第8話 お気の毒ですが、荒れてるみたいです

皇廷。

皇国内地である其処には、皇族や騎士団、宮廷魔術師が皇廷を警備している。

魔術の研究を行う宮廷魔術師の元に、皇国の騎士団、レグルス・レオンハートの癇癪が響いた。


「未だ見つからぬとは一体どういう事だ、この私が出迎えてやったのだぞッ!なのに、何の成果も得られぬとはどういう事だッ!!」


机の上に広げられた魔術書を腕を振り回して薙ぎ払う。

魔法の薬も机の上に置いてあった為に、ガラス瓶が砕けて液体が周囲に飛び散った。


「も、申し訳ありませんッ、我々の魔術は、他の国とは違いあまり発展しておらず…精々、ネズミに命令し、視覚を共有して散策範囲を広げる事しかッ」


五十代程の宮廷魔術師の胸倉を掴んで立ち上がらせる。彼女の膂力によって、宮廷魔術師の足は地面から離れて宙をさまよっていた。


「どいつもこいつも使えない、何の為の宮廷魔術師だッ…グレイが何処で彷徨っているのか、誰も分からないとはな、一刻も早く見つけろ、出なければ貴様らの資金を断ち切る、元より、宮廷魔術師など居なくても、武力で言えば騎士団のみで十分だからな」


「ぜ、善処致します…どうか、お怒りをお静め下さいッ」


悲痛な声が漏れる。

軟弱な男であるとレグルスは舌打ちすると共に宮廷魔術師を投げ飛ばした。


「いいか、三日後だ、その時足を運んでやる。それでも変わらずに、何の痕跡も無いと寝惚けた事を言えば、貴様ら全員、路頭に迷う事になるぞ、忘れるな、脅しではないッ!」


それだけ告げて、怒りの権化は研究室から出ていく。

お付きの騎士たちが扉を強く締めると、外へと繰り出す。


「良い、私は一人になりたい、付いて来るな」


苛立ちを隠せない様子で、レグルス・レオンハートが獣の唸り声を発するかの様な威嚇を騎士に向ける。

威圧される騎士たちは、平静を装っているが、その内心は畏怖を覚えていた。

騎士たちが消えて、レグルス・レオンハートは一人、雨の中を歩く。


「(何処へ、何処へ行ったのですか…グレイ)」


彼女の心の声。

レグルス・レオンハートは貴族の出だ。

こうして怒鳴りつける彼女は強さの側面を出している為であり、その内面は、清く麗しい乙女であった。


「(知らぬ土地で、さぞ恐れているでしょう…早く見つけなければ、彼の心が深く抉れてしまう前に…その傷を埋めなければ)」


空を眺める。

曇天の空、ジャック・オ・グレイマンもこの空の下に居る事を信じて。


「(貴方に逢いたい…グレイ)」


彼女の願いはただそれだけだった。

ジャック・オ・グレイマンとの出会いは六年前。

騎士訓練生時代の時だった。

能力適性のある騎士は皇廷での訓練が認可されている。

毎年百名程の騎士訓練生が、皇国の騎士団になる為に鍛錬を積んでいた。


皇血十三貴族、獅子の紋章を持つレグルス・レオンハートも同期であり、皇国の騎士団入りは確実とされた有力候補生であった。

逆に、田舎村出身の村人であるジャック・オ・グレイマンは剣術に関しては三流以下であり、常に弱さを晒していた。

それでも、彼には天賦の才があった。

いや、選ばれた力、と言うべきか。

元来、皇族から与えられる聖霊術〈聖霊神魂デウスソウル〉を、彼は古の剣から継承したのだ。

彼の住んでいた村は、嘗て騎士が生まれた村である。

そして、その騎士の死後、騎士が所有していた武器は村の守護物として祀られる。

稀に、騎士が持つ聖霊術が武器に宿る事があり、ジャックは祭事の際に古の剣を握り、其処から〈聖霊神魂デウスソウル〉を器に宿した。


故に、彼もまた、皇国の騎士団として入団する事が義務付けられていた。

だからか、二人一組で行動する際は、有力訓練生同士で組まされたものだ。


「(貴方は弱い、本来なら、騎士になるべきでは無かった)」


だから、訓練生時代は厳しく指導した事もあった。

剣術の訓練の際、レグルスは決して手を抜く事は無かった。

ジャックを滅多打ちにした際に、酷い事も言葉にして言った事もある。


『貴様は騎士になるべきではない…〈聖霊神魂デウスソウル〉を封じ、村人に戻れ』


何度も何度も、彼を木剣で打倒した。

それでも、ジャックは決して折れなかった。

彼の芯には既に、騎士としての心が生まれていたから。


『天運ですよ、俺は選ばれてしまった。運命は俺に騎士になれと言った…なら、折れるワケには行かない…何よりも、俺は憧れてしまったんですよ』


その姿は、レグルスの脳裏に刻まれた彼女だけの憧憬の姿。

村人が誇り高き騎士の精神を抱いた瞬間。


『俺は誰かを守る為の騎士になりたい、今は守られているけど…何れは、貴方すら越えて見せる』


傷ついた彼の、高潔な意志はレグルスの心を擽らせた。

単純に美しいと思ってしまった、彼の成長を見届けたいと思った。


「(私には貴方程の高潔さは無い…私は、本当は騎士になりたくはなかった)」


貴族として生まれた彼女は、騎士となるか、他の貴族と結ばれるかの二択だった。

自分の運命がその二択となり、天秤にかけた彼女が選んだ道は騎士だった。

命を掛けて自由を得るか、嫁ぐ事で不自由を得るか。

血の運命を切り開き、自由を得る為に彼女は騎士になった。

騎士に憧れて、その道を選んだワケではない。


「(私は、私の為に、騎士の道を選んだ…私利私欲の選択…私は貴方よりも騎士に相応しくない)」


だからだろうか、レグルスは何時からかジャックを憧憬の対象として見ていた。

騎士の具現。理想の存在。憧れの対象。まるで夢を見る白馬の騎士の様に、心を奪われていった。


何よりも、彼の吐いた言葉は、嘘偽りのない本物へと変えていった。

ジャック・オ・グレイマンは騎士として選ばれた。

誰よりも誰かの為にその剣を振るう騎士になったのだ。


「(貴方は素晴らしい、貴方は輝かしく、貴方こそが騎士…私は尊敬し、憧憬し、恋慕に似た感情すら抱いてしまう…貴方の為ならば、千の国を滅ぼし万の敵を晒し首にして見せましょう…)」


それ程までに、レグルスにはジャックに特別な感情を抱いていた。


「(だからこそ、貴方が折れるのは見てられない、元気になって欲しい…グレイ、私の騎士…悲哀を抱いて欲しくはない、心を喪って欲しくはない…貴方が壊れかけたのならば…私が治してあげたい、自壊して自滅する前に、私が、貴方を支えたい…)」


ジャックの事を考えると体が火照る。全身が彼を欲している。

彼の前だけが、レグルスの全てを曝け出せる。

身を重ねて心を癒してあげたい、添い遂げて私に依存して欲しい、…それが、今のレグルスに抱く感情であった。

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