第3話 世界でたった一人の魔女
集会場から離れ、街外れに移動したルルエル達。
人気のなくなったところでルグトが足を止め、ルルエルの方を向いた。
「さて……嘘つき魔女。貴様は俺がここで処罰してやる」
「え?」
そこにいるギルドメンバー達がそれぞれの武器を構えた。
ルルエルは自身を囲む彼らの顔を見る。
彼らの狙いはおそらくルルエルの冒険者カード。本物でも偽物でも構わない。先程ルルエルが換金した100万Gがそこには振り込まれているのだから。
「やめた方がいいですよ。そんなことしても、何の意味もないです」
「そこにどんな意味があるのか、それは俺が決めることだ。さっさとカードを渡せ。それと、他にも換金アイテムを持ってるなら出せ。どこから盗んだのか知らないけど、貴様には勿体ない代物だろ」
「嫌です。実力はあるんですから、御自身で取ってきてください。そういう言葉はあなたの品位を下げるだけですよ」
さっきまでと様子が違うことに、ルグトだけでなく皆が気付いてる。
集会場でナイフを突き付けられていたときは怯えた様子だったのに、今では顔色一つ変えない。
しかし、ここにいる人の中で一番最弱なのはルルエル。どんなに冷静に受け答えしていても、数人を相手に戦えるはずがない。
そう、皆が思っていた。
ルルエルを除いて。
「はぁ……忠告はしましたよ」
ルルエルが目を閉じた瞬間、目の前に何かが落ちた。
砂埃が舞い、皆が風圧に押されて後ろに引き下がった。何が起きたのだろう。まるで隕石でも落ちたかのような衝撃だ。
「な、なにが……」
「ゲホッ、ゲホッ! 何なのよ、もう!」
各々が混乱しながらも状況を整理しようと何かが落ちた場所を見る。
抉られた地面。その中心にいる、何者か。
軽く飛ばされたせいでルルエルから離れてしまったアミレは、少しずつ晴れていく砂埃の中から彼女を見つけて再び拘束しようとした。
しかし、それは出来なかった。
既にルルエルの傍に誰かがいたからだ。
「この人に触るな」
聞こえたのは幼さの残る少年の声。
砂埃が落ち着き、ようやく見えるようになった視界。そこにはルルエルと同じくらいの背丈をした少年が彼女の肩を抱き寄せていた。
「帰りが遅いと思ったら……何をしているんですか、師匠」
「ご、ごめんね。私もこんなことになるとは思ってなかったから」
申し訳なさそうに謝るルルエルに、少年は小さく息を吐いた。
何者だ。ただの少年なのに、そこにいる皆が動けずにいた。ルルエルと同様に魔力値は高くない。だが、彼から感じる圧が、動きを鈍らせる。
「彼らは?」
少年が周囲を見渡す。
明らかに普通ではない様子。人通りもなく、ルルエルを囲んで武器を構えてる。誰が見ても彼女が危ない目に遭っていると思うだろう。
「もういいのよ、クー。早く帰りましょう」
「……駄目ですよ。この人達、貴女に乱暴しようとしていたのでは?」
「大丈夫だって。私が怪我すると思ってるの?」
「ですが……」
何気なく言ったルルエルの言葉に、ルグトはピクっと肩を震わせた。
この状況で、自分が怪我一つしないという自信があるというのか。
その言葉は彼のプライドを傷つけた。腐っても高ランクギルドのリーダー。冒険者としてもそこそこ名の知れた存在。その自分が、自分よりも弱い相手に負けるわけがない。
目の前の女は魔女の名を語る最弱魔導士。受付の言葉など信用出来ない。
ルグトは深く息を吐き、武器を構え直す。
例え、相手が本当に魔女であったとしても負けはしない。
「はあぁああ!」
大剣を振りかざし、ルルエル目掛けて刃を下ろした。
不意をついた。スピードも申し分なかった。絶対に当たる。目の前の女を斬った。
そう、確信したのに。
「え?」
ルグトの大剣は、まるでバターのように溶けてしまった。
何が起きたのだろうか。ルグトは反射的にその場から飛び退き、目の前の光景を見た。
少年の体から禍々しいオーラが放たれている。それが彼らを守るように、近付くものを拒絶していた。
魔導師の少女が放った魔法もいとも簡単に相殺され、どんな攻撃も届かない。
ここのいるメンバーは皆、高ランクの冒険者だ。それが、揃いも揃って手も足も出ない。
「こら、駄目よクー」
ポコっとルルエルが少年の頭を小突いた。
その瞬間、張り詰めていた空気が解かれ、彼の放つオーラも消えた。
この状況で唯一平気な顔をしてる女。彼のオーラに気圧されないなんて、おかしい。
口にしないが、ここにいる皆がそう思っている。
「でも、師匠。彼らは……」
「私は何もされてません。心配しすぎ」
ルルエルはクーと呼んだ少年から離れ、一歩だけ前に出た。
今度は何をされるのかと、ルグトは身構えた。
殺されてもおかしくない。そう思っていたが、彼女はただ頭を下げるだけだった。
「騙したつもりは本当にないんです。でも、どうしてもギルドに入ってやりたいことがあったから……結果的に貴方たちを困らせてしまったこと、お詫びします。お金が欲しいならあげます、これくらいならまた取りに行けるし」
「……な、に?」
「それと……」
ルルエルがそっと目を閉じると、周囲の空気が一気に変わった。
まるで重力に押し潰されるような、彼女から放たれる魔力の圧に体が悲鳴をあげている。
痛い。苦しい。重い。
あまりの魔力量に呼吸が出来ない。ずっとこんな莫大な魔力を抑えていたなんて、信じられない。
白銀を超える魔力値。機械などで測定出来るレベルを超えている。
これが、本物の魔女。
疑いようもない力の差に、反論の言葉なんてカケラも出てこない。
「これが私が魔力を抑えていた理由です。私、恥ずかしいことに魔力操作って苦手で、自分自身にリミッターを掛けないと最弱魔法でも小さな山くらいなら軽く吹っ飛ばしてしまうんですよ。だから普段は魔力値を赤まで抑えてるんです」
「っ、ぐぁ……」
「あぁ、ごめんなさい。普通の人には耐えられないですよね。勇者さんは平気な顔していたので昔は気付かなかったんですけど……」
ルルエルは慌てて自身に魔法をかけ直した。
魔力の圧が消え、ルグトは震える足で何とか立っているが、他の皆は地面に座り込んでしまっている。魔導士の少女に至っては気を失ってしまった。
これが、勇者パーティにいた魔女の力。
じゃあ、この魔力圧で平気な顔をしている少年は一体何者なんだ。疑問に思うが、問いただすことは出来なかった。喋れる余裕なんてないからだ。
「無駄にプライドの高い集団なので、こんなこと言ったら怒られるかなって思って黙ってたんです。本当にごめんなさい」
誰も、何も言わない。
口なんか開けない。
とんでもない相手に喧嘩を売ってしまった。その後悔だけで頭の中がいっぱいだった。
「もうこの街に顔出せないなぁ……」
「別にいいじゃないですか。早く帰りますよ、師匠」
「はぁーい」
呆然とする彼らを置いて、ルルエルはクーと共にその場を去った。
怖かった、なんて一言では済まない。
あれが魔王を倒した勇者パーティの一人。最早、化物だ。
そう思わずにいられなかった。
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