第10話 お気の毒ですが、調子に乗っているようです

騎士が去った所で、ルィンもジャックが住む家に戻ろうとした。

けれど、視線を感じた。都内では流行りだからと、キツイ染髪の臭いを醸す、茶色に金色混じりの髪をした兵士が髪の毛を掻き揚げている。


「なーに頭下げてんすかぁ隊長ぉ」


先程、騎士団に対応をしていた兵士長の肩を軽く叩く軽薄そうな男だ。


「お前…騎士様が来ていたのに、何故出てこなかったんだ?」


身分上では、兵士よりも騎士の方が上である。

上司が来日しているのに、末端の兵士が挨拶をしないなど前代未聞だ。


「えー?だってアイツら雑魚に頭下げんのキチィっしょ。ホラ、未来の騎士長なのにさぁ」


自信満々でそう言っているのか、腰に提げた細身の両刃片手剣を引き抜く。


「ほっ、どうすか俺の抜剣速度、相手が掛かるより前に抜き切るっ、大抵の敵なんざこれで一発っすよ、ほい、ほいッ」


抜き身の剣を振り回す、それに対して兵士長が危険だと窘める。


「止めろ、危ないだろ」


「大丈夫ですってぇ、ほら、俺剣捌き超上手いんでぇっとッ」


ぶん、と剣を振り上げて、兵士長の首の前で止める。


「ほーら斬れてない、マジ凄すぎっしょ、俺の剣術ぅ。あとさ兵士長さ、あんま舐めたクチ利かない方が良いよ?こんな臭い辺境の田舎じゃあ、死んでも気づかれないと思うしぃ?」


切っ先が兵士長の首を軽く撫ぜた。


「それくらいにしたら?あんた」


調子に乗った兵士に声を掛ける。

騎士よりも、理不尽なものを見せられて怒り心頭といった具合なルィンだ。


「お、ルィンちゃん。へへ、どうよ俺の剣捌き」


「剣を仕舞いなさい」


ルィンは冷めた目付きで兵士に告げる。

最早彼女はその兵士に対して同じ人間だとは思っていなかった。

相手にせず、自分の主張を曲げずに告げる。


「おー、怖い怖い、しまいますしまいます、はい、これでいーでしょ?」


剣を腰に付けた鞘にしまう。

両手を上げて茶化す様に笑う兵士を無視して、兵士長に声を掛ける。


「もしかしたら騎士が再び来るかも知れませんので、その時は村に入れず、私を呼んで下さい」


「は、はい。村長、お手数を」


「いえ、ですが、あなたもしっかりして下さい。舐められてますよ」


「俺が舐めたいのはルィンちゃんだけどなぁ」


そんな馬鹿な話を無視して、ルィンは兵士長のみに頭を下げてその場を離れる。


「…へッ、俺が騎士になったら、こんな村、潰してやるよ」


ルィンの態度が気に入らないその男は、何時か自分が騎士長になって、彼女が嫌がる事を強要させようと思っていた。

そしてあわよくば肉体関係に、などと、到底無理な妄想をし始める。


この男は、何とも可哀そうな人間だ。

井の中の蛙大海を知らずと言う言葉があるように、世界は広く、自分が矮小である事を知らない。

そして何よりも、この小さな田舎村に、強大な力を宿す騎士が存在する事を。

その騎士に、自分の矮小さを思い知らされることを、その兵士はまだ知らなかった。



ジャックの湯浴みが終わったと同時に、シャリアが丁度良く衣服を持って来た。


「ご主人様、どうぞ、衣服です」


新しい衣服を渡されて、ジャックはそれを受け取って笑みを浮かべた。


「ありがとう、シャリア」


感謝の言葉をシャリアは頷く事で素直に受け取る。


「シャリア、きみも湯浴みでもするかい?」


渇いた布で濡れた身体を拭いながら、ジャックはそう言った。


「…ご主人様がそう仰るのであれば」


長くて細い銀髪を揺らして、頭に付けたメイドキャップを外す。

シャリアは緊張していた。しばらく、心臓の音が高く打ち鳴っている。


「うん、早く入りなよ」


長旅の疲労があるだろうから、早く癒すと良いと、親切心でそう言っているのだが。

ジャックは、男が女に湯浴みを勧めると言う行動を理解していない。

元来、男性が女性に風呂を勧める場合は、身を清める行為から、性交の準備をしろと言う意味合いでもある。


彼には長い訓練生時代とルィンと共に湯浴みした経験があるからか女性が素肌でも気にしない性質であった。

それは暗黙の了解である為に、ジャックはその意味を知らないし、シャリアは知らない事を知らないから、これから身を重ねるのだと、若干の緊迫をしていた。


「では、お言葉に甘えて」


シャリアは高価な布地で作られた胸元が大胆にも開かれたメイド服を脱いでいく。

彼女も湯浴みをすると言う行為がこれから何を示しているかは理解しているつもりだ。

素肌を晒し、胸と股を覆う下着を剥いで、体を洗う用のタオルで前を隠す。


「では、ご主人様…少々お待ちを」


風呂桶に入ろうとした時だった。


「あ、ごめん、新しい湯に変えるから、もう少し待って欲しい」


新しい衣服に着替えたジャックは風呂桶の中身を確認する。

泥と垢で湯は汚れて、風呂に入るには適していない。

竈で沸騰しつつある鍋を布で掴まず、直接手で掴んでテーブルの上に置く。

そして風呂桶を担ぐと、そのまま部屋に出てお湯を捨てた。

手際良く動くジャックに、シャリアは呆然とその姿を眺めていた。


「…これで良し」


新しく湯を張り直して、ジャックは一仕事終えた事に充実感を覚えていた。


「あ、新しい服、用意しないとね、ちょっとルィンに聞いて来るよ」


女性モノの衣服が無いか、ジャックはシャリアを一人残して、ルィンの元へ家を飛び出した。

一人残されたシャリアは、呆然と閉じた扉を見詰めていたが。


「っくしゅん」


小さく咳払いをする様なくしゃみをして、体がすっかり冷え込んでいて身震いした。


「…ご主人様は」


身を清めると言う意味を分かっているのかと、そう思いながら暖かな風呂桶に下半身を漬からせて、布に暖かなお湯を吸わせて、体を洗い始めた。





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