第5話 魔女とかつての仲間



「あの時、倒しきれなかった魔王を私たちはどうにか魔力だけ封印することに成功した」


 淡々としたトーンでトーコは話し始める。

 そう。トーコも勇者パーティの一人。共に戦った仲間だ。


 今から五年前。この世界に現れた魔王を倒すために数々のギルドが立ち向かった。

 尋常じゃない力に多くの者が倒れていった。もう絶望かと思われた。

 しかし、唯一魔王を倒して生還したギルド。そのリーダーが後に勇者として称えられるようになり、他のメンバーも唯一無二の称号を与えられた。

 そのうちの一人、蒼天の魔女ルルエル。無限に続く空のように膨大な魔力を持ち、彼女の瞳が澄み切った青い色をしていたことからこの名を与えられた。


 そして、紅き剣聖トーコ。炎の魔法と剣術で勇者と肩を並べる実力を持つ女性剣士。

 身の丈以上の長剣を軽々と扱い、どんな敵も薙ぎ払ってきた。


 彼らは魔王を倒した。世界中の者がそう思っている。

 確かにそれは間違いではない。しかし皆の知る情報と事実は少し異なり、魔王は倒されたが生きている。

 死んではいなかった。殺してはいなかった。

 その真相を知るのは、勇者パーティのメンバーだけ。


「魔王の魔力を封印し、奴を弱体化させることが出来た。そのまま殺すことも出来たが、弱体化した魔王を見て、お前はこう言った」

「…………殺さないでください」

「弱体化した魔王が子供の姿になったことで、お前の中に罪悪感が生まれたのだろう。私たちもまさか魔王が子供になるなんて思っていなかった。しかも、奴は記憶を失っていた。おそらく魔力と一緒に奴の記憶や人格までも封印してしまったのだろう」

「だから私が、彼の魔力を完全に消す方法を見つけると、みんなに約束したんです。封印だって永遠に続くものじゃない。いつか弱まってしまう……だから、それまでにあの子の中から魔王の魔力を消すと……」

「お前が熱心に言うから、我々はその話を飲んだが……もう五年だぞ」


 魔力を消す方法は未だに見つからない。

 様々なダンジョンに眠るアイテムの中に強大な魔力を消すものがあればとギルドに入ってみたものの、それも上手くいっていない。


「今なら奴を殺せるんだぞ。封印が弱まってからでは遅い。奴に掛けた封印はあれ我の力を合わせてやっとかけられたんだ。次も上手くいくとは限らない」

「わ、わかってます……でも、私には……」

「再び魔王が世界を滅ぼそうとしたらどうなると思う。次も倒せる確証はないんだぞ」

「それも……わかってます」

「裏切り者と仲間に言わせてまでも続けなければならないことなのか」

「…………はい」


 何故。どうして。

 そう聞かれても、答えは出てこない。

 それでもルルエルは幼い子供を殺すことが出来なかった。それが魔王であっても。

 殺さずに済むなら、それがいい。もしこれが成功すれば、完全に魔王を消し去ることが出来る。魔王の魂が生まれ変わることもない。

 これはルルエルの我儘であり、身勝手な賭けだ。


「だったら、クーヴェルと共に旅に出ろ」

「え? だって、それは駄目だって勇者さんが……」

「そうだ。アイツは魔王がいつ目覚めるかも分からない状態で世界をうろつかせることに反対していたが……私は、むしろお前と離れている時間の方が問題だと思った」

「私と……?」

「お前と共にいれば、何かあってもすぐに私たちを呼べるだろう。アイツの身分は適当に偽造しておく。それでギルドに冒険者として登録するんだ」

「……で、でも……旅をするには人数が……」

「私の名前を使え。ただ、私は魔王と旅をする気はない」

「トーコ……ありがとうございます!」


 ルルエルは笑みを浮かべ、深々と頭を下げて家に戻った。


 その背中を見送りながら、トーコは溜息を吐いた。

 本当なら止めたい。トーコはそのつもりで彼女の家を尋ねた。

 街でとあるギルドの連中が脅えて戻ってきた、という話を耳にした。

 言わずもがな、ルグトのギルドだ。彼らはこの辺では有名だった。数々のダンジョンを攻略し、彼らに憧れる者も多かった。

 しかし、その彼らが酷く脅えていた。ずっと化物だ、と呟いていたらしい。

 トーコはその場に残っていた魔力痕から、ルルエルのものだと判断した。そしてもう一つ、見に覚えるのある魔力。五年前に対峙した魔王の力が微かに感じられた。

 封印は、間違いなく弱まっている。そうでなければ、彼から魔王のオーラが放たれるはずがない。

 ルルエルもそれに気付いているはずなのに、決心がついていない。


「……自分と重ねている、か……アイツの言った通りだな」


 トーコはそれだけ呟いて、その場を離れた。

 彼女の声は誰に届くこともなく、風に掻き消されるのだった。



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