第4話 お気の毒ですが、生きる意味を見失った様です

「〈聖霊神魂デウスソウル〉」


肉体には魂を汲む器がある。

器には、自らの魂以外にも掬う事が出来る。

聖霊神魂デウスソウル〉は、世界の裏側と呼ばれる、霊体が棲む世界があり、その世界と自らの器を繋げて、霊体を呼び寄せる。

そして自らの器と繋ぎ合った霊体が、〈聖霊神魂〉と呼ばれるのだ。

ジャックは自らの器に眠る〈聖霊神魂〉を発動させると、肉体の内側、血脈の傍を通る魔力回路から〈聖霊神魂〉の御業へと変換させる。


「『蝕火の炬身〈ウィリアム〉』」


名を告げる。

〈聖霊神魂〉が起床し、力を開放する。

ジャックの左腕の掌から放出される赤き炎。

出力を調整し、草原に生える草を灰にしながら、掌から放たれる火の勢いから推進力を得る。

地面を蹴ると同時に炎によって加速していく、一秒にも満たす事無く襲撃に逢った馬車の近くへ移動すると共に奴隷メイドの上に跨る男を掌で押して転がす。


「うげえッ」


地面に転がると共に、奴隷メイドの衣服を掴んで宙に向けて飛ぶ。

一瞬の出来事に、兵士崩れたちは何も出来ず、空へと飛んで逃げていくジャックの姿を呆然と見るだけだった。


「ふッ…くッ」


〈聖霊神魂〉を使用していくと、彼の脳裏にはこの炎で焼いた敵の臭いを思い出した。

気分が悪くなって、十分に兵士崩れから離れると、降下していき地面に着地する。


「ふぅ…ふぅ……やった、良くやった…」


彼は自分自身を褒めた。

人を殺す所か戦闘になる事無く、奴隷メイドを救うと言う目的を果たしたのだ。


「大丈夫、かい?」


優しい声を出しているのか分からなかったが、ジャックはなるべく、彼女の警戒心を解く為に尽力した。

ジャックの言葉に、白銀の様に鮮やかな髪を靡かせるメイドが、碧の瞳で彼の顔を映し出している。


「…私のご主人様マスターが死んでしまいました」


奴隷メイドは淡々とした声色で言うが、其処に悲哀の感情は無い。

道端に落ちている小石を見つけて報告する様な、そんな声だ。


奴隷メイドは太腿に付けたホルダーから小型の刃物を取り出すと、それを自らの首に突き刺そうとする。

慌てて、ジャックは彼女の刃物を奪おうとする。咄嗟に、ジャックは自らの掌を深く裂いてしまうが、苦痛を露わにはしなかった。

代わりに、奴隷メイドに反発する様にきつめな口調で叫ぶ。


「何をしてるんだッ!?」


困惑と怒張が混じるジャックに対し、奴隷メイドは無表情で応える。


「ご主人様が死亡した場合、従士部隊クラスメイドも同行しなければなりません、それが契約の内容です」


商人の後追いをする事は普通の事であると、当然の様に奴隷メイドは言う。


「商人。キミのご主人様が死んだのは、…それは悲しい事だけど、死ぬのは違うよ」


「ですが契約の内容では」


「じゃあ、聞くけど、どうしたら死なないでいてくれる?」


ジャックは必死だった。

折角助けた命を、簡単に捨てようとする彼女を、どうしても救いたかった。

きっと助けた命が無駄であるとは思いたくなかったのだろう。


「…契約を破棄する場合は、私の首輪を破壊する必要があります。しかしこの首輪は、古の神が施した契りの首輪、外す事は決して…」


出来ない。

そう告げるよりも早く、ジャックは自らの掌に炎を内包していく。

掌に亀裂が走り、マグマの様に煮え滾る橙色の明かりが漏れる。

掌を彼女に向けて掴むと、錆びた泥の様な首輪は、彼の掌と同じ炎が灯る。

そして、首輪を引っ張ると、簡単に破壊された。


「これで良いだろう?キミはもう、自由だ」


左手に籠る火を次第に消していく。

ジャックの〈聖霊神魂デウスソウル〉は炎を放出する能力だけではない。

首輪が外れて、自らの首を擦る奴隷メイド。

手から刃物を落として空を見上げる。


「…私は、これから」


彼女の呟きは、解放からの安堵ではない。むしろ逆であった。


「これから、どうすれば…」


困惑だった。

奴隷メイドである彼女は、主人を守る為に調教され続けた従士部隊クラスメイドである。

だからこそ、主人の命令を遵守し、主人の為に尽くすのが道理。

しかし主人は死んだ、そして命を絶つ為の理由である契りの首輪も破壊された。

奴隷メイドには最早何もない、敷かれたレールが一瞬で破壊された様なものだった。


「…どうすれば、って。何かすれば良いじゃないか」


「…私の人生は誰かに尽くす事、それが出来なければ、意味は無いのです」


彼女の言葉を否定しようと彼は口を開き、停止する。

ジャックにとっては間違った人生だ。しかし、彼女にとってはその人生が本物なのだ。それを否定してしまえば、彼女が生きていた事自体を否定してしまう事になる。


「…じゃあ契約をしよう」


ジャックは責任を取らなければならない。

彼女・奴隷メイドを救った以上、その面倒を見るべきだと思った。


「キミがやりたい事を見つけるまで、当面は俺に仕えるってのは?」


「…あなたが、私の新しいご主人様マスターになると?」


「仮だよ、見捨てるのは、なんだかモヤモヤするから、キミの意志を尊重する」


ジャックは彼女は命令しなければ生きていけない人間だと思った。

正直、ジャックは自分だけで精一杯だったが、これも何かの縁だと思い彼女に手を刺し伸ばす。


「…承知しました。では、これより、貴方が私のご主人様と認識します」


ジャックの手を掴む奴隷メイド。ジャックは彼女によろしくと言おうとしてふと訪ねた。


「キミの名前はなんだい?」


白銀の奴隷メイドはこう答えた。


「私の名前はシャリアと申します」












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