対話

 2:34:01秒。

 彼女はいつの間にか自分の部屋にいた。彼女はこれがあの男、エドワードが言っていた事だと理解した。エドワードは散歩をしながらこの世界について教えてくれた。彼が言うには、

『この世界は《隠され》と呼ばれている』

『この世界はほぼ毎日2:00:00秒に対象を引き込む』

『引き込まれた対象は回数につれ引き込まれている時間が長くなっていく』

『対象が隠されている間に対象がいないと気付かれた場合対象は現実に隠される』

『《隠され》で死んだ場合、現実に隠される』

『もう一度隠されで死んだ場合、二度とこの世に現れることはない』

『《隠され》でいくら物が壊されようとも現実世界には一切影響がない』

『壊されたりした物は次の2:00:00秒に更新され元通りになる』

『この世界では眠る必要がなく眠気もなく、生理的現象は起きない』

『この世界では一人一人別々の何かしらの能力が芽生える』

『その能力は現実では使えない』

『現実に戻される時は引き込まれた時と同じ場所で気がつく』

 大体こんな感じだ。現実に隠されると言うのはつまり現実世界の他人から知覚できなくされ自信が現実世界に影響を与えられることもできなくなると言う事らしい。つまり、毎日2:00:00秒になるまで、誰にも見られず、誰にも話しかけられず、誰にも愛されない、人によっては地獄のような日々が続くと言う事だ。彼女は溜息を吐きながらベットの転がり天井を眺めた。頬から腰にかけて広がる傷痕が痒い。こうなる時は大体不幸な事が起きる前兆だと彼女は経験からそう思っていた。例えそれが±0になる事だったとしても、彼女にとっては間違いなく辛いことなのだ。






 翌朝、彼女は珍しくバスに乗っていた。理由は簡単なものでただ単に天気が雨であると言う事だけだ。後部座席、とは言っても最後尾の一個手前の席で彼女は傘を刺しながら町を行き交う人々を見ていた。一体何人の人が《隠され》について知っているのだろうか。そんなことを考える程に彼女の脳は早くもあの世界に囚われ始めていた。バスがバス停に泊まり大勢の人が乗り込んでくる。彼女の家は始発に近い方なので毎回座れるのだが他の人はそうもいかない。駅のロータリーにあるこのバス停は多くの学生が利用する為殆ど学生達は立つ羽目になる。

「隣いいですか?」

「あ、はい」

 セーラーを着た女子生徒が彼女の隣に座り彼女は少し窓側に寄った。上下別れている制服であるから彼女と同じ学校ではない。彼女が持っている鞄に校章はない。

「(この人、何処の学生だろ)」

 チラ見してみると彼女の制服から十字架のネックレスがぶら下がっていた。

「(ああ、日本西方教徒女学校の生徒か)」

「気になりますか?」

「え?いや、別に」

「(関わると面倒臭い事になりそう)」

「そうですか…残念です。せっかく主のお導きがある事をお教え差し上げようとしたのですが…」

「(ほら、やっぱり)」

 ここの女学校の生徒が宗教熱心な事は周囲の学校の生徒ならば知っていることだった。理由は簡単で日本西方教徒女学校の文化祭に行くと勧誘が凄いから、である。聖母祭とも言われている。

「(聖母マリアが誕生した日だかなんだかの日で詳しくは知らないけどまあ面倒臭い事には変わりない)」

 ちなみに彼女は聖母祭は好きな方で理由は出し物のカフェのケーキが美味しいからであった。

『次は、日本西方教徒女学校前。次は、日本西方教徒女学校前』

 バスは減速を開始しピタリとバス停で止まる。多数の女子生徒がバスから降りた為空席が出来たが、その空席は直ぐに埋まってしまった。それからバスは学校の前に数回ほど止まり、彼女の学校前のバス停では逆に空席が目立っていた。


 バスから降りながら傘を刺し、浦崎はそのまま校内へと入っていく。昇降口はびしょびしょで例え靴下が濡れていなくとも履き替える必要があるほどだった。彼女は上履きに履き替え自分のクラスへと向かっていく。数名のクラスメイトとすれ違うが挨拶はしない。彼女は基本的に一人で過ごす。雨で冷えた風がスカートの中の足を冷やす。こんな日や冬には男子が恨めしくなってくる。暇だ、と思いつつも友達でもない人間と話すつもりにはなれない。出来る事といえば精々曲を聞くか本でも読むかだ。しかしイヤホンは持ってきておらず本もない。つまり完全なる暇である。こう言う時は勉強した方がいいんだろうなーと思いつつもやらない。やる気も起きないし何をやればいいのかわからないからだ。数学のワークでもやろうかなと思うも予習するほどやる気があるわけでもなかった。

「あ…」

 彼女は唐突に思い出した。数学のワークに提出日が今日だったことに。行動は早かった。出すのは文房具とワークと答え。普段からしっかりとやっているお陰で全問正解でも怪しまれる事はないだろう。しっかりと途中式も書きながら答えを写していく。そんな彼女に近付いていく人物がいた。

「ねえ、浦崎さん」

 正直言って会話している暇はない。しかしここで無視すればどうなるかわかったものではない。仕方なく彼女は返事をした。

「なに?えーと…」

「松蔦だよ」

「ごめん。で、なに?」

「そのワーク」

「うん」

「提出昨日だよ?」

「ッ!?」

 浦崎の顔は驚愕に染まり、反対に腕は力なくペンを離した。どうすればいいのか急速に脳が活動する。

「(どうする?どうすればいい?謝って速攻で出したところで一日忘れた事実は変わらないし…いやでもだからといって職員室に忍び込むのは流石に無理だし…)」

「ねぇ浦崎さん」

「なに…?」

「ごめん嘘」

 またもや浦崎の顔が驚愕に染まる。よかったといえば良かったのだが先ほどに焦りはなんだったのだろうとちょっと悲しくなっていく浦崎だった。

「本当は提出なんてないよ。普段ならあったけど、ほら数学教員がいきなり変わったじゃん?」

 最早泣きたくなってきた浦崎は、そっと、何もなかったかの様にワークをしまった。

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