画期的な携帯端末

「『怪しい男性と肩を組んで登校した遅刻常習不良娘、不純交遊かいっそ小遣い稼ぎか』みんな大好きゴシップネタ」

「そんな話になってるのぉ」

「カノがおっそいからさぁ、裏サイト回ってて、見つけた」

「授業中に巡回しないのよぉ」

「ダマらっしゃい。どうせ授業なんて内蔵型は誰も聞かないわよ。すぐさま何人かに頼んで消したんだからね。表には出てないし、名前は無かったけど、特定可能ワードは入ってたんだから」

「あー、脳ナシ、ポニテで絞れるもんねぇ。ありがと」


教室の自席に両手を付いて深々と頭を下げたカノのポニーテールの横に、数少ない友人であるサホは右手の平を出した。


「疲れた。甘い物ちょうだい」

「燃費悪いんじゃないの。リコール対象じゃないよね」


いいつつポケットから飴玉を出す。

サホは受け取ると捻りを解いて口に放り込んだ。ばりんがりんと奥歯で噛んであっという間に呑み込む。常ながら手品みたいとカノは思う。


「連絡届いてないし……怖いこといわないでよ。リコールだと付け替えよ。頭蓋骨ぱっかん開けるのよ」

「それねぇ、あたし、マジで四角い端末を脳味噌と入れ替えるんだと思ってた」

「あっはっは。あ」


大声で笑って、周囲クラスメイトの注目を浴びたサホは、少しだけ赤らめた顔を伏せて、声も潜めた。


「あたしも保育園のとき思ってた」


十年ほど前、手の平サイズの携帯型スマートフォン端末が腕時計型や眼鏡型のウエアラブル端末と融合し画期的な進化を遂げた。

数十ナノの基板チップ圧電ピエゾ素子を立体的に組み込んだサブミクロンオーダーの、脳に差し込むことで直接読み書き可能な端末の登場に世界中が沸いた。

幼かったカノもお祭り騒ぎをなんとなく覚えている。


『一泊二日の手術で簡単装着、使用法の習得も簡単ツーステップ』

『詰め込み教育の終焉、記憶力に左右されない人生を送ろう』


当時のコマーシャル動画は記憶にないが、懐かしのナニナニみたいな番組でちらっと見た。こんなのあったっけ、と確認する家族もいないんだけど。


「本体っつうか、個々人のストレージはよそにあって脳から直接やりとりできる。アプリケーションも各自設定すれば、でメール出したり、写真撮ったりできる、と。よく考えたよねぇ」

「ほんと、発明した人すごいし、装着第一号は本人だったっていうから、開発者って別の意味でもすごいよね。ところでイヤホン付けてないけど、授業だいじょうぶなの?」


内蔵型でない、つまり端末の手術を受けていないカノは、旧型の携帯型端末をイヤホンで繋いで情報を得ている。

外付け、外部端末といわれる旧式も、高性能イヤホンが外耳の温度変化と皮膚の僅かな収縮を感知し、メール受信やAIとの接続や解除、事前に設定した一部機能は端末操作なしで行うことが可能だ。

しかし、映像や写真は端末を見なければならないなど、脳内であらゆる機能を完結できる内蔵型とは比較にならない。


瞬時に検索でき、検索語すら先んじてAIが教えてくれる内蔵型端末使用者が多数を占める今、座学授業にさほど意味はなく、数少ない外部端末使用者脳ナシのためにあるようなものだ。当然、先生方の圧力は高くて、授業で指名されることも多いし、サボりは留年や退学処分になりかねない。


「普段からあんまり使ってないし、だいじょび」

「でもイヤホン壊れたんじゃAIとコミュれないじゃん。食事とか時間とか道順とか、不安じゃない」


サホの疑問にカノは、あっと小さく呟いた。


「そうそう、AIのせいなんだ」

「何が?」

「今朝、遅刻しそうになったの」

「AIが、ゆっくり行けって言ったの?」

「いんや、いつもより早めの時間に、食パン一枚くわえて家を飛び出せって」

「なにそれ」

「なにそれ、じゃん。だから、逆張りでゆっくり食べてたら」

「ゆっくりしすぎて、遅刻寸前になったと」

「そうそう」

「バカじゃん」


サホはしっかりとカノの目を見て言い切った。

視線は普段より固くて厳しい。


「そうなんだよねぇ」


今のはAIが言わせたのかなと、カノはため息を付いた。

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