if he == Soma : Kano.cry()

「やぁやぁお帰り」


突然声を掛けられて、カノの心臓は飛び出した。

実際は胸からハートが飛び出すイラストが脳裏を過っただけだが。

サホが一緒に帰ろうかと気遣ってくれたものの、彼氏彼ぴっぴが迎えに来てたし遠慮して、ひとり松葉杖をついて校門をくぐったところで横から声を掛けられたのだ。


この声、今朝の人。

つきまとい……逆恨み?

AIがあれば、危険を指摘したかも。


カノは初めて、AI無効化を後悔した。

イヤホンがなくとも、携帯端末の赤外線探知機能はバイブレーションで危険を報せてくれるし、校舎外なら音を出しても良かったのだ。


とりあえず、無視しよう。


ちらりとも見ず、聞こえなかったテイでそのまま歩く。

学校まで送ってくれた親切にはお礼を言ったし、変質者認定された男に付きまとわれる必要はない。あれ、必要?必要条件、十分条件……あぁあ、違う、いわれ、理由、ゆえん。思考がバグると言葉もバグる。


そもそも警察に連行されたんじゃないの、この人。

なんで。

なんで付いてクルのよぉお。


僅かでも唇の間に隙間ができれば激しい動悸が漏れそうで、きゅっと引き結ぶ。

引き離そうにも、つんぱったんつんぱった松葉杖で歩いているカノには無理な話。普段なら自慢の脚力で置いていけるところだが。

乱雑にかばんの奥に突っ込んだ携帯端末では、こっそり助けを呼ぶこともできないし、対処方法も知識を総動員するしかなく、を何周もしている。


こんなとき、内蔵型なら……


内蔵型端末のウリの一つが児童生徒——特に女子——の安全確保だ。

内蔵型の不審者通報はワンボタンどころか、チラリ思うだけで通報可能で、視覚情報と位置情報から警察本部通信指令センターによる危険度判定ののち、優先順に警察官が駆けつける。

ただ、簡単になった分、優先度のランク付けが厳格化されて、確定変質者マエアリ予備軍認定者ミスイ刃物類所持者マジモンにしか対応しなくなったとも聞く。


じゃぁ、来てくれないな、この程度の状況じゃ。


カノは、意外と冷静に分析できている自分に、少しだけ余裕ができる。

一方の男は、斜め後ろを付いて歩きながら何度も話しかけてくる。


「松葉杖慣れてるの?片方だけなのに器用に使うなぁ」

「ホログラム解いたからさぁ。そんなに警戒しないでよ」

「あ、どっか寄ってお茶でもしない?やっと解放されたし、お洒落なお店で珈琲飲みたいな」

「そのあとイヤホン買いに行こう、うん、いいプラン」


このあと一緒に喫茶店オメガ行って、量販店タナカでイヤホン物色して、って逢い引きデートか。


だんだんと馴れ馴れしくなる言葉と、端から見れば仲良く下校中に相違ない状況に腹が立ってくる。


なんなの、ホント。

だいたい、この人が避けてくれてれば足捻らなくて済んだのに。

内蔵型のくせに怠慢だ、怠慢。


カノはかっと松葉杖を突いて立ち止まる。


「付きまとわ……」


ないで変態。

振り返りかけの動きと表情も、ぶつけるつもりの言葉も、男の顔を認識した瞬間に止まる。


「やっとこっち見た」


ふんわりと、はにかんだ笑顔。

八年前よりは大人びているけれど、変わらず純粋な眼差し。


椿井つばいソーマ竜王……?」

「やっぱり、知っててくれたんだ」

「え、なんで……」


つん、と松葉杖を逆側に突いた。

ぱった、と右足を一歩寄せた。


「いだだだだ」


椿井の頬をつねる。痛いってことは、少なくとも夢じゃない。

浮きもなく、自然に伸びる頬は、確かにホログラムじゃない。


「なんで……」


八年前が重なる。

父と参加した祝賀会、壇上でスポットライトを浴びていた十七歳の少年。

我がごとのように喜んだ父はもう、いない。

涙が溢れる。


「え、と、だ、」

「うえええぇ……ごみ、はい、た……うえぇえええん……」


ゴミが目に入ったんだから。

言い訳を挟みながら、カノは泣いた。

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