22.とある過去
ラドルフ
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「騎士関連の書籍はこっちの棚にある。女騎士の発祥とされる『伝説の女騎士』は戯曲だから、この棚ではなくあっちだ」
皇城内にある帝国図書館に初めて足を踏み入れるというアイツに、必要になる資料の置き場所をまずは教えて周った。
あの提出書類は女騎士たちのインタビューを元に問題提起しただけだ。
今のままでは彼らへの同情を集めることはできるだろうが、帝国といえば貴婦人に付く女騎士を誰もが連想するほど、根強い文化にもなっている。
それを誇りだとして、彼らの生き方を変えることに抵抗を示す貴族家も出てくるはず。
現に、女騎士たちが所属している家門はすべて変化を嫌う頭の堅い老害集団”帝国文化保存会”の会員たちである。
こいつらを説得するには、帝国の初期に女騎士が誕生した背景と、現代の状況が異なる事を論理的に展開することが肝心だ。
そうして現代に合わない当時と同じ生き方を強いられているという感覚のズレに世の中を気づかせてやり、その世の中の圧力から女騎士の所属元が自ら働き方を正す改革を推し進めるよう仕向ける。
妾と発言した犯人を探そうとした皇女だったら、今すぐ女騎士を解放しろ! と、鶴の一声を使いそうなもんだが、こんな面倒とも思えることをさせるのには、老害集団を無視して強引に事を進めれば、今度は皇家に対する反発が生じる可能性があるからだ。
しかし、調べさせるだけでなく発表まで……自らアイツが始めた事とはいえ、無事にやり遂げられるのかマジで心配だ。
「あの、ラドルフ様」
すると、隣から声がした。
「ここでまとめるだけじゃなくて、当事者である皆の意見も取り込みながら発表に向けてやっていきたいんです。だから……舞踏会にも引き続き連れて行ってくださいね」
そう言ってこちらを見上げながら、口の両端をニコリと微笑ませた。
うっ……この笑顔、真正面から久々に見た。
仲間たちのために俺のご機嫌取るため嫌々なんだとは分かっているが……
まずい、また顔に出そうだ。
目を閉じて横を向かざるを得なかった。
「あ、ああ。当事者たちを置き去りにして進めるのは新たな問題を生み出すからな。また予定の方も増やせるように調整する」
この新しい部署になってから以前より夜会の頻度は減っていたが、別に……というか増えても全く嫌な気はしなかった。
最近はさっきみたいに見つめられることはなかったが、唯一そばにいられて、触れることさえ許される時間。
その甘い香りを嗅いでも周りからオカしな目で見られることもないし、白い滑らかな肌だって見つめていても怒られることもない。
どんなに無意識で誘惑を仕掛けられても、俺なら大丈夫。
子作りだってしなけりゃならない婚姻が済むまでは、耐えることくらい楽勝だろ。
イリス
——
あんなに間近でラドルフ様の顔見て微笑んだの、久しぶりだったな。
私に対する彼の気持ちを考えるとそんな勇気でなかったけど、みんなのためだって思うと力が湧いてきて自然と笑顔が出た。
結局、今回も興味なさそうにすぐ横を向かれてしまったけど……
そうして図書館へ通うのと同時に、バリアーディ団長から頼まれた仕事が始まった。
「ごめんくださーい。皇族騎士団から参りました」
四角い3階建てのお屋敷の中央にある大きな木の扉に向かって、私は声をあげた。
中から執事らしき人が現れて、一瞬ギョッとした顔をすると、応接間まで案内されて、担当者が来るまでお待ちくださいと言われて、ソファに掛けた。
私の隣にはなんと、白を基調としつつも、肩当てや膝当て部分は青磁色で統一された皇族騎士団の制服を着た、ダンスを特訓してくれたフィリプス先生が座っていた。
エミリアお嬢様が邸宅を抜け出した日、王子様が連れてきたナディクス国の騎士団も交えて、帝国の全騎士団が招集された合同演習が5年ぶりくらいに行われた。
演習自体は良かったのだけど、問題はその後に行われた各騎士団員の親交を深めるための親睦会だった。
その一環として、各騎士団は仕えている貴族家の食事を持ち寄って、食べ比べする事になった。
そこに掛かった食材費などの費用全般を、懇親会を取りまとめた皇族騎士団が精算することになったのだ。
そのための予算も皇城から出してもらってるので、きっちり精算しないといけないのだけど、明細書の提出が遅い騎士団が結構あって、バリアーディ団長は頭を抱えていた。
そして私に託されたのが、直接、各騎士団のところへ行って明細書を回収してくる、という騎士でなくても誰でも出来ちゃう、臨時の雇われバイトだった……
ちょうど今、私が通ってた騎士学校は創立記念で1週間ほどお休みで、たまたま暇をしていたフィリプス先生にもアルバイトの声が掛かり、偶然にも回収係としてタッグを組まされたのだ。
「先輩から聞いたわよ。アンタ、あのダンスポーズが様になる婚約者様と一緒に女騎士の改革に先陣切って取り組んでるそうじゃない」
全然、お屋敷の人が現れない中、先生がその話題を振ってきた。
「先輩って……もしかしてバリアーディ団長のことですか?」
「そうよ~。私とウーリスは騎士学校の同学年。その2学年上の先輩が団長だったのよ。今でも素敵だけど、若い頃から爽やかでカリスマ性も高くって、騎士学校のスーパーアイドルだったんだから!」
先生はウットリとした表情をして、そんな話をしてくれた。
私の元(?)上司のウーリス団長が、ラドルフ様とのダンス特訓のためにフィリプス先生を呼べたのは、学校時代の同級生だったからなんだ!
先生は騎士学校を卒業した後、帝国の連合軍の看護部隊に従事していた。
戦後は好きだったダンスを極めた後、保健室の先生兼ダンス講師として学校に呼び戻された異色の経歴の持ち主だ。
「先輩もあの事件でキツい目にあってるから、力が入るでしょうね……」
「あの事件?」
感慨深げに先生は声のトーンを落とした。
「これは騎士学校の黒歴史でもあるから、知る者は限られてるんだけど、先輩の配属先が皇族騎士団に決まってもう少しで卒業って時に、貴族の夫人ばかりを狙う暗殺が横行し始めたのよ」
「暗殺……? 戦時中なら日常茶飯事だと思いますけど、貴婦人ばかりをターゲットに?」
ついこの間も図書館で、女騎士の歴史を調べるついでに帝国の戦争史もパラパラ~っと見てみたんだけど、貴婦人だけが連続して襲われた事件なんて無かった気がする……
「暗殺はどれも未遂に終わった。なぜなら、夫人達の専属の女騎士たちが盾となって犠牲になったからよ。代わりの護衛を探すにも、どこの騎士も持ち場なんか離れられないから、そこで白羽の矢が立ったのが卒業間近の騎士学校の女子生徒だったの」
そっか……まだ入学間際の子達なら護衛任務なんか任せられないけど、卒業間近だったら十分な技術を備えてるもんね。
「だけど、それがバリアーディ団長となんの関係があるんですか?」
「その女子生徒の中にね、先輩の恋人がいたのよ。一緒に皇族騎士団に入団するはずだった」
フィリプス先生はなんとも意味深なアヒル口で私の方を上目遣いで見た。
「ある日突然、彼女たちは学校から連れて行かれて、女騎士の伝統に従って護衛する貴婦人の元から片時も離れられなくなったの。無論、2度と恋人に会うことも別れを告げる事もできないまま」
この前、皇城に初めて呼び出された時、団長が昔、女騎士のことで苦い経験があったって言ってたけど……
「もしかして、あんなにモテそうな団長が独身を貫いてるのって、その動員されてしまった恋人の事をまだ想っているから?」
「た、大変お待たせして申し訳ありません……」
知られざる真実に思い当たってしまった時、この応接室の扉が開いて、このお屋敷の騎士団長が現れた。
悪戦苦闘しながら
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