘だろ」


力自慢の村人でも、彼の力に対して唖然としていた。

細身な体から良くも斧を破壊させる程のパワーを引き出したものだと。


「、すいません。斧、壊してしまいました」


木に食い込んだ斧の刃を片手で軽く引き抜く。

簡単にやってのけたが、常人にはまず真似出来ない行動だった。


「お、おう。いや、気にするな」


村民の一人が壊れた斧を受け取る。

斧の刃は潰れたが、研げばまた元通りになる。

柄も、折れた部分を取り除いて、また新しい柄に変えれば、再び斧として使えるだろう。


「じゃあ、悪いが、他の奴らの斧を借りて倒してくれ」


「あ、いえ、このくらいなら、蹴るだけで倒れますよ」


そう言った。

木を叩き切った際に出来た傷口は全体の三分の一程で、蹴り倒す事は難しいだろう。


「危ないですから、退いて下さいね、よいしょッ」


靴の裏で木を思い切り蹴ると、切口から木がべきべきと音を立てて真っ二つになった。

膂力だけではない、彼の脚力も恐るべき力だと、村民は息を呑んだ。


「村長、彼は一体何者なんです?」


ついには我慢出来ずに、村民の一人がジャックが何者なのかを問うた。

彼の活躍に優越感を覚えるルィンは勝ち誇ったかの様な表情を浮かべる。


「ジャック・オ・グレイマン。彼は元騎士よ、強いのは当たり前だけれど…皇国の騎士団は、誇りを以て戦った彼を不当な理由で解雇したのよ?彼は、私たち民を守る為に戦ったのに」


大きな声で語り掛けるルィン。

その声に反応して畑の方に居た村人たちもルィンの方に目を向けた。


「なのに、彼ら騎士団は急に彼の力を欲して来た。それも騎士団としてでは無く雑用係として、十分な戦力を持っているのに、彼を休ませようともしないの」


話を続ける。

それは演説の様に、民衆が集まって来る。


「だから、彼を匿う事にしたの。不当な理由で彼を使い古そうとする騎士団に、彼は渡さない。此処で幸せになるべきだと思わない?」


「しかし…騎士団に歯向かう様な真似をするのは…」


村人の一人は少しだけ不安な事を口にする。

村人達が彼を匿っている事を知れば、ただでは済まないだろう。


「何の権利があって糾弾するの?彼はもう騎士団じゃないわ。その彼を連れ戻すなんて権利は、彼らには無いのよ?もしそうなれば、皇国の法律書に騎士団を訴えるわ、そうしたら、私たちが勝つに決まってるもの」


国が国として成り立つ為に必要なもの。

それが法律書と呼ばれる国に法則を築くアイテムがある。

この法則に則る以上は、違反する様な真似をしてはならないのだ。


「そうか…そうだな、もしも騎士団が来ても、こっちが勝つのなら…逆に金をふんだくる事も出来るだろ?」


「それに、あいつの力があったら、力仕事も楽に終わるぜ?逃す手はねぇよ」


「可哀そうだしねぇ…騎士団に歯向かうのは怖いけど…知らんぷりしてれば良いし…」


村民たちがジャックに同情して、彼を守る、と言う意識が出来上がりつつあった。


「えぇ、だからみんなで守るの、ジャックを…大丈夫、私たちなら出来るわ」


ほのかな笑みを浮かべて、ルィンは上手くいった、と内心思っていた。

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