非日常
宿題を終わらして彼女は布団に入った。ただ怖かった。またあの何もない、炎の男がいるということしかわかっていない、無音の世界に、連れ去られてしまいそうで。時計の針が動く音だけが部屋に響く。その音を聞いているうちに、彼女を襲っていた不安の波はまるで引潮のようにひいていった。不安がなくなり落ち着くと、彼女は眠ってしまった。彼女の呼吸は穏やかで、先程の恐怖など、まるで虚構の様なものであった。しかし、引潮の後は大波がくる。
寒気に襲われ彼女は飛び起きた。時刻は1:59。何故自分がこんな時間に飛び起きたのか、彼女には分からなかった。彼女の視界の中で、針がゆっくりと動いた。
景色が変わった。気配が変わった。窓に張り付いていた葉っぱが、床に積み重なっていた本が、教科書から落ちたプリントが、消えた。
彼女は咄嗟に両親がいる居間へと向かう。しかしそこに両親はいなかった。彼女は大急ぎで、靴も履かずにそのまま外に飛び出した。町からは光が消えている。ただ街灯だけが道を照らしていた。
彼女は急ぎ足で駅に向かった。しかしそこには誰もいない。ただ街灯だけが彼女を照らしていた。草原の様な街中を彼女はゆっくりと歩き出し、そのまま駅の真隣にあるスーパーへと入ろうとした。しかし自動ドアは彼女に反応せず、仕方なく彼女は手動で開いて中に入った。
中には誰もいなかった。否、何もなかった。売られているはずの商品すらなく、ただ広い部屋がそこにあるだけだった。彼女は動いていないエスカレーターを上り四階まで見て回る。しかし商品どころか商品棚すらない階もあり彼女はその場にある椅子に座る事しかできなかった。彼女は椅子の後ろにあったコンセントに、持ってきた携帯電話の充電をしようと差込プラグを入れる。しかし携帯は充電どころか、反応すら示さない。彼女はここでは携帯どころか電気が使えないことを悟る。しかしその場合おかしな点が一つあった。なぜ街灯は点いていたのか、なぜ時計の針が動いていたのか、彼女は只々疑問に思うことしかできなかった。彼女は携帯とコードを取ってそのまま1階に降りて行く。自分の靴の音だけが、建物の中に響いている。外に出た彼女は目の前に男がいるのを確認した。
「よお。一日ぶりだな」
声と台詞からして先日の炎の男だろう。あの氷の男を殺した、炎の男。日本人には有り得ない顔立ちがこの男が外国の人間であると言う事を示していた。彼女は、意を決して口を開く。
「あの…」
「なんだ?」
とても流暢な日本語が返され、彼女は少し驚きつつも、あまり普通ではない質問をした。
「貴方は、私の敵ですか?」
彼女は別に正義の味方になりたいわけじゃない。テロが起きたら真っ先に逃げるしひったくりが起きても面倒なことになる前にその場を離れる。彼女の中にある正義感など、人殺しはいけません、物を盗んではいけません等のごく普通の『これはしてはいけません』程度のものでしかない。
そんな彼女の、ある意味変であるともいえる質問に男は両肩を挙げながらこう答えた。
「さぁ?現時点では敵ではないってことぐらいしか分からん」
「そうですか」
「へぇ。俺が敵の可能性ってことのほうが十分にあり得るんだぞ?」
「敵である人はそんな言い回しせずにさっさと私を殺してると思います。よくわからない状況に放り込まれた女性が一人でいる。その状態である私のことを敵であると認識しているなら情報を得る前に殺したほうが早い。そうですよね?」
「その通りだな。ま、んなことはどうだっていい。どうだ?夜の散歩にでも行くか?」
中年の渋い外国人のおっさんは浦崎に対して手を出して、太々しく、堂々と、偉そうな自己紹介を行った。
「名はエドワード。エドでもなんでも好きに呼んでくれ。まあ、取り合えずよろしく」
「浦崎といいます。よろしくお願いします」
結局、散歩はしたが浦崎は手を握り返すことはなかった。
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