第7話 お気の毒ですが、満身創痍みたいです

ルィンがカギの束を持って嘗てのジャックの部屋の扉を開けた。

領土国内であるこの村は、住民避難や難民受け入れの際に複数の村に割り振られる事がある。

村長であるルィンは、村の管理を任されているので、家の鍵を所持していた。

扉を開けると、小さな部屋が二つある。

一つは台所、リビングが兼用となった部屋で、もう一つの部屋は、睡眠用の寝室になっていた。

もう七年も経っているのに、部屋の中は埃も鼠の糞尿も無く、小綺麗だった。


「アタシが毎月、掃除してたのよ。いつか、戻って来ると思ってたから」


彼女の言葉にジャックは目を丸くした。

幼い頃の彼女は、男勝りな女の子で、少女趣味らしい事もせず、幼馴染のジャックともう一人と共に、良く夕方になるまで遊んだものだ。

そんな彼女が、村長になり、誰かの為に掃除をしていたなど、時代は変わるものだ、そう思った。


「それより騎士団の仕事は順調かしら?もう七年も離れてたから、さぞかし優秀な騎士様になったんじゃなくて?」


テーブルに座るルィンは、彼の土産話を期待した。

けれどジャックはか細く笑うばかりで、自分の事を離そうだとは思わなかった。


「…ねえ、グレイ。大丈夫?顔色が悪くなってるわ…もしかして、嫌な事でもあったの?」


彼の表情を察して、ルィンは親身になってグレイに話を伺う。

その優しさは、少女だった時代から何も変わっていなかった。


「あぁ…実は、騎士はもうやめたんだ」


正確には、騎士団から兵士団へ左遷して、現地の上司に解雇を言い渡されたが、ジャックにとってはやめさせるのもやめるのも、同じ事だった。

自分自身、もう戦場では使い物にならないと思っているからだ。


「騎士を?なんで、どうして?」


ルィンが身を乗り出した。

ジャックは、幼い頃からの友人に、自分が戦場で見て感じ、其処から使い物にならなくなっていった事を説明した。


「…ご主人様。その様な事が」


傍で話を聞いていたシャリアも彼の経歴に納得の表情を浮かべる。

元騎士団であれば〈聖霊神魂デウスソウル〉が使えるのも当然の事だ。

話が出来て、多少胸の内がすっきりしたのか、柔らかな表情を浮かべるジャックに対して、ルィンは彼の手を強く握り締めていた。


「…辛かったのね、そんなに、ボロボロになるまで、頑張って…」


ルィンが涙を流して口にした。

ジャックは大袈裟だと静かに笑った。


「俺は大丈夫だよ、ボロボロって言ったて、多少の傷だけだし」


ルィンが立ち上がる。

そしてジャックの傍に近寄ると、彼を思い切り抱き締めた。


「大丈夫なワケないじゃない。自分がどれほど傷ついているか分かってるの?内面だけじゃない、その体も、その顔も…酷い有様なのよ?」


そう言われて、彼は初めて、傷に対して言及されたな、と思った。


「こんなの…酷くないさ」


彼の顔には、包帯が巻かれている。

灰色の髪に隠れているが、その顔には大きな火傷の痕がある。

爆炎によって左頬は剥がれて、歯が剥き出しに、ボロの衣服からは、切り傷や火傷で変色した肌が微かに見えていた。

彼の傷は自分では酷くないと思っていた。

けれど、他人から見ればそれは大きな怪我の痕でしかなかった。


「もう、いいの…ジャック。あなたはもう頑張った。沢山戦った。だからもう、戦わなくて良いの。ここで暮らしましょう、私が面倒を見てあげるから…」


すすり泣く声が、ジャックの耳に聞こえて来る。

彼女が自分の為に泣いているのだと思うと、なんだか自分が情けなく感じてしまった。


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