第9話:『女傑』
「「遊ぶな!」」
やったー、勝ったよー、と喜び勇んで戻ってきたらそこには激怒する二人がいた。
「いやいや、本気も本気よ。あの人、結構強かったって。詰め方とかほんと、歴戦の猛者って感じ。背中がこう、ひやーっとしたもん」
「強いのはわかっている。プライベーターでもプロだぞ。たぶん、メインはカテゴリーの規模が一番大きい五対五のチーム戦だろうし、個の強さイコールパイロットの評価ではないけど、それでもシングルスなら何部だろうがランカー当たり前の世界だ」
「ロボットがよかったのかもねー」
「初見だからだ。相手のセオリーにこっちの動きがなかっただけだろ」
「ういうい、ぬるいちは厳しいねえ」
相手の強さは対戦したリョーコが一番わかっている。NUCのランクマッチ、それもシーズン終盤での上位帯の空気感があった。プレイ人口からすると少な過ぎる五百と言う枠を求め、死力を尽くし戦う猛者たち。プロや配信者にとってはランカーか否かは説得力に大きな差が生まれてしまう。
特に、腕前によって存在証明をする者にとっては。
そういう類の執念を対戦者から感じた。
「でも、データは取れたっしょ?」
「取れた。もっと欲しい」
「おけまる。まあ任しといてよ。ばちこり勝ってくるから」
次戦を眺め、リョーコは「うん」と頷く。
「あの人レベル以下なら、私、負ける要素ないよ」
驕りではなく、確信。ランカーとてピンキリ、そこが当たり前の者と死力を尽くしそこに至る者とでは意味合いが違うのだと、彼女の自信が語る。
ふざけているが、その自負への強度は相当のものなのだろう。
「……意外と、こういうタイプか」
その姿を見て、零一はため息をつく。ふざけているミステリアスなキャラクターが本性であれば、こんな心配杞憂で済むのだが。どうやら本性はこちらの様子。
この手のタイプは――
「……まあ、このレベルなら問題はない、か」
次戦の決着、その次の戦いを見てもゲームセンターGXチームのレベルに比べるとかなり低い。あれ以上が出てくると少し怖いが、これなら今は問題ないか、と零一は考える。
だが、その考えはすぐに塗り替えられることとなる。
○
「申し訳ございません!」
開口一番土下座する有口課長とチームリーダーたる部長。その土下座を捧げた先には協賛企業であるZEONの役員一名が座っていた。
「ウチとしては大会が盛り上がりそうでありがたい話ですよ。なかなか面白いロボットも見られましたし、むしろ感謝すらしているぐらいですとも」
「そう言って頂けますと――」
「ただ、来期のスポンサードは考えさせてください。高校生に負けるレベルのチームを、支援する意義に関しては私としても多少、考えるところがありましたので」
「は、はい」
勝負の世界は結果がすべて。プロたる者、このような野試合じみたところでも、いや、こういう一般との戦いにこそ、負けるわけにはいかなかったのだ。
ただでさえ資金難のチーム、ここで梯子を外されると、もう――
「しかし、先ほどのロボットは実に面白い。企業はどうしても結果を生む機能美に特化してしまいますから、ああいう独創性溢れる形は中々出てきません。特に、市場が拡大し多くの企業が参入し、しのぎを削る現状では。お二人はどう思いましたか?」
役員の男がゲスト席の奥にいる『二人』に声をかけた。
どちらも日本人離れした風貌、銀色の髪や色素の薄い肌が異国の雰囲気を醸し出す。その内、背の高い方が口を開く。
「大したロボットじゃねー。奇抜なだけで数字全然出てないしな。最高速なんてお笑いみたいなもんだろ。ま、そのお笑いに負けたプロがいるらしいけど」
有口たちは悔しさに震えるも、黙して何も語らない。
しかし、もう一人の背が低い方は、
「でも、乗ってみたい。面白そう」
「姉ちゃんも冗談が好きだなぁ。あんなクソに乗ったら姉ちゃんの腕が錆びつくだけだぜ。乗り手はいいものに乗らなきゃな」
「Нет。冗談じゃない」
「……あ、あああ、やだやだやだやだ!」
突如喚き散らす大柄な少女を小さい方が頭を撫でてなだめる。
「ああ、ああああ、ぐじゃ、ふぐ、姉ちゃんはあたしのロボットが一番だよな」
「Да」
「だよな、そうだよな。そうに決まっているもんな。もー、姉ちゃんからかうなよ」
姉妹、なのだろうか。
人種こそ同じだが雰囲気、見た目はあまり似ていない。
「あの、ZEONさん、彼女たちは?」
「ああ、彼女たちはウチのチームのメインパイロットとメインエンジニアですよ。ロシアからの助っ人外国人、と言うところでしょうか」
「なっ、チームZEONの、ですか⁉」
部長たちが驚くのも無理はない。ZEONは国内一部リーグのワークスチームなのだ。そこのメインパイロットともなれば年俸億は軽く超えてくる。
プロの中のプロ。
そんな名門チームに一つしかない枠を、こんな年若い子たちが埋めているなんて。
「国内では珍しい事例ですが、欧州では中学生ぐらいの歳でメインを務めることはざらです。すそ野が広がり、参入にはPC一つで事足りる世界ですから。これから増えますよ。有口課長も痛いほど理解しているでしょう。若さは、強さなのだと」
反射速度の全盛期は十代、経験とのバランスが最高潮に達するのが二十代半ば。あとは下り坂、というロボコンパイロットの世界。
当然、今日だけでなく有口は経験している。
理不尽な反応、型に囚われぬ対応、可能性の輝き――
「ああ、そうだ、私の妖精さん。あの機体のパイロットはどう思いましたか?」
ZEON役員の問いに、小さい方が振り向き、口を開く。
「мусор」
「はは、ゴミだってよ。姉ちゃん辛辣過ぎ」
「ほう、なるほど。参考になりました」
彼女があえて強く否定する存在、それだけで男は記憶に留めておく価値があると判断する。本当に路傍のごみと思っているのなら、彼女はそもそも否定どころかこの時点で記憶にない、わからない、と回答していただろう。
知恵の杜、少し気になる存在である。
だが、彼女たちに見せたかったのは知恵の杜ではない。
「お、来ますよ。彼女がこの地区における前年度、女王です」
「……へえ、割り切ってる良いロボットだな。あたしは好きだぜ、姉ちゃんは?」
「……手ごわい」
「はっは、こりゃあ珍しいぜ。なあ、ジョームのおっさん」
「ですね」
会場のボルテージが本日最大にまで跳ね上がる。
今日の主役が出てきたのだ。
七聖学院率いる『女傑』下川幸子(しもかわゆきこ)の登場である。
○
それは、ロボットと言うよりも鉄塊と呼ぶにふさわしい威容であった。派手な意匠も、無駄な要素も一切排した鉄の塊。駆動部分は最小限、体高は5メートルほどと他のロボットに比べ一回り小さく、その分横に大きい形である。
見た目は、明らかに規格の重量を超えているように見えるが――
「極力機構を排したシンプルな構造で重量を削っている」
多田隈ロボ子はシンプルを極めたそれを見て歯噛みする。自分のロボットとは対極に位置する存在、それが前年の地区女王だと言うのだ。
あんなロボット、ロボコンに携わる者なら誰でも作ることが出来る。
「だが、誰も作ろうとはしない。アマチュアだからこそ、オリジナリティを出したくて味付けをしてしまうし、プロはプロであの手のロボットはウケが悪いから使わないからな。でも、戦わせると強いんだな、こういうの」
零一はフラットな視点で見据える。もちろん、あれを見ても創作意欲は湧かない。だが、あれの意味することは一度でもプロの世界に身を置いた自分ならわかる。
あれは勝つために削ぎ落とした執念の産物である、と。
重厚なロボットが持つ武器は戦鎚のみ。腰に機関銃は備えられているが、あくまで牽制用でしかなく接近戦をします、と言い切っているようなスタイル。
相手も場数を積んだ大学生チーム、大学リーグでも名を馳せる強豪の『夢物語』である。その程度のこと、見ただけでわかる。距離も取ろうとしている。
それなのに――
「シャアアラァ!」
『女傑』下川幸子の咆哮と共に、ロボット同士の距離が詰まる。
「くそ、こんな、こんなロボットなんかに!」
足回りは歩く、走る、ではなく戦車のキャタピラのように回転させ進む構造。横への移動の自由度を削り、その分縦への速度に転化した猪のようなインファイター。
「ロマンがないんだよ、こんなのはァ!」
「ロマンじゃ勝てないのよ」
牽制の銃弾は分厚い外装を貫くことが出来ない。
「……銃弾への当て方が、上手い」
リョーコは目を見張る。ただでさえ機構や体高を犠牲に厚みを増している機体だが、それでも普通なら銃弾は通るのだ。規格が決まっている以上、どれだけ工夫を凝らしても絶対防御はありえない。
過去それを目指したチームはことごとく失敗している。
成功しても、ルール改正で潰された結果、今の規格があるのだ。
それでも現実として『夢物語』のロボットは下川機に有効打を与えられていない。
その理由は、リョーコが言ったように弾への当たり方が上手いのだ。
射線に対して、常に当たり面が斜めになるよう当たりにいっている。ゆえに弾は貫通するよりも逸れる方に力が働いてしまうのだ。圧倒的経験値と、鬼神の如し度胸。
近づけば被弾も増える。全てそらし切るのは不可能。それでも下川は突っ込む。弾が外装を抜き、火花が散るも推進力に陰りはない。
まるで特攻のような、詰め方。
「シンプルな構造は、ダメージにも強い、か」
多少の被弾で止まるほど、このロボットは複雑に出来ていなかった。
「あっ」
とうとう、下川機に懐へ潜り込まれてしまう、チーム『夢物語』。
「女はァ、度胸ッ!」
戦鎚を一閃、力任せのそれは、課題や講義に忙殺される中、時間を割いて工夫を凝らし、大学リーグを戦い抜いてきた珠玉のロボットを一撃で粉砕してのけた。
「そ、んな」
力無く崩れ落ちるチーム『夢物語』の面々。自信をもって送り出した自慢のロボットが、あんなロマンの欠片もないロボットに粉砕されてしまったのだ。
「……よくできたロボットが強いとは限らない、だな」
零一はため息をつきながら、所見を述べる。
「ロボットのクオリティはチーム『夢物語』が圧倒的だった」
ロボ子はこの結果に顔を歪める。理想のロボットを目指す彼女にとって、この結果はあまりにも無情であったのだ。勝つために理想を捨てた者が勝利したから。
「パイロットも見た目ほどの差はない。引き撃ちとかさすが大学チームって感じ。でも、気合と思い切りの良さで押し切られちゃった、か。私、嫌いなタイプだなぁ」
リョーコも顔を歪める。あの弾の逸らし方が出来る人物なのだ。
相当な技量がある。おそらくNUCでもランカークラスだろうし、それなりに色々引き出しがあるように見えた。そしてそれら全てを削ぎ落としてでも、勝つための機体に乗り込んでいるのだ。
「あれが七聖学院……勝利に徹し王者を沈めた、新女王か」
誰もが息をのむ。これが高校生かと思うほど、戦闘を終えた『女傑』下川幸子の顔に緩みはなかった。これぞ常勝を破り全国を経験してきた者の雰囲気なのだろう。
「良いデータが取れそうだな、リョーコ」
零一の言葉にリョーコは険しい表情を消し、笑みを浮かべる。
「いやいやー。バス美ちゃんは勝っちゃうよー。見とけよ見とけよー」
気合十分、それを見て零一は「はいはい」と受け流す。
そういう対応を、今はするしかない。
○
順調に勝ち上がる七聖と同じく破竹の勢いで勝ち上がった知恵の杜。
決勝はまさかの高校対決と成ってしまう。
「バス美、いってきまーす!」
意気揚々と決勝戦に向かうリョーコ。その背を見てロボ子はため息をついた。
「いつ気付いたの?」
ロボ子の問いに、零一もまたため息をつく。
「別に……それなりに頑張っている奴なら、一度は通る道だろ。『そこ』からの自己防衛方法は人それぞれだけど、あいつの場合はそれが道化の仮面ってだけだ。珍しくもない」
「意外と人を見ているのね」
「だから、よくあることで、普通なんだよ。それが……たまらないんだけどな」
「……あの子に逃げ道を作ってくれて、ありがとう」
「ま、いずれ直面することになるだろうけどな。七聖のパイロットがあのレベルで、ああするしかなかった時点で星王のレベルも嫌でもわかってしまう。地区に最低二つ、格上がいる」
「……そうね」
「俺やロボ子も考えないとだな。俺は正直、勝ち負けってのは終わりはないし、エンジニアとしてそこに価値は見出せない性質だ。俺の中で良い物であればそれでいい」
「私もそのタイプ。でも――」
「あいつがそうとは限らない、だろ。いいさ、ロボコンはどこもパイロットファーストだし、それは慣れてる。そこは任せるよ」
「ありがとう」
「ロボ子が言うことじゃねえけどな」
「それでも、ありがとう。あの子を理解してくれて」
零一は口を閉ざし、静観の構えを取る。今日の結果は、彼女を傷つけることはないだろう。しこり程度残すかもしれないが、NUCなどで勝った負けたをしている彼女なら、逃げ道さえあれば負けを飲み込むこともできるはず。
そう考えている時点で――
「私は、悔しい」
「仕方ないだろ。まだ生まれたてだぜ、あのロボット。名前すらないしな」
「そんなの私たちだけ。早急に決める必要がある。私はロボ太推し」
「……バス美交えて話そう、な」
「遺憾」
二人とも、勝てるとは思っていなかった。
○
七聖学院のロボットの名は『グローリー』。
その意味は下川幸子が一年の時まで遡る。
県下最強の星王相手に三年の先輩を差し置いて、一年生エースとして大会に参加した下川は星王相手に完膚なきまでに叩き潰された。パイロットしての技量で劣っているとは思わなかった。ロボットのクオリティで、大差をつけられたのだ。
『弱いね、下川。くだらんこだわりなど捨て、星王に来ていればよかったものを』
未だにあの日の傷が疼く。負けた自分に「ありがとう」と言ってくれた先輩たち。それを見下し全てを踏み潰していった星王という怨敵。
あの日、絶対に勝つと、心に決めた。
星王は完全にワークスを模したチーム。パイロット候補はあらゆる局面を想定し戦術を叩き込まれ、その練度は全国でもトップクラス。七聖とて私立の学校、それなりの生徒は集まるが、それでも星王相手に総合力で戦っても勝ち目はない。
彼らは各ラインに何人も配置し、ハード、ソフト、両面で腕回りなら腕部担当、足回りなら脚部担当、と人員を細かく配置し精度を高めている。人の数、設備、何よりも技術力。チーム戦では勝ち目は薄い。星王も総力を結集し臨んでくる。
しかし、シングルス戦は彼らの苦手な個の力がモノを言う戦場。現にチーム戦では全国でもトップクラスの星王もシングルス戦ではそれほど結果を残していない。
下川たちはそこに目を付けた。彼らに勝つならばシングルスだと。もちろん、あくまで星王レベルで苦手なだけ。簡単に勝てる相手ではない。だからこそ、勝つためにあらゆる手を尽くした。技術力で勝てないなら、その土俵から外れた。
ロボコンの醍醐味を捨て、勝つためだけに全てを削ぎ落としたのだ。
結果、去年は勝利した。
「だが、まだよ」
されど、下川幸子は心の底から足りぬと思う。あの日の傷は消えていない。あの男のラストイヤー、自分を勧誘したクソ野郎の経歴に傷をつける。昨年は上手く一年に擦り付けたようだが、今年は部長なのだ。言い訳は出来ない。
「私を、七聖を、弱いと言った貴方を、ぶっ潰してあげるわ」
気合は十二分、七聖学院のエース『女傑』下川幸子が出る。
全ては勝利のため、『栄光』を掴み取る日まで、歩みは止まらない。
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