遭遇

 目の前で起きている光景を、最初浦崎は正しく認識出来ていなかった。男と男、炎と氷、火を纏った男と氷で体が埋め尽くされている男が戦っている。お互いに叫び声を上げ、殴り合っていた。

 あまりにも異様な光景に恐怖した浦崎は、戦いに背を向けて一目散に家に駆け出した。帰り道が異様に長い。彼女は感覚的にその様に感じていた。実際の距離は変わっていないが、彼女の心は、あの光景から離れたい一心で、距離を正しく測れていなかったのだ。

 家に入り玄関の鍵を閉める。彼女が取った行動は単純だった。彼女は部屋に入り、離れたにも関わらず、聞こえる爆音に気を取られながら、布団の中に潜った。やがて爆音は止み、布団の外は静寂へと戻る。しかし、ふと彼女は気付いてしまった。なぜ、なぜこんな轟音が鳴っているにも関わらず人が起きて騒ぎになっていないのだろう、と。布団を抜け出した彼女は、一目散に駆け出し、両親の寝ている部屋へと向かう。焦茶色のドアを開けた先、そこに両親はいなかった。足に力が入らなくなりそのまま座り込んでしまう。しかし轟音騒ぎと私がいなくなった事で外に出たのかもしれないと思い、再び彼女は立ち上がる。そして、外に出ると、そこには燃え盛る男がいた。目の前に現れた火の塊に熱された空気が彼女の意思を取り戻す。

「...ッ⁉︎」

 彼女はもう一度扉と鍵を閉め靴を持ち窓から外に出た。恐怖が彼女を支配している。三階から飛び降りる恐怖も、いきなり現れた男への恐怖の前には、ただ無力であった。

 彼女は走る。ただ走る。救いの道である交番に向かってただ走る。しかし交番には誰も居らず、彼女はただ呆然とするしかなかった。空白の思考の後に、恐怖が再熱する。感覚がおかしくなったのか、自分の体が異様に熱い。しかしその原因は、恐怖に薪を焚べる者だった。

「見た瞬間に逃げるのはひでぇな。流石に新人に危害を加える程腐ってねぇっつうの」

 声がした。燃える男の叫び声と似た声だった。もう熱くない空気を撫でて、彼女は振り返った。男がいた。但し、今は燃えていない。

「あんた、今日初めて隠された口だろ?流石に状況を把握できてねぇのは酷すぎてな、ってまだ逃げるかっ‼︎」

 逃げない方がおかしい。そう考えながら彼女は逃げる。

 一心不乱に逃げ続け、彼女は自分が今どこに居るのかすら分かっていなかった。荒い呼吸が周囲の無音を掻き消す。無音は吐息へと変わり、足音へと変わった。

「よぉ」

 寒気がした。ぎこちなく振り返った先には先程の男がいた。逃げようにも酷使しすぎた足は震え、走れるほどの体力も無くなっている。

「もうそろそろ2:30分だからよ、これで今日はお別れだが多分明日もお前さんは俺に会う事になるぞ。というか合わざるを得なくなる。言うことはそんだけだ。じゃあな」

 そういうと男は彼女に向けて背を向けて歩き始め、彼女はその場にへたり込んでしまった。その言葉の意味が何を示しているかは、彼女にはわからなかった。

 鈴の音が聞こえた。そう思ったら彼女は炎と氷が戦っていた場所に立っていた。空缶が、新聞紙が、紙屑がそこにはあった。

 時刻は午前2:30:01秒。

 彼女は疲れていない足を使って、家路に着いた。

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