21.ラドルフvs公爵子息
ラドルフ
ーーーーー
『大衆の面前で雇われ主の妾だと事実無根の罵声を浴びさせられ、トラウマになるほどの精神的苦痛を強いられる事例があった。そのような場合、適切な処罰を執り行う必要があると考えられる』
皇女は読み上げた。
「男を護る女騎士
皇女は
これは言うまでもなく、俺のフィアンセに向かって屈辱的なデタラメを吐いて捨てた、あの婆さんの事に決まっている。
女騎士のインタビュー内に紛れ込んでいたのを見つけ、これを無かった事にしてしまうのは無性に腹立たしくなってきて、訴状の中に突っ込んでおいた。
だが、帝国内でも有力な大貴族に関わるのは本来避けたい所ではあるから、テドロ家の名は出さないでおいたが。
「エミリア嬢が王子に騎士の宣誓をした際、真っ先にこれが頭に浮かんで頭に血が昇った。しかし、女の騎士がなぜ男を護衛してはならないのか、騎士は騎士なのだから冷静に考えれば全くもっておかしな話だ」
「僕もあの時、エミリアは周りからそのように見られてしまうと、何の疑いもなく思っていたよ。無意識に染み付いていた感覚、というのが実に恐ろしい」
ヘイゼルの公爵子息だ。
はぁ……なんだって、この男もこの場にいるんだよ。
俺はコイツの誰彼構わず、愛想を振るっていい人ぶるのがどうにも腑に落ちなかった。
ただ単に、無条件で
「この大衆の面前で罵声を浴びせた、というのはどこのどいつなんだ?」
皇女が声を荒らげ出した。
まずいな、小うるさいヤツのことだ。
犯人がテドロ家の婆さんだと耳に入ればすぐさま”直接言ってやる”、などと行動に移されて厄介なことになるに違いない。
「それは……」
隣りのアイツが何か言い始めた。
どうにか黙らせないと……
「殿下。大事なのはこれから同様の事があった場合に何の法整備も整えられていないことです。この事例1つを掘り下げて時間をかけるより、今はこうした報告があったと把握するに留めるべきではないでしょうか」
「兄上、それは少し違うのではないですか」
なんだ……? ヘイゼルの子息が、突っかかってきた。
「もしエミリアがこんな事をされたら、僕だったら相手にどんな事をしてしまうか分からない。この事例を報告した者が、誰からも何もしてもらえなかったら、その傷はずっと浮かばれないのではないですか?」
コイツは変に鋭いというか、痛い所を突いてきやがる。
横目でイリスを見ると、俺には絶対に見せない輝く表情を浮かべてあの男を見ている。
この女たらしめ、まさかエミリアにも母上にもしたようにコイツにも言い寄ろうとしてるんじゃないだろうな……?
「そう考える君の意見も分からなくはないが、感情で衝動的に動いても、それは罵声を浴びせた相手と同じではないか。まずは、この事例のような言動が単なる理不尽な言い伝えによるものだと知らしめるために何をすべきか、そこに焦点を置くべきでは?」
即興で作った論理展開ではあるが、どうだ?
あの男は反論しようと次の手を考えているようだった。
「おお、その意見には私も賛同するよ」
うまいタイミングで声を上げたのは皇族騎士団の団長だ。
この独身男も実は女キラーではあるんだよな……
騎士の間では憧れの存在と言われているらしいし、この部屋に入った時の反応を見るとアイツも例外じゃなさそうだ。
自分でこいつらに引き合わせた事は分かってるが、若干の後悔は否めなかった。
「私にも昔、女騎士の古い考えで苦い思いをした事があってね……ぜひ人々の意識を変えるため、世の中への発信が必要だと考えている」
団長は少し遠い目をしながら言った。
「そうだった、そのためにエスニョーラの子息も呼んだのだった。イリス殿、そなたには、もっとこの件を高い視点からまとめ上げて、公の場で発表を行なってもらいたいのだ」
皇女が件の話にシフトしたことで、エミリアの婚約者とのぶつかり合いは自然と流された。
ともかくテドロ家の名は出さずに済んだ訳だから結果オーライだ。
イリス
ーーーー
あの妾騒動の件、ラドルフ様はどうでもいいような素振りを以前はしてたけど、ちゃんとこの提出書類にも盛り込めてくれてたんだ……
感動して、さっきはつい目から涙が出そうだったけど。
それは、こういう正式な書面を出すからには公平な内容にしておいたっていう彼の律儀な性格が滲み出てしまっただけで、根本的には深入りしたくない問題には変わりないのかも。
そりゃあ、24時間ほぼ自由を奪われてる皆に比べたら、私が恥をかかされた一瞬の出来事なんて大したことじゃないのかもしれないけど。
それでも自分の妻になる人がそんな侮辱をされたら、立ち向かって守ってくれるくらい、してもいいと思うんだよね……
だから、超ハイスペックな公爵子息様はさすがだなって思った。
私が1番して欲しい事をズバッと捉えてしまってたもんね。
それを話をはぐらかすなんて、ラドルフ様の言っていることはもっともだと思うけど、怖いものなんて何も無さそうなこの人でも、テドロっていう公爵家の名はその内に入らないみたいだ。
つまり、私はテドロ家と天秤に掛けられたら瞬時に敗れてしまう、その程度の存在だってこと……
ところで。
いま皇女様がおっしゃったことは一体……
「つまり、女騎士の発祥から現在に至るまでの歴史と、それらがそなたの訴求にどう影響を及ぼしているのか。また解決策は何であるのか。もっと掘り下げてもらいたいのだ」
なんか、すごい難しそうなこと言ってる……
女騎士のことについて、もっと調べて皇女様が今持ってる提出した書類より説得力を持たせる必要があるってこと?
私、普通の本を読むのだって苦手なのに、そんな学術書チックなものに取り組んだら、頭爆発してもおかしくないんですけど。
でも、ここまで来て出来ないなんて、絶対言えないし……
「ですので、まとめるのに必要な資料が保管されている帝国図書館にお勤めの兄上に、手助けをお願いしたのですよ」
にこやかに天使みたいな笑顔でサラッと付け加えた公爵子息様の言葉に、思わず目を見開いて、少し開いて座った両足の上に拳を置いて微動だにせず座ってる隣の人をみやってしまった。
だから、ラドルフ様もこの場に同席してたのか……!
「それで、そのまとまった内容をどこかの場で発信してもらいたいのだが、どこが良いだろう……貴族当主が集まる大会とか、広く世間に周知できるような場がふさわしいのだが」
皇女様は私が返事をする間もなく、話をどんどんと進められている。
調べて落とし込むだけじゃなくって、人前で発表だなんて……話のスケールがすごいところまで来てる。
だけど、着々とこの計画を始めた時の目標に近づいているようだった。
これは本当にすごいこと。
女騎士友達もこれまでの酷い扱いから救われる日も、もしかしたら近いかもしれない。
それに、舞踏会ではもろ嫌そうな顔をするわ、私よりもテドロ家を取るような扱いをされてるけど、図書館で彼と過ごす時間が増えるのは密かに嬉しくもあった。
「発表の場はおいおい見つけることに致しましょう。それとこの件とはあまり関係ないのですが、いま皇族騎士団は人手が足りなくて。イリス君にぜひ手伝って頂きたい事があるのです」
そういって突然、団長から手渡されたのは憧れの皇族騎士団員の白い制服だった。
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