第5話 お気の毒ですが、眠たくないです
故郷に帰る旅にシャリアが加わった。
ひとまずはジャックを主として認めている様子だった。
腹が空けば森の中で、スローイングナイフを使い鳥を落とし、火を熾して調理をする程に優秀な人材であった。
「どうぞ、ご主人様」
そして主の手を煩わせない事が奴隷メイドとしての役割であるらしく、シャリアはジャックの食事に関して積極的に介護をしている。
「あの、恥ずかしいからさ」
「ご主人様を不快にさせる事は
介護をする権利は誰にも渡さないと目くじらを立てる程に頑固であった。
「…あのさ、前々から聞こうと思ってたけど、クラスメイドって何?」
奴隷がメイドとして働く事は、この世界ではありふれたものだ。
しかし、ジャックには従士部隊と言う名前には聞き覚えが無い。
異国出身の兵士崩れが知っていると言う事は、他の国では当然の様に存在しているのか。
「
アウラー・エデンス。
その名前はジャックも知っていた、いや、恐らくは知らぬ者は居ないだろう。
『剥ぎ貌』のエデンス。二十年前に存在したボワード戦国の知将戦術家。
数々の代理戦争を勝利に導いた天才だったが、敵国に顔を剥がされて以来、精神に異常を齎した気狂い人でもある。
「唯の奴隷では値段は安くなる。だから奴隷にもブランドを付加し、高額な商品として売り込む、美しさ、従順さ、それに加えて、他者を圧倒させる戦力。エデンス翁が育成した奴隷メイドは、国を落とせる程の技量と戦術を持つ部隊と化しました。故に、我々は
淡々とした話をして、シャリアはハッ、と口を手に添えた。
「…これは本来、話してはならない情報です。契りの首輪にてそう制限されていました」
バツが悪そうな表情をしている。
指を交互に重ねて、一番上になった親指でもう片方の親指の付け根を擦る。
明らかに狼狽えていて、彼女自身、自分がこれ程までに狼狽えているのは初めてだった。
「じゃあ、聞かなかった事にするよ」
ぱちぱちと音を鳴らしながら、暗い森の中で、獣の鳴き声が聞こえて来る。
恐ろしい魔獣が潜んでいるかもしれないが、ジャックに恐怖など無かった。
「少し休もうか、明るくなったら出発しよう」
「承知しました、ご主人様」
休む、とは言うが、ジャックは休めている様子ではない。
真夜中になるまで歩き続けたのに、疲弊感を感じている体とは反比例する様に眠気が訪れなかった。
だから、眠たくなるまで、ただ茫然と焚火を見詰めていた。
燻る火が時間と共に消えていく。
何時の間にか眠っていたジャックはねっとりと肌に絡み付く様な厭らしい夢を見ていた。
燃え盛る火の中、建物が崩れ、人や獣が灼ける臭いが鼻孔ないし肺を汚染していく。
『う…くッ』
騎士として戦争に参加したジャックは、燃えていく命を見て泣き出しそうだった。
燃える火の中、敵の目が此方を睨んでいる。その目に気圧されて、ジャックは視線を切る為に眼を瞑る。
それが悪手だった。
眼を瞑れば、瞼の裏には焼死した遺体の姿が浮かび上がる。
誰も彼もが、ジャックを睨みつけて、こうなってしまったのはお前のせいだと呪っていた。
『違う、これは、戦争だろう…殺される覚悟があって、死地に来たんじゃないのか?』
彼ら亡霊に問う。己に非は無いと胸を張りたいが、亡霊は知った事かと恨み続ける。
『やめろ…やめてくれ…頼む、そんな目で、見ないでくれ…』
彼の心は挫ける。
その目が彼の心を見張り続ける限り、立ち直る暇は一切ない。
「…」
銀髪の従士部隊・シャリアは魘されるジャックを見ていた。
「…やめ、てくれ」
譫言を漏らして瞑る眼から一筋の涙を流すジャックを見て、彼が夢の中で危険な状態になっている事をささやかに理解した。
シャリアはジャックその傍によると、まず、冷たくて硬い地面から頭を遠ざけて、自らの太腿にジャックを乗せる。
そして冷たく強張る彼の手を掴んでは、優しくて細い指で、彼の硬直とした手の筋肉を揉みしだいて和らげる。
そして身を屈めて、ジャックの耳元でシャリアは催眠を仕掛ける様に囁いた。
「大丈夫です…何も怖がることはありません、ご主人様、私が居ますから…」
奴隷メイドとして、ご主人を慰めるのは業務に含まれている。
甘い声で彼の心を篭絡する様に、安心を覚える親鳥の様な温もりで雛をうっとりとさせる。
その声と温かさに、ジャックのこわばりも次第に薄れていく。
「ご主人様、貴方は。何者なのでしょうか」
ふと、シャリアは考えてしまった。
〈
しかし彼の見た目からして身分は平民程だろう。
それなのに、兵士崩れにも臆さずシャリアを救い、何処か安心感のある声でシャリアを従えた。
そして、何処か闇を抱えるジャックに、興味を抱いてしまったのだ。
「…本当は、こんな事を、考えてはいけないのに」
奴隷メイドは仕える主の身分を疑ってはならない。
それは契りの首輪に記載された奴隷メイドのルール。
首輪が無くなった今、無感情であったシャリアに、誰かに興味を抱くと言う感情が芽生えつつあった。
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