第12話 お気の毒ですが、ベーコンはないみたいです

新しい朝がやって来る。

ジャック・オ・グレイマンは硬いベッドの上で目を覚ますと体を起こした。

久々のベッドは、一か月分の溜まりまくった疲弊と憔悴を溶かし尽くしてくれた様な解放感があった。


「おはようございます、ご主人様」


既に起床していたシャリアはまずは部屋の清掃をしていた。

くたびれたモップで床を掃除していた彼女は、ジャックの起床に合わせて朝の挨拶をしてくる。


「あぁ…おはよう、シャリア、…キミは良く眠れたかい?」


簡易的なベッドをリビングに作っておいた。

本当はこちらのベッドを使用した方が良いと思ったが、無論彼女は奴隷メイドであるからと断るので、せめてリビングで柔らかな簡易ベッドを作っておいたのだ。

リビングに設置した簡易ベッドは既に無く、どうやらシャリアが撤去したらしい。


「ご主人様、本日の朝食はいかがしましょうか?」


テーブルの上に置いたバスケットを開いて、シャリアはジャックに本日のメニューを伺う。

このバスケットはルィンが贈ってくれた食材だった。


「パンにチーズ、それと卵、うん、豪勢な食事になりそうだ」


極めて質素な食事になりそうではあったが、ジャックは幼少のころを思い出して感傷に浸っていた。

手始めに、パンを輪切りにしてその上にチーズを乗せた。

卵はフライパンが無いので、鍋に入れてゆで卵にする事にした。

食事の準備が着実と行われている時、扉を叩く音が響いた。

シャリアが動いて、扉の方に向けてドアを開ける。

入って来たのはルィンだった。


「おはよう、グレイ。スープを持ってきてあげたわ」


手には作り立ての鍋が持っていて、それをテーブルの上に置く。

木製の蓋を開けると、ぐつぐつと煮込まれた野菜のスープが入っていた。


「野菜のスープ。いいね、体が温まりそうだ。ありがとうルィン」


感謝の言葉を伝えて、ジャックは頬から垂れるよだれを袖で拭く。


「別に構わないわ、朝食、私も食べていって良いかしら?」


そう言いながら椅子に手を掛けているルィン。

もちろん、ジャックは彼女のお願いに首を横に振る事は無かった。


「問題ないよ、この食材も、元々はルィンが贈ってくれたものだし…シャリア、人数分頼むよ」


「承知しましたご主人様」


シャリアは沸騰したお湯に卵を追加していれて、ルィンの分のチーズパンを作ってくれる。


「本当はベーコンを贈りたかったけど、生憎商人が来てないの」


「十分なごちそうだよ。こんなにも良くしてくれて、有難い」


心の底から感謝をして、ルィンは微笑んだ。

そしてテーブルの席に着くと、ジャックとルィンは自らの手を組んで神に恵の糧を感謝した。


食器を片付けるジャックとシャリア。

窓から外の日当たりを確認したルインは窓を閉めて外に出る扉に触れる。


「じゃあ私、そろそろ仕事場の確認をしにいくから」


鍋を竈に置いて、ジャックは振り返る。

仕事場の確認とは、この村の近くにある農場の事を指している。


「あぁ、村に住む人間は農場とか伐採とかしているんだっけ」


村長の役目は村人に仕事を与え、国に払う税を作る事だ。

前任の村長から仕事の指揮と言う役割を得た彼女は、定期的に仕事をしているのか確認する義務がある。


「えぇ、私は村長だから、村民の仕事場を見に行くの」


村民と聞いて、ジャックはふと気が付いた。

こうして騎士を解雇されて無職になった彼は、これから先は別の仕事を見つけなければならない。

このまま、ずっと何もせず、働かずに無職で居続けるなど、虫の良い話だからだ。


「…そうか、なあ、ルィン。俺も何か手伝える事、ないかな?」


この村の為に出来る事。

ついては仕事が欲しいと、ジャックはルインに伺うが、ルィンは開け掛けた扉を閉じてジャックの方に近づくと、その手を握った。

ボロボロで、擦り傷だらけの騎士の掌だ。


「何言ってるの?グレイ。あなたは何もしなくても良いのよ」


これ以上、この手を傷つける事は、ルィンはしたくなかった。

だから、ジャックはこのまま、仕事もせずに楽をして欲しいと思うのだが。


「そういうわけにはいかないよ。俺も飯を食わせて貰ったし、大の男が、仕事も就かずに呑気にしてるなんて出来ないよ」


彼は仕事を欲する。

それはじっとする事が出来ないからだ。

何もしないと言う事は、考える時間が増えると言う事。

そうなると、騎士関連の事を思い出してしまう…そして、代理戦争での被害を思い出して気に病んでしまうのだ。

だから、動かないよりも動いていた方がずっと彼の為になる。


「…でも、大丈夫なの?」


「問題は無いよ、それに体を動かしてないと、気分が悪いんだ」


その言葉は本当だった。

それを聞いて、尚も休んでいて欲しいと思うルィンだったが、近くに居るシャリアを見た。

何もしない事は、暇な時間が増えると言う事。

仕事が無い時の人間は、何かしらの行動や趣味につぎ込んで欲求を満たす。

シャリアが傍に居れば、もしかすれば…身を重ねる様な事態になりえる事もある。


「そう、なら悪いけど、手伝ってもらう事にするわ」


そうはさせない。

ルィンはジャックの言葉を飲み込んで、頷いて見せる。

彼女の思想などつゆ知らず、久々に働けるとジャックは嬉しそうにはにかんだ。



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