第4話 魔女と少年




 ルルエル達が帰ってきたのは魔女の住む森と言われている場所。その奥深くに彼女たちは暮らしていた。


「いいですか、師匠。もうこれに懲りたらギルドなんかに入ろうとしないでください。毎回泣きながら帰ってくるんですから」

「今度は大丈夫だと思ったんです。ルグトさんは人のよさそうな印象だったので……」

「実際は女にだらしないクソ野郎じゃないですか」

「ああ、そんな言葉をどこで覚えたんですか! 駄目ですよ、品のない言葉を使ったら」

「だって事実じゃないですか」


 家に帰るなり、クーはルルエルに説教を始めた。

 ギルドに入ってダンジョンを攻略しに行ってる間は家に帰ってくることも出来ない。しかしルルエルはすぐ帰ってくる。最弱魔導士と偽っているせいでどのギルドでも長く居続けることが出来ないからだ。


「そもそも、魔力値を赤まで下げるから駄目なんですよ。もう少し良い塩梅に落とせばいいじゃないですか」

「私、そういうの苦手なんだもん……昔は常に全力で魔法使ってたから魔力操作とかいらなかったし……」


 ルルエルは口を尖らせてブツブツと文句を言った。

 確かに彼女は最強の魔女だ。しかし基本的に百パーセントの力しか出せない。自分への魔力リミッターもほぼゼロになるまで下げてしまう。

 他の魔導士は魔法の使い方を習うが、ルルエルは誰かにそれを習うこともなく、物心ついた時には勇者パーティの一人として魔物と戦ってきたので力をセーブする必要もなかった。

 当時の仲間たちはみんな彼女の魔力にも十分耐えられるくらいの実力者たちだったので、魔力を抑える理由もなかったので、結局今でも力の抑え方を知らないままなのだ。


「そういうの詳しい人に習うとか出来ないんですか?」

「私の魔力に耐えられる人が少ないんです。使い方を習うとなると、私もリミッターを解除しないとでしょう?」

「…………貴女が勇者パーティの一人だったって言うなら、その時の人達は?」

「色々と理由あって疎遠状態なんだもん……」

「どうしてですか? 仲間でしょう」

「まぁ、その……色々あるんです」


 ルルエルは言葉を詰まらせた。

 言えない。彼にだけは言えない理由がルルエルにはあった。

 それでも自分の目的を達成するためにはギルドに入る必要がある。


「前から言ってるけど、僕じゃ駄目なんですか? 僕、貴女の魔力も平気だし」

「駄目よ。貴方はまだ子供でしょう」

「でも、僕強いですよ?」

「それは知ってます。でも駄目なんです」

「なんですか」

「なんでもです!」


 クーは何で自分を旅に連れていってくれないのか何度もルルエルに聞いたが、駄目と言われるだけで理由は答えてくれなかった。

 子供扱いされるが、クーはそこら辺の冒険者よりずっと強い。ルグト達を威圧感だけで圧倒することが出来るほどだ。さっきは怒りもあってオーラが溢れ出してしまったが、あれがなくても十分勝っていた。


「そろそろ教えてください。なんで僕は冒険者になれないんですか」

「それは、まだ貴方が子供だから……」

「子供扱いしないでください! そもそも僕は貴女の子供でもないんですから!」

「……っ」


 クーはルルエルの子でもなければ血の繋がりがあるわけでもない。言ってしまえば赤の他人だ。

 だから、そうやって反発されるのも無理はない。しかし、彼が冒険者になれないのにも理由がある。それをクーに伝えるわけにはいかないのだ。


「し、師匠の言うことは黙って聞くものです!」

「僕が弟子入りしたわけじゃないでしょう!」

「で、でも……でも……とにかく駄目なんです!」

「その理由を聞いてるんじゃないですか!」


 ルルエルは駄目という言葉以外に何も言えなかった。

 とっさに上手い言い訳が思いつかない。

 どうする。どうすればいい。


 コンコン。

 ノックする音がして、二人は反射的にドアの方へと向いた。

 気まずい空気になりながらも、ルルエルは「はーい」と声を掛けながらドアを開けた。


「お久しぶり」

「トーコ!」


 家を訪れたのはルルエルの知人だった。

 トーコと呼ばれた女性は明るい茶色の髪を耳にかけ、ルルエルの背後に見えるクーの姿を一瞥して視線を反らした。


「ちょっといいか」

「え、ええ……クー、そこで待ってて」

「……わかりました」


 ルルエルはトーコと共に外に出た。

 森の中に入り、周りに誰もいないことを確認する。


「今のところ問題はないようだな」

「ええ。あの子は良い子に育っていますよ」

「ほう。口論しているようだったが?」

「それは……その、あの子が冒険者になりたいっていうものですから」


 トーコは腕を組んで、一つ息を吐いた。


「……そうか。まぁ、普通の男の子なら憧れるものだろうしな」

「はい……」

「さっき街に魔女が現れたという話を聞いて尋ねたんだが、まだギルドに入ろうとしてるのか?」

「……だって、他に方法はないじゃないですか」

「今のままで何か問題があるのか」

「…………だって、私はあの人と約束したんです。あの子を、人間にするって」

「約束、か。一方的にそう言っただけのようにも思えたが?」

「それは……」


 ルルエルは言い返すことも出来ずに目を伏せた。

 落ち込んだ様子の彼女に、トーコは慰めるように頭にポンと手を置いた。


「お前のしていることは……決して間違っているわけではない。ただ……我々は最悪の事態を想定しなければならないんだ。それは分かっているな?」

「……はい」

「あの子……クーヴェルを人間に出来なければ、また世界が滅ぼされるかもしれない。あの子は魔王なのだから」


 その言葉に、ルルエルは両手をきつく握りしめた。

 クーが冒険者になれない理由。それはあの子がかつて勇者たちが倒した魔王だから。


 その事実を、少年は知らない。



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