第11話 お気の毒ですが、敵に塩を送るみたいです

長の家に向かうジャックと、早足で戻って来たルィンが出会う。


「あぁ、ルィン。そこに居たのか」


ジャックは衣服を広げてルィンに見せた。


「服、ありがとう。少し大きめだけど、これ、村長さんの?」


この場合、ジャックが言う村長さんは、彼女の父親の事を指している。

ルィンは、ジャックの言葉を返す事は無く、先程対応した事をジャックに告げる。


「グレイ、あんたを探しに騎士たちが来てたわ」


柔らかな表情が、騎士の名を聞いただけで強張った。

すぐに口を開いて笑みを浮かべるが、目は笑ってないし、そもそも、彼は口を開いて笑う様な真似はしない。明らかな作り笑いだった。


「え、そう、なのか…じゃあ、戻らないと」


騎士が来た以上は、何か理由があるのだろう。

連れ戻しに来たのか、最悪、騎士団として正式な除名を受けて無いので、脱走違反扱いされて、処刑をしに来た可能性もある。

どちらに転んでも、皇国に戻される可能性があった。


「…安心して、騎士たちには、この村には居ない事にしてあるから」


ルィンはそう言って、頭に被せた三角巾を脱いだ。

くすんだ赤髪が左右に揺れる。エプロンのポケットから髪を結ぶ紐を取り出すと、左右に結んでツインテールにした。

その姿は、少し大人びているが、幼少の頃にグレイと共に遊んだルィンとの面影が重なっている。


「大丈夫、私が守るわ。昔とは違うの…今の私なら、グレイを守る事が出来るから」


だから、戻らなくても良いと、ルィンはジャックに近づいて、その壊れかけた身体を優しく抱き締める。


「ずっと此処に居て良いのよ?…もう、貴方は、騎士じゃない…普通の、ジャック・オ・グレイマン、私の幼馴染の、グレイなんだから」


「…ありがとう」


感謝の言葉を口にする。

彼女の優しさが心に伝わった。

ルィンの抱擁を受け止めて、そしてジャックは忘れていた事を思い出した。


「あのさ、ルィン。シャリアも今、風呂に入ってるんだけど。彼女にも何か衣服をくれないか?」


「…えぇ?」


明らかに嫌そうな表情を浮かべた。


「いやぁ…駄目、かな?」


「駄目ってワケじゃないけど…敵に塩を送るみたいじゃない」


「敵って…まあ、確かに部外者だけど…長年外に出てた俺も部外者じゃないか?」


ルィンがシャリアに苦手意識を持っているのは、彼女が部外者であるからだと思った。

しかし実際には、シャリアが女性であり、奴隷メイドと言う不純な職業をしているからであり、隙を見せればジャックの懐に飛び込んで体を重ねてしまいそうだからだ。

つまり、この場合の敵とは、女の敵、恋敵、と言う意味でもあった。



騎士たちが村から離れようと馬を走らせている最中。

森の茂みから老人が現れた。

急ぎの為に、老人を無視していこうとした騎士ではあるが、即座に馬を止める。

その老人は手を振っていた、そしてその顔は、騎士ならば見慣れた憧れの象徴である。


「ジュピター殿」


馬を止めて鞍から降りると手を額に付けて、下位騎士は敬礼を行う。

紫色の布で片目を塞ぐ乾いた肌に皺が出来た老人は楽にしろと手を左右に振った。


「ちと暇での、話を聞きに来た」


呑気に老人はそう言った。

その男性の名前はジュピター・スプリーム。

騎士ならば誰もが憧れる『称号騎士』である。

老人の姿を見て、背後で小さな声で喋る二名の騎士。


「ジュピター殿は確か代理戦争に参加していた筈では?」


「終戦して此方に来たのだとすれば…なんという速さ…流石『雷騎士ユピテル』の称号を持つお方か」


代理戦争。

大規模な戦争を行い、資源と人員、領土と建物の崩壊を防ぐ為に建てられた現在の戦争の形態である。

各代表者が代理戦争を行う人物を指名して、規定の人数による闘争を開始。

定められたルールの中で、勝敗を競うと言うものだ。

皇国の主な主力は『皇国の騎士団』所属の『称号騎士』と呼ばれる番号を与えられた騎士たちが戦うようになっている。

ジュピターは『雷騎士』として数週間前に勃発した代理戦争に参加していた所だった。


だから、久々に戻ってみれば、休養中のジャック・オ・グレイマンが解雇されていると聞いて、事情を聞く為に彼の故郷近くにやって来た様子だった。


「あのスルト坊やが失踪したと聞いたがの、どうじゃった?」


「はっ。話を聞くと、村には立ち寄っておらず、話によれば商国に向かった可能性があると聞きます」


騎士が先程の村で聞いた内容をそのままジュピターに話す。


「ふむ、商国、それはちと難しい話だの。『称号騎士』の類は武器なしでも凶器所持と見做されるから、行けないのだ…」


残念そうな表情を浮かべるジュピター。

このまま、ジュピターも共に同行して頂ければ心強いと思っていた騎士たちは残念そうな声を漏らす。


「それはそれは…ご安心を、我々がこれより、確認しに行きますので」


自信満々に答える騎士に、ジュピターは瞼を下ろす。

まるでくじ引きでハズレを引いた様な残念な表情だった。


「…む、そうかの。では儂は少し、用事があるから、それを済ませて行くとしよう」


「用事とは?」


騎士が聞くと、ジュピターは道の外れに生える森の方を指した。


「この近くに兵士崩れの盗賊が流れてきているらしくての、その討伐よ」


「そうなのですか、では我々も参戦を」


騎士らはジュピターの戦闘を間近で見れる可能性も考慮して、その様な場違いな事を言う。

当然ながら、複数で戦うよりも一人の方が楽に終わるから、彼ら騎士の提案には遠慮を見せるジュピター。


「良い良い、お前らは早急に皇国へ戻り、伝えると良い」


その言葉に、騎士は一瞬聞き間違えたか、言い間違えたのかと思った。

今は情報を掴んでいる。このまま、商国へと向かってジャックの所在を確認するのが先決だろう。


「は?あ、はぁ…ですが、商国の方が近いですが…確認してからでも」


ジュピターに言葉を返すが、鼻で笑って手首を左右に振った。


「いる筈が無いだろうに、儂も奴も『称号騎士』なのだから」


そうなのだ。

ジュピターもジャックも同じ『称号騎士』であるから、商国に行けるはずがなかった。

その事に気が付かなかった騎士たちは、それもそうだと押し黙ってしまう。

なんとも残念だと、ジュピターは溜息を吐いた。

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