第10話:女王の洗礼

「にゃ、ろう!」

「小賢しい!」

 対極的なロボットの戦いは、周囲の想像を超えた激戦となっていた。下馬評を取っていれば圧倒的に七聖が有利であっただろうが、巻き起こる戦いは互角に近い。

「……やはり、やり辛いわね」

 シンプルがゆえ、使える手札が少なく、その分カードが強い七聖と、複雑がゆえ、使える手札が多く、その分カードが弱い知恵の杜。対極ゆえに、拮抗してしまう。

「幸子!」

「わかっているわよ」

 接近し、戦鎚を振るう。基本動作はこれだけ。愚直なまでに繰り返す。下川もこんな機体は大嫌いである。自分はもっと色々できる。目の前のような機体を操りたい。

 だが、同時にこうも思う。

「ウォラァ!」

 それは、その矜持は、弱さなのだと。

「くっ」

 ネコ科動物のようなしなやかさで、すり抜けるように攻撃をかわすリョーコは笑みを浮かべていた。ひりつくようなプレッシャー。

 単純な攻撃なのに、単純に捌かせてくれない相手の底力。ロボットの性能はこちらが上なのだろうが、完成度はあちらが上。

「うっひぃ、超きついわ、この人」

 アマにはそういないレベルの人が、プロでは許されないシンプルな戦いに徹するとこうも厄介なのか、とリョーコは痛感させられる。最大射程ではきっちり遮蔽物を使われ当たる気がしない。中距離は『夢物語』相手に見せた流す受け方をされ、当たっても通じない。

 そして、近接戦は相手の土俵。

「覇ァ!」

 轟音が響く。感じるはずもないのだが、風圧がこちらまで届きそうな威力である。

 自分への甘さがない。相手への甘えがない。

「ふ、しゅッ!」

 力強く振り回されるだけの戦鎚が遠い。相手の機体に届く気がしない。そもそも相手の機体に届くと言うことは、相手もまたこちらに届くと言うこと。

(まずは、あの戦鎚をどうにかしなきゃ、ね!)

 リョーコは相手の得物を潰す方法を考えた。この剣で戦鎚を受けることは出来ないが、柄の部分を断ち切ることは出来るはず。

 この得物さえ封じれば、ただでさえ少ない手札、勝機はある。

「ドゥン、ドゥン」

 集中する。やるべきことが定まった。あとは一直線に――

「それ、根負けだって、わかっているかしら?」

 互いの機体が、交差する。

 リョーコは笑みを浮かべた。宙に舞う戦鎚、目的通りロボ子考案のチェーンソーブレイドは相手の武器を無力化することに成功した。

「甘いッ!」

 だが、次の瞬間、『グローリー』の腕がリョーコ駆るロボットの背中に叩きつけられていた。ラリアットのような形で。

 想像もしていなかったタイミングでの衝撃に、リョーコは目を白黒させる。

「そ、んな、何で⁉」

 下川は、リョーコが狙いを武器に絞ったと見極め、わざと武器を切り捨てたのだ。交差する瞬間には武器を手放し、旋回運動に移っていた。そのまま、相手を追撃。推進力で勝る『グローリー』の鉄腕が知恵の杜のロボットに叩きつけられていた。

「土壇場で簡単な択を選ぶ弱さ。これはもう、Качества(資質)の問題」

「ハラショー! ハッハ、あのロボットの設計者は何もわかってねえ。強い機体、勝てる機体、それを解していないから、あんな柔いロボットが生まれちまう」

 ゲスト席で必然の『結果』に反応を示す二人の姉妹。

 『グローリー』は腕が千切れる勢いで自らを叩きつけ、相手の背中をへし折った。有機的な構造、人や獣に寄せた形である以上、背骨の破損は自立を不可能にする。

 武器を捨て隙を作り、腕を捨て背中を潰す。片方は立ち、片方は崩れ落ちる。

 そしてロボコンは、最後まで立ち続けている方が勝者。

「優勝は、七聖学院高等学校、下川幸子ォ!」

「シャラァ!」

 残った方の腕を天に掲げ、勝利の咆哮を轟かせる『女傑』の姿に歓声が溢れ出す。

「あ、はは、負けちったぁ」

 下を向き悔しげに呟きながらも、笑うリョーコ。

 だが、目の奥は――


     ○


 山田学は競馬のメダルゲームで稼いだメダル全てをすっていた。

 目の端にはすさまじい盛り上がりを見せる会場があり、ここの退廃的な空気感とは大きく異なっている。

「いやー、ゲームでもお馬さんは難しいなぁ」

 競走馬と言うのは一着以外すべて負けである。もちろん、入着と言う秤はあるが、基本的には一着こそが全て。とても厳しい世界である。グレードの高いレースのフルレーンなら十八頭ほどの中からたった一頭しか勝てない。

 光が当たるのは、その一頭のみ。あとは敗北者。

「勝ち負け、ねえ」

 気持ちよくメダルをすって、さっさと帰る。勝ちも負けもない。当たればラッキー、外しても時間が潰れたからよし、ぬるい世界が彼は好きだった。

 勝負事の張りつめた空気が、苦手だった。

 頑張って欲しいと思う。でも、本気を出せば出すほど、のめり込めばのめり込むほど、勝負事の持つ空気感は鋭さを増す。時に、人生すら傷つけてしまうほどに。

『学、俺は、もう無理だ』

 ずきりと胸が痛む。古い古い、傷。

「ほどほどに頑張れよー。青春の思い出で終われば、幸せさー」

 決着がついた様子なので、あと少し何して時間を潰そうかな、と山田は考える。


     ○


 ZEONの最新PCを手に入れた七聖学院は大喜びだった。参加者の多くが負けても最後まで見つめ、女王の強さを認識した。

 今年も七聖は固い。総文への弾みがついた。

「すまぬ、ロボ子よ。我、敗北したナリ」

「別に構わない。データは取れた」

「うう、優しさが五臓六腑に染み渡りますわい。あれ、ぬるいちは?」

「先に帰った」

「ファ⁉ このリョーコさんを慰めることなく帰ったの? なんと薄情な奴。明日教室行って奴の机で飯を食べてやろうず」

「嫌」

「まあまあ、そんなこと言わず」

 いつも通りのリョーコ。カラっと負けたことを飲み込んでいるように見える。

 ゆえにロボ子もまたいつも通り応対する。

「山田っちは?」

「いやー、喫煙所混んでるなぁ。僕ぁ、びっくりしちったよ」

 てってって、と近づいてくる山田からは煙の臭いがした。

 ロボ子は露骨に顔をしかめる。

「山田っち喫煙者だったのか、新情報キタコレ」

「まあ、これがあるとサボるのがとても便利なんだよ。大人になるとわかるんだな、これが」

「わかりたくねー」

 腑抜けた山田の顔を見て、さらに空気が緩くなる。

 そんな彼女たちを遠巻きに――

「何も言わないの、幸子」

「言ってどうするのよ。他校の生徒でしょ」

「でも、凄い才能だよ」

「だから、言えないんでしょ。もう少しセンスがなければ、後輩には悪いけど塩の一つでも送っていたかもしれないわね。でも、あのレベルなら言えない」

「……そういうこと」

「連覇への小石一つ、可能性の欠片とて存在はさせないわ」

 七聖学院エース下川は知恵の杜を一瞥し、視線を外す。才能はある。マシンポテンシャルなど自分たちとは桁違い。だが、今のままでは勝てない。

 勝ち切れない。

 それはロボットの方向性もそうだが、最大の理由はパイロットの資質。勝負所で張り詰めきれない脆さ、女王にはそれが透けて見えた。

 一皮むけぬ限り、敵ではない。だが、逆に言えば――

 どちらにせよ、今年は問題ないだろう。ここからロボットを弄るのはあまりにもリスキー。多少の微調整はしてくるだろうが、ほぼあの完成度で出場ずることは間違いない。そうなればパイロットが一皮むけたとしても、どうにかなる。

 杞憂はない。知り得る限りは、ないはず。

「七聖学院ね。姉ちゃん、勝てそうか?」

「Конечно」

「無論、ね。へっへ、そりゃあそうか。所詮、レベルの低い日本の学生だしな。姉ちゃんに勝てるわけがねえ。ジョームさんも悪いよなぁ。わざわざ姉ちゃんを提携する学校に入れるなんてよ。おかげで優勝、決まっちまったわけで」

 シングルスは上位三名までが全国に行ける。どちらにせよ、トーナメントで最低でも三位決定戦に食い込まねば、全国行きはない。

 どんな実力者でも、怪物と当てれば夢は潰える。

「あたしも参加したかったぜ。駄目なん、ジョームさん」

「君まで参加してしまえば、ウチのワークスチームとロボットまで同じになってしまいます。それはさすがにやり過ぎでしょう。全国のロボコンに興じる高校生は、我々にとって敵である前に、まずお客様なのです。見た目ぐらいはね、取り繕わないと」

「へっへっへ、腹黒いよな、ジョームさんはよ」

「私たちなど可愛いものですよ。もっとえげつない連中などごまんといます。何しろ、これだけ市場が拡大しましたから。それは、君たちも良く知るはずです」

 ピクリ、僅かに二人の空気が張り詰める。

 それを見てZEON役員の男は「おっと」と出過ぎた口を押さえた。

「とりあえず優勝、全国行きは絶対です。頼みましたよ」

「заме……了解」

「姉ちゃんもそろそろ郷に従おうぜ。日本語おもしれーじゃん」

「……がんばる」

「あっはっは、期待しています」

 止まることなく拡大する市場。そこに目を付け始めた企業は多い。ZEONはPCメーカーとして中規模ながら老舗ではある。そのアドバンテージを生かして、ここからの競争を有利に進めたいと企業側は考えていた。

 彼女たちはそのために手に入れた、駒である。


     ○


「あれ、ザコいちどこ行ってたの?」

 家に帰ると当たり前のようにリビングでくつろぐミキがいた。レーカがいないので彼女一人である。おそらく母親と買い物でも行っているのであろう。

 家族でない者をお留守番として残していくのはどうかと思うのだが――

 まあ、それ以上に重要なことはある。

「ザコいちって言うな。ロボコンの大会だよ」

 呼び名である。

「え⁉ ザコいち大会行ってたの⁉ 何で言ってくれないのォ!」

 まあ、何度言っても変わった試しは無いのだが。

「言ってどうするんだよ」

「見学するに決まってんじゃん。馬鹿なの、ザコいちは」

「……設備の整ったチームじゃないから、エンジニアの俺は何もしないぞ」

「あ、そっか。じゃあレーカと遊んでて正解だねー」

「ああ」

 零一はリビングでお茶を入れる。律儀にミキの分も入れてしまうのが、彼女を増長させる一因なのだが、この辺り考えが及ばないのが零一なのだ。

 その抜けた部分が好き、とは眼前の少女の弁である。屈折した愛情表現だが。

「なあ、ミキは負けたら悔しいか?」

「突然どうしたの?」

「いや、なんとなく。聞き流してくれてもいいぞ」

 何を言われても聞き流すつもり皆無なミキ。

「んー、ジャンルによるかな。あたしが本気なジャンルだと悔しい。そうじゃなければ別にーって感じ。ザコいちにプログラミングで負けても何も思わないでしょ」

「まあ、そうだよな」

「でもさ、稀にいるよね。全部めっちゃ悔しがるタイプの人間」

「いる、な」

 零一の脳裏によぎるのは幼馴染の顔。

『レーイチ』

 昔はいつも笑顔だった。一緒に何かを創って、楽しかった記憶しかない。でも、いつからか次第に笑顔は消え、曇った顔ばかり見ていた気が。

「ザコいちィ、目の前に美少女がいるのに、別の女思い浮かべるのはムカつく」

「何で彼女面だよ」

「だっていつか付き合うでしょ。ザコいちの面倒見れるのなんてあたしかレーカだけだし。レーカは妹だからね。もうあたししかいないわけ。仕方ないなぁ、もう」

「……そういうのはきちんとした相手に言え。安売りしない方が良いぞ」

「あたしは安売りしたことないけどー。ま、いいや」

 ミキは笑みを浮かべて零一を見つめる。

「あっちの明るい方でしょ。ボブの」

「……何でそう思った?」

「あの眼鏡はザコいちと同じタイプだしィ、ロボコンって形式の勝ち負けはどうでもいいでしょ。そもそも今のロボコンって、ロボットの良し悪しじゃなくて、パイロットの良し悪しだもん。エンジニアにとって結果は重くない、でしょ?」

「一概には何ともな。それを重く受け止める奴もいたぞ」

「あー、ショーコの犬でしょ。眼鏡の印象しかないけど」

 かつて零一と轡を並べ、皇将虎の下で戦っていた男。

 今はおそらく星王にいるだろう。

「ってか、あれはショーコの名前に傷つけたくないだけで、自分自身は何も思ってないと思うけどー。まあまあ、昔の女の今カレなんて忘れて忘れて」

「……何の話だよ、まったく」

 零一がソファーに腰掛けると、ずずいと距離を詰めてくるミキ。やたら距離感が近いのだ。からかわれていると思うのだが、妹の親友ゆえ邪険にも出来ない。

「で、もう一人のボブが勝負事にこだわるタイプ、ね」

「ん、たぶん、な」

「陽気っぽいキャラだったけど、本当にキャラだったわけかー。その手合いは厄介だね。だってさ、絶対に認めないし、破裂しそうになったら、逃げるっしょ」

 零一は苦笑する。レーカも礼儀正しく子供っぽくはないが、ミキは別の方向性で小学生とは思えない洞察力を持つ。大人びているのではなく、芯が大人なのだ。

 小学生を捕まえて大人、と言うのもおかしな話だが。

「ロボコン、面白くなりそうだねえ」

「他人事だと思って」

「他人事だし、ロボ子はともかくボブはザコいちと釣り合わないじゃん」

「そうでもないぞ。問題があるとすればメンタル面だけだ。俺より天才だよ」

「……零一よりも?」

「俺だって、一等賞を諦めた人間だ。本質的には、リョーコと何も変わらない。いや、あいつはまだしがみ付いている分、俺より素質はあるよ」

「……ふーん。じゃあ、なおさら面白くなりそう」

「なんで?」

「だって、ザコいちたちが頑張ったら、星王とぶつかるでしょ? シングルスは去年に引き続きショーコのラインらしいし、負かしたら最高に面白くなるじゃん」

「ショーコがシングルスのラインを見ているのか?」

「去年負けちゃったからね、七聖に。懲罰みたいなもんでしょ」

「……七聖、ああ、彼女か」

「今年も負けたら、立場無くなりそー」

「それなら、あいつは絶対に負けない布陣を組んでいるだろうな」

「ここだけの話、パイロット凄いの引っ張ってきたらしいよ。ママが言ってた。こっちじゃ無名だけど、元居た場所じゃとんでもなかったんだって」

「なら、死角なし、だ」

「でも、とある高校にもとんでもないのが入り込んだかもって。こっちは未確認情報、ママは取材のため数日帰ってこないの。ミキ、さみしい」

「とある高校って?」

「教えて欲しかったら心を込めて足舐めて」

「そこまで興味ないし、絶対に嫌だから遠慮しとく」

「ぶぅ! 特ダネなのにぃ」

 どうせ冗談だ、と本気にしていない零一と、ガチガチに本気で仕掛けたミキ。片方は微塵もそんな感情は抱いておらず、もう片方も屈折し過ぎているので、まるで重ならない奇妙な関係性こそ、この二人の面白いところである。

「とりあえず、荒れるのは間違いなさそう。学校サボって見に行こうかなー」

「お前は良いけどレーカは巻き込むなよ。皆勤賞らしいんだ」

「反面教師が偉そうな口を利くなー」

「反面教師だからだ。俺みたいになれば、人でなしになるだけだからな」

「なりたくてもなれないけどね、人でなしなんてさ」

「なりたい奴なんていないだろ」

「いるよ。スペシャルに憧れる奴は、そうなる。そしてスペシャルはね、人でなしでも許されるし、そこが美徳になるんだよ、零一」

 年不相応な妖艶な笑みに零一は顔をしかめる。

 本当に、妹と同い年には見えないから――

 その後、母親とレーカが帰ってきて、数日ミキがこの家に居座ることを聞かされた。零一、突如襲い来る寒気に顔を歪めた。

「よろしくね、ザコいち」

 何故か背筋がぞくぞくして、とりあえずその期間は自室に引きこもろうと考えたが、風呂や食事時など隙あらば絡んでくるので、回避は不可能だった。

 その絵面は色々と引っ掛かりそうなので割愛する。

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