第6話 お気の毒ですが、故郷に帰ってきました

幸いにも、ジャックらの旅路に不幸な事は訪れなかった。

魔物に遭遇せず、盗賊とも戦いになったりしない、多少、食料の確保に手間取ったくらいで、無事に懐かしい故郷の道へと到達した。


「ご主人様の故郷ですか?」


徒歩で移動して一か月の期間を有した。

ふくらはぎは膨張して、太腿にはしこりの様な疲労が残っている。

それでも、見慣れた故郷の道を見るだけで足取りは軽くなり、寂れて閑古鳥が啼く田舎村を見つけて、郷愁が身を震わせた。思わず涙が出てしまいそうだった。


「懐かしいなぁ」


懐かしい光景が其処に広がっている。

彼が故郷を後にしてもう七年は経過するが、それでも村は変わらぬままだった。

村の中心に生える大きな樹木、樵のお爺さんが作ったウサギの人形。

村の構造は何も変わっていない。

川の近くに建てられた村、木製で出来た家が立ち並び、七日に一度、商人がやって来ては賑わう。

生憎、本日は商人がいない日であるらしく、村を守る憲兵も門の前に立っていない。

村の中に入り、彼が慣れ親しんだ道を歩く。


「こっちに、俺の家があるんだ…」


村長の家の近くに、ジャック・オ・グレイマンの棲んでいた家がある。

その家に目指そうとして…村長が住む家から赤色の髪を三角頭巾で纏める女性が、バケツを持ちながら飛び出して来た。


家の掃除でもしていたのだろうか。

彼女は汚れた水を近くに捨てて、バケツを井戸までもっていこうとして、其処で目が合った。


「…グレイ?」


やつれたグレイマンと出会い、その顔を見て彼女はグレイマンを愛称で呼んだ。

バケツを落として、グレイマンに近づく女性。


「…ルィン?」


女性が、ジャックを親しんだ名前で呼び、彼も恐る恐ると彼女の名前を呼ぶ。

親しい名前で呼ばれ、彼女は目を開いてジャックの胸元に飛び込んだ。


「グレイ…グレイなのね!あぁ、何年振りかしらッ」


体が揺れて、足が後方へともつれる。

大した食事を摂って無いからか、力はおぼつかない。

それでも、しっかりと彼女を抱き留める。


「七年ほど、かな…ただいま、ルィン」


「…えぇ、お帰りなさい、グレイ」


目尻に涙を浮かばせながら、ルィンと呼ばれた女性は微笑んだ。

蚊帳の外であるシャリアは何時もより嶮しい表情をしながらご主人に聞く。


「ご主人様、此方のお方は?」


ルィンは、美しい女性を見て目を開き、そしてすぐにムッとした表情に変わると、ジャックの胸から離れる。


「良いご身分ね、グレイ。こんな可愛らしい奥さんを連れて」


「奥さん?いや違うよ、ルィン、彼女は成り行きで出会った従士部隊のシャリアだ、それとシャリア、彼女の名前はルィン。この村の村長の娘で、俺の幼馴染だよ」


そう紹介した。


「いいえ違うわ。今は、私が村長よ、グレイ」


気の強いルィンが、慎ましい胸を張って答えた。



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