違和的日常

「えー、であるからしてDNAと言うのは非常に大きな分子であると言うことがわかる。ここまでいいですか?じゃあ、ノートを書いてください」

 50代の生物教員が今日もまた人々を眠りに落とす魔法を使ってくる。だが流石に眠るのは不味いので必死に耐えながら板書をしていく。机に向かって真摯に向き合っていると、教室のドアがノックされ全員の視線がドアに集まる。ドアを開いたのは若い女の先生だった。

「横嶋先生、今ちょっといいですか?」

「大丈夫ですよ」

「先程教育実習生が到着したんで挨拶をさせようと思って」

「ああ、確か今回はこのクラスも担当だったね」

「はい、なので…」

「問題はないよ。みんな聞いたね?」

 ざわつき始める教室。こう言う雰囲気が浦崎は苦手だった。転校生とかが来る時もこういう雰囲気になる。新しい人物に集まる期待、それが苦手だった。

「失礼します」

 若い男性が中に入ってくる。格好はスーツ。明らかに気合が入り過ぎているその格好は、周りからどうしても浮いていた。

「えー、本日から教育実習生としてここに勤めさせて貰う益田秀樹と言います。今日から約一ヶ月ここで色んなことを学んで行きたいなと思っています。よろしくお願いします」

 浦崎は一瞬だけ、益田という男こちらを見た気がしていた。アイドルのライブなどでよくある勘違いというやつだなと浦崎は認識し、彼女の興味はもう起こらなかった。

 授業が終わった後、教室は新たな教育実習生に話題で持ちきりだった。まあ話している人物は主に女子だが。

「割とカッコ良くね?」

「わかるわー」

「あの先生ゲーム好きかなぁ?」

「流石に初日に誘いかけんのはやばくね?」

「イロスタみっけたわ。感謝しろ」

「マジ有能。帰りに大量にチョコ買ってしんぜよう」

「ニキビ増えるからやだ」

「お前には買わん」

 浦崎は内心、そんなカッコいいか?と思いつつ財布を取り出し購買へ向かった。購買にはかなりの数の生徒がおり彼女のお気に入りである米粉パンのみ残されていた。

「(美味しいのに何でみんな買わないんだろ?他のパンってそんなに美味しいのかな?)」

「浦崎、お前米粉パンなんて食ってんのか?」

「え、うん」

 誰だと思いつつ見ると先日ペアを組んだ男子生徒だった。

「お前よくそんなの食えるな」

「美味しいよ?」

「いやパサパサしてね?」

「…言われてみれば」

「だろ?」

「他のパンないからしょうがないよ」

「いるか?」

 男は既に会計済みのサンドイッチを差し出してきていた。

「いらない」

「お、長坂が浦崎をナンパしてる!」

「(されてないししてもないでしょ)」

「してねぇよ!じゃ、またな」

「あ、うん」

 一人残された浦崎は米粉パンをそのままレジに持っていった。



 米粉パンを持って彼女は談話スペースに向かう。別に誰と話す訳でもないが彼女は教室で食べるつもりもなかった。食べようと思っても席は男子生徒に占領されているのがオチだ。

 談話スペースに人はおらず、談話とはいったい何なのかという疑問は真っ当なものである状況だった。椅子に座り米粉パンの袋を開けると、目の前に先程挨拶に来た益田と言う男が座った。

「こんにちは」

「あ、ども」

 会話は続かない。浦崎は挨拶されただけで別段話を続けるつもりはなかった。

「あの」

「…なんですか?」

 内心面倒臭いなと思いつつ彼女は益田の目を見た。

「G組の子?」

「違います」

「じゃあH?」

「Aです」

「...ごめんね」

「いえ、別に」

 またもや会話は途切れる。浦崎が話しかけることがないので当然といえば当然なのだが流石に益田からしてみれば堪えるものがあるだろう。

「あ、浦崎さん!」

「あ...えーと」

「松蔦だよ」

「ごめん」

「気にしないで。益田先生こんにちは」

「こんにちは。同じクラス?」

「はい。さっき挨拶に来てくれたクラスです」

「A組だね」

「(この人あたかも自分が覚えてるかのように言ったんだけど...)」

「はい。私も一緒にいいですか?」

「あ、僕はちょっと話しかけただけだから二人で食べな」

「え、あ、はい。分かりました」

 そう言うと益田は何処かに立ち去って行った。

「なんか変な先生だね」

「そうだね」

「あ、米粉パン...」

「...どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

「(そんなに不味いのこれ?)」

 校内の米粉パンの評価が気になる浦崎であった。

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