18.赤い目の真相

イリス

ーーーー


次の日の朝。

食事は以前は使用人食堂で食べていたけど、婚約が決まってからは一緒に食べなさいとの旦那様の命令で、エスニョーラ家の面々に混じって億劫ながらも食べることになっていた。


「ラドルフ? なんだか目が赤いような気がするわ。寝ていないんじゃないの?」


奥様がスープを飲む手を止めて、そんなことを言った。


「睡眠は大事だからな。最適なパフォーマンスを取るためには体調を万全に整えておくことだ。野菜ジュースも多めに飲んでおきなさい」


旦那様はそう言って、給仕に全員分の野菜ジュースをいつもより多めに注がせていた。



「おい、できたぞ。持って行くんなら早い方がいいから、俺の仕事に行くついでだ。ついて来い」


そうして朝食を食べて部屋に戻ろうとした時、急に声を掛けられ、大きめの封筒をバサっと渡された。


これはまさか……数日かかるって言ってたんだから、私が頼んだのがこんなに早く用意できるはずないし……


なんなのか分からなくてぼーっと考えていると、


「俺は毎日忙しいんだよ。頼まれた仕事はさっさと済ませるのがモットーなんだ。いらないなら、捨てるなり焼くなり好きにすればいいけどな」


そう言って、スタスタと階段の方に歩き出した。


うっそ! 本当に昨日頼んでた書類!?

まさか、奥様が目が赤いって言ってたのって、これのために徹夜してたとか……?


怒ったようにさっさと玄関へ行って馬車に乗り込もうとするあの人に遅れまいと、私はその後を追いかけた。


乗り込んだ馬車が動き出すと、この人はいつも以上にムスッとした表情で私から顔を背けて目をつむった。


やっぱり寝ずにやっていて、仕事が始まるまでのこの移動時間に仮眠を取ろうっていうの?


手元にある渡された厚めの封筒の中をチラッと覗いてみると、数十枚の重なった紙に、ビッシリと黒のインクと綺麗な文字で書き込みがされているのが目に入った。


それを見ていたら、昨日、最後に見た頼りがいのある集中した眼差しと、研ぎ澄まされた真剣な表情が思い起こされてきた。


じゃあ、あれからずっと、あのまま作業をしていたっていうの?


それを思うと、私の胸はズンと重くなった。


さっきは頼まれた仕事はさっさとやるのがモットーだ、なんて言ってたけど、昨日は数日掛かるって言ってたアレは何だったのか……


本当によく分からない人だけど、寝る間を惜しんでやってくれたのは事実みたいだ。


私の……ために?


頭を片手で押さえながら眠っている顔にサラサラとした長めの前髪が垂れかかっている目の前の人。


前は目に映っただけで嫌悪感しか抱かなかったけど、今は……別にずっと見ていられるかも。


すると、乗ってる馬車が減速を始めて、ガッタンと音を立てて止まった。


亜麻色をした長いまつ毛が揺れて、ゆっくりと開いた切れ長の瞳と目が合いそうになった時、なぜか私の頬は瞬時に火照って、パッとそこから視線を外していた。


外した方向には窓があって、そこには巨大で豪勢な白いメインの建物がある、皇城の風景が映し出されていた。




ラドルフ

ーーーー


ふわぁ~あ(心の中であくびする声)


やっぱり無理しすぎたか。

女騎士どもの話は瞬時に記憶できるものの、書類が多すぎる上、丁寧に書かないと戻される可能性大だから書く作業にほぼほぼ時間を取られた。


今度の人員配置で相談課の上層部の1人には皇族騎士団長が配属されている。


騎士職のトップであるあの男の目にも止まれば何か変わるかもしれないし、そこまで辿り着く内容に調整しておいてやった。


しかしこの国は、貴族婦人に四六時中ついて回る女騎士の生活実態に意識を向ける者などこれまで皆無だったし、女騎士達の話からすると男の騎士の中には小バカにしている者も多いらしい。


果たして団長はどっち側の人間なんだか……


馬車の揺れというのは案外心地いいもので、ついウトウトしていたが大きく揺れて止まったモンだからまだ眠いのを押し殺して目を開いた。


そこには窓の方を見ているイリスの姿があった。


今日は化粧もしていないし、服も質素なものだが、それでもやっぱり……綺麗だなと思った。



それからすぐに、御者が扉を開けて俺たちは外に出た。


「いいか、うちの馬車はあそこに停めておくから、帰りはこれを使えよ」


アイツは窓口の方へ俺は仕事場へ行くのに別れるためそう伝えた。


また誰とも知れない者がわんさか乗ってる乗り合い馬車でも使って人目を引く所を想像したら寒気がする。


「はい、分かりました……あ、あのラドルフ様。本当にありがとうございました。それじゃあ提出してきますね」


控えめだが素直にそう言うと、封筒を胸に抱えてイリスはお辞儀した。


その時、ほんの少しだが、はにかんだような明るい笑みをこちらに浮かべた。


それを見たら、なんだかこの夜通しの作業がいくらかか報われたような気になった。


あれだけ十分な量の書類なら窓口の担当も文句を言えずに、上にあげる手続きを行うだろうと、窓口のある建物の方へと向かって行く後ろ姿を見送った。


そう安心してこの場を後にしようとした時、ふいにとある不安が湧き出てきた。


庶民と接するような皇城勤務の役職はだいたい男爵家、子爵家といった階級の者か、貴族家の次男、三男の出の者が担当している。


前回、窓口で追い払おうとした男は地方の子爵家だし、エミリアの噂話をしていた男たちも同じような出身だ。


つまり、アイツが言ってた”自分に見合った相手”っていうのがわんさか居るような場所。


そこでどいつかに見染められて鞍替えでもされたら……


いやいや。

いくらなんでも考えすぎだろ。

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