23.残り物のドレス
イリス
——
フィリプス先生との初めての明細回収の仕事が終わって、また図書館でさっき聞いた事件のことを調べてみた。
だけど、参考書を見た限りでは見つけ出すことができなかった。
そして、後ろ髪を引かれながらも、ラドルフ様が使えと命じて常に待機してるエスニョーラ邸の馬車で屋敷に帰ってくると、久々の舞踏会の準備をすることになった。
皆に会うのも、皇城に呼び出される前に会ったキリだ。
ダンスもいつも通り1回で切り上げてもらって、経過報告とさらなる意見の聞き込みを行わなくては。
「イリス様、ご準備できました!」
なんて事を考えていると、いつも出掛ける前のエステやメイク、ドレスのコーディネートをしに出張に来てくれてるエステティシャンのアリスさんが声掛けしてくれた。
全身の見える鏡を持ってきてくれて、そこに映った自分の姿に唖然とした。
「ア、ア、アリスさん……この格好はちょっと露出し過ぎじゃありません!?」
なんか肩もデコルテも丸見えだし、おまけに胸元がすんごい開いてて落ちちゃいそうなんだけど……
「そんな事ありませんよ。イリス様はプロポーションも抜群だから完全に着こなしていらっしゃいますし、見目麗しい侯爵子息様と並ぶとさらにエレガントで、よく計算尽くされた素晴らしいご衣装です」
うーん……ラドルフ様の見た目はそう言われて当然なのは分かるけど、私の事に関してはお世辞のようにしか思えない……
でも思い起こせば、これまで着て行ってたドレスはこういうデザインを避けたから、もうこんなのしか残ってないのかも。
気が引けるけど、いつもと違う雰囲気だから少しはあの人も違う反応を示してくれたら嬉しいな……なんて思ってしまった。
「会場で驚かせたいから、それまでこれを羽織ってましょう。あ、いけません! 私もう次の出張先に行く時間ですので、これで失礼いたします!」
人気があって多忙なアリスさんは、バサっと肩から胸元まで完全に覆えるショールを私に被せると、バタバタとしながらお屋敷を飛び出して行った。
ラドルフ
——
「貴婦人を狙った連続暗殺事件?」
馬車で今日の夜会先に向かう中、薄紫色をした肩掛けをしてるイリスは以前ダンス特訓をした騎士学校教師から聞いたという話をしていた。
皇女たちからの呼び出しの前は距離を感じるようになっていたが、話が前に進み出したらやる気が出たらしく、俺とも普通に話をするようになっていた。
今まで勉学だろうが仕事覚えるのだろうが仲間なんか作らず、1人でやってきたから学校時代の友人がそんなにいいのかよく分からないが、人のためにこうまで頑張れる姿を見ているのは特段……嫌でもなかった。
「はい、図書館に置いてある資料を見てもどこにも載ってなくて……ラドルフ様はこれまでに聞いたことはありませんか?」
困ってうつむいてる顔も可愛いな……なんて頭の片隅で勝手に声が聞こえるのを放置しながら、脳内に記憶しているこれまでに読んだ歴史書の内容をサーチした。
過去の歴史は残された物に頼るしかない。大筋は一緒でも細かい出来事までは書物によって省かれたり、加筆されてたりで異なっている。だから幼い頃から邸宅に置いてあるのやら、それこそ帝国図書館にあるのを網羅したり、帝都の本屋でも取り寄せて読んだりした。
だが、その事件のことは見つからない。
「いいや、俺も聞いたことないな」
「そうですか……」
さらに残念そうにイリスはため息をついた。
戦時中はまあ闇に葬り去られる事柄が存在しない方がオカシイのかもしれない。
だが、もしかすると……
皇城には”特別書架”という一般人は立ち入れない重要な書物が保管されているエリアがある。
俺も入ったことは無いが、何か手がかりがあるかも。
それが今回の女騎士の地位向上プロジェクトに関係があるかは不明だが……
今日の夜会会場に到着した。
まずは主催者に挨拶して、知り合いと情報交換して、アイツの好きな軽食巡りに付き合ってやって、そしたらあの時間だな。
「羽織りものをお預かりいたします」
会場である屋敷の使用人がイリスの肩掛けを預かろうとした。
今日はどんな服なんだろうな……
さすがは一流の仕立て屋に頼んでいるだけあって、毎回違うなりによく似合っている。
そして、その薄い紫色した衣が肩からスルっと外されて、この場に晒されたその光景に一気に血流が遡るような感覚が体中で巻き起こった。
肩掛けが使用人に渡されて向こうの方にスタスタと持っていかれると、真正面にその姿が差し向けられた。
細くくびれた腰に、何も身につけていないヒジのあたりまで晒された引き締まった白い肩と腕。
形よく浮き出た左右の鎖骨。
そしてその下に広がる、張りがあって、でも柔らかそうで、十分なほどに膨らんだその乳房……
ダメだ!!
これ以上見てたら、気がおかしくなる!
瞬時にダラけそうになる顔を引き締めるつもりで眉間に力を入れて、口元を押さえながら横を向いた。
一体、どういうつもりなんだ……?
今さっきまで一流の仕立て屋だって褒め称えてたっていうのに、こんな裸も同然のもの持ち込みやがって……
いや、待て。
もしや、1番最初に仕立てを頼んだ時、通常は7日かかるのを2日で終わらせろって注文に根を持ってこんな仕打ち吹っ掛けてきた訳じゃ無いだろうな……?
くっっそ!
横目でもう一度その姿を捉えようとしたが、谷間が一瞬チラついただけで体中が熱くなりだした。
もうこれは……完敗だ……
「少し……風に当たってくる」
今日がこんな最悪な日になるとは、全く予想もしていなかった。
会場の奥の方に見えるテラスへ、無様だとは分かっていても足早に退場した。
あんな姿を見て平常心を保てるはずがない。
いつ獣みたいに理性を失って襲いかかってしまうか。
散々、向こうのことを野蛮、野蛮と言っていたが、本当に野蛮なのは俺自身だった……
「ラドルフ様、ごきげんよう」
テラスの手すりに腕を乗せて、さらにそこに額を置いて伏せていると後ろから声がした。
振り向くとそこに立っていたのは、あの2日の超特急で仕立て屋を働かせることになった根本である、元目つきの悪い令嬢とその女騎士だった。
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