19.イリスの気付き
イリス
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ここに来るのも2回目だ。
広いフロアの中にはいくつか受付があって、そこには数名の担当の人が立ってたり、その奥では座って事務作業をしてる人達がいたりする。
そのうちの1つの窓口に向かうと、うわっ……またこの人だ。
最初にここに来た時にいた、まともに私の話を取り合おうともせずに追い返そうとした、ちょっとぽっちゃりとした色白の若い男の人だ。
なんとも憂鬱な気分をかかえながらも、ラドルフ様より頂いた大事な封書を抱えて、その前に立った。
「これを提出させてください」
ともかく、ここで怖気付いて弱みを見せてはいけない!
と思って、堂々としながらキリッと両手で封筒を持って、相手に向かって差し出した。
すると、その男は白い頬に少し赤みを差しながら、口を半開きにしつつ何も言わずに目を見開いて、ただ私の顔を見つめている……
一体、なんなの? 私の顔に何かついてる?
小首をかしげて、ちょっと眉をひそめると、相手は急に我に返ったようになって、私の差し出した封筒をやっと手に取った。
そして中に入っている数十枚の書類を取り出すと、その表紙を見て、
「へー、イリス・ミルーゼって言うんだ」
と、小さい呟きではあったけど私の名前を呼び捨てした……
ちょっと、本当になんなの、失礼すぎるでしょ!?
「この書類はお預かりさせていただきます。あと今夜の予定は……」
そいつは出した書面を再び封筒に戻して、ぷくぷくとした頬にさらに赤みを増しながら、半分嬉しそうな様子で何かを言おうとした。
邪険に扱った最初の時の対応とはだいぶ違うみたいだけど、今度は今度でまた変な雰囲気よね……
ものすごくソワソワしてきて、今にも張り倒そうと手が出てもおかしくないと感じ始めてきてしまった時、
「ヒッ!」
と息を飲み込みながら、一気に顔を引きつらせて一歩退くと、その相手はカタカタと震え出した。
訳が分からずにその目線の先を振り返ると、そこにはなんと……さっき別れたはずの人物が私の斜め後ろに立っていた。
「ラ、ラドルフさん……もしかして、この女性が噂の……」
そう呼ばれた彼は、冷め切った氷みたいな視線を無言で放ち続けていた。
すごい……私ですらその威圧感にゾワゾワときてしまいそうだ。
皇城だとこういうオーラを出すこともできるんだ……さすが周りから舐められる訳にはいかない侯爵家の跡取りというだけはあるのかも。
それにしたって、
「どうしたんですか!? どうしてここに?」
1番の疑問を投げかけてみる。
ラドルフ様は虫ケラのごとく小物を見やるようにその男に視線を投げていた後、フンッと言わんばかりにアゴを上の方に向けた。
「別に。俺もこっちに用があったから来ただけだ」
ふぅ……ん。この短時間に職場に行って、すぐにこっちに戻ってきたってこと?
不思議なことをするもんだなって思ったけど、さっき変な態度を示してきた男は、
「すぐ関連部署と連携し、上に回すように手配いたします!」
と、元上司のお出ましに慌てふためいて、中で座っていた同僚数名と共にどこかへと消えて行った。
「もうお前の用は済んだだろ? さっさと帰れ」
そう無機質な感じで淡々と言うと、指図するかのごとくこの建物の出口の方にアゴと目線をさっと向けた。
そんな中、周りからヒソヒソとした話し声が聞こえてきた。
「……やっぱり、愛するフィアンセを人目にさらしたくないんだな」
「……あれは手出ししたら容赦しない……いや、殺すって目だったな」
ええっ……女騎士友達といい、みなさん一体どんな目をしてるの?
この人が私に向かって普段、どれだけ偉そうに心のこもってない態度をしてるのか全然分かってない!
もし私のことを皆さんが言うように想ってるんだとしたら、真逆のことをするでしょ普通。
エミリアお嬢様のフィアンセ様なんて特にいい例。
いつもお嬢様のことを大事そうに、優しく包み込むみたいに扱ってる所しか見たことないもん。
出口を出たところでエスニョーラ家の馬車の御者が迎えにきてたから、私はそこで引き渡されるような形でラドルフ様から離れた。
皇城での滞在時間はあっという間だったけど、馬車に乗り込んで帰路へとつく中。
そんな彼でも私のために徹夜して約束を守ってくれたんだな……という事実が頭に浮かんできた。
自信過剰で当然の如く人のことを見下すは、おまけにシスコンで嫌な所ばっかり目につくけど……根は真面目で律儀な人っていうのが最近分かってきた。
それに仕事に集中している時の普段と違った姿は、すぐ鮮明に思い出せるくらい目の裏に焼きついていた。
それから皇城からの連絡を待つ間、相変わらず舞踏会の予定は定期的に催されていた。
以前は女騎士友達と話をするための形式的な儀式に過ぎなかったのに。
見てくれだけは文句なしだったその顔面に集中して、目と目を合わせて笑みを浮かべながらステップを踏む事なんて朝飯前だったのに。
肩や手の平に彼の手が触れると突然、体にジンと甘い痺れが走って逃げ出したくて仕方がない気持ちに襲われるようになっていた。
そうなると、もう真正面から目を合わせる事なんてとてもできなくて、顔を伏せて踊り続ける事しか出きなかった。
この症状が何なのか、いくらドン臭い私でも分かっている。
まさか、この人の事をこんな風に想う日が来るようになってしまうなんて……
このまま私達は結婚するのかもしれないけど、この気持ちを知られたら気味悪がられて避けられるに決まってる。
死ぬまでツラい、悲惨な仮面夫婦生活が待っているだけだ。
頑張って少しだけ彼の方を見ると、たいてい眉間には深い皺が刻まれていた。
クールで引き締まったその顔が暗く陰って、私とこうしているのが嫌で嫌で堪らないっていうのがよく伝わってきた。
やっぱり、何としても芽生えてきてしまったこの想いは隠し通さなくては……
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