第8話:初陣

 ゲームセンターGX、今時珍しい地域密着型のゲームセンターを運営する企業であり、インベーダーゲームのゲーセンバブルや格ゲー全盛期を経て、ゲーセン氷河期に至り、艱難辛苦の先にここまで生き残ってきた古強者である。ロボコンの可能性にもいち早く目を付け、有志の社員で結成されたプライベーターチームは最初期からプロリーグで活躍する古豪である。

 今は資金や人材が潤沢なワークスチームに押され、三部まで落としているが。

「協賛であるZEONさんには悪いが、ここは主催である我らの実力を見せる舞台である。昨今、金にモノを言わせているチームも多いが、うちはそんな逆風にも負けず、まだまだ健在であると内外に示す! 皆の衆、これは遊びではない。仕事であり、戦争だ!」

「おう!」

 部長の檄に応える社員一同。

「今回、参加してきたチームで厄介なのは二つ、一つは七聖学院高等学校、昨年あの星王を破った『女傑』擁する全国区の高校だ。若造と侮れば火傷するだろう」

「元女子高だよな」

「俺、昔憧れてた。有志で撮ってきた写真とか、買ったなぁ」

「それ、盗撮なんじゃ」

「野暮なことを言うなよ。昔の話だ」

 別の方向で盛り上がる社員たちを尻目に、部長は意気を上げる。

「そしてもう一つ、ここが一番厄介だ。君たちにもなじみ深い、うちの社員約三割が通っていた工業大学チーム『夢物語』、ワークス並みの資金力、オタクの屈折した情熱、全てが高水準、我らにとって最大の難敵となることは間違いない!」

 部長の言葉に下を向いたのは全員工大卒である。全員漏れなくオタクである。

「まあまあ、部長」

 そんな気合に満ち溢れる部長に水を差したのは――

「有口か。今日は絶対に負けられんぞ」

「わかっていますとも。私も、いい歳なんでね」

 有口課長、ゲームセンターGXのメインパイロットを長年務めてきた古強者である。トレードマークは鉢巻きと上作業着、下スーツと言うスタイルであった。

 ちなみにこの会社、作業着を着る仕事はない。ただの私物である。

「それでも、戦い方はわかっているつもりですよ、部長」

「……そうだな。その通りだ」

 チームリーダーを務めてきた部長と有口は長年の戦友である。最初期から手探りで歩んできた経験がある。確かに、今は厳しい環境である。努力だけでは埋まらない絶望的な資金力の差。こんな小規模なチームではまともな人材も中々集まらない。

 未だにシステムのコードなど部長が書いているほどである。

「我らはまだ死なんさ、そうだろ有口」

「もちろんですとも」

 戦友二人、役職を超えた友情が其処にあった。

 男性社員一同、男泣き。


     ○


 知恵の杜一行はゲームセンターGXにやって来ていた。

目的は当然、大会参加である。

「結構人来てるねえ」

「うん」

 意気揚々と入店するリョーコとロボ子。その後ろに付き従う零一と山田はそれほど気負っていない。と言うよりも気が抜けていた。

「先生、ちょっとメダルゲームしてくるね」

「あ、俺も」

「先生はいってよし! ぬるいちは駄目ー」

 抜け出そうとした零一だったがリョーコに確保され、引き摺られていく。山田は得に役立つこともないので放置された。

 されど彼はウキウキでメダル落としを始める。特に気にする様子もない。この程度で気分を害すほど、空気を読めない男は伊達ではないのだ。

「うわ、一回戦で七聖と夢物語ぶつかるじゃん」

「潰し合いさせようって作為を感じるよなぁ」

 周囲の雑音が耳に入るも、そもそも界隈に詳しくないリョーコやロボ子にとってはなんのこっちゃ、という感じであり、多少知識がある零一もそこそこ上のステージは知っていても、このレベルの知識は教え込まれていないので、やはりなんのこっちゃ、となってしまう。

「私たちは、どこと当たるのかなー」

「……出来るだけ実戦経験を積みたいから弱いところがいい」

 対戦表を見たところで、強い弱いはわからない。

 だが、

「舐められてるぜ、お二人さん」

 これは誰が見てもわかりやすいだろう。初戦を落とすわけにはいかない主催者側ゲームセンターGX対ロボコン無名の知恵の杜というマッチアップ。

 こいつらになら絶対勝てる、そんな意図がひしひしと伝わってくる。

「リョーコ」

「お任せロボ子。はじめっから今日は、全部勝つつもりで来てるから」

 その組み合わせが、彼女たちに火をつけてしまった。


     ○


「知恵の杜ってロボコンの部活あったんですね」

「聞いたことないけどなぁ。運動部が強いイメージしかないぞ」

「新しく出来たとか? いやー、業界が盛り上がってくれるのはうちとしてはありがたいですよね。ロボコンの環境を整えるために、安くない設備投資しましたし」

「本当になぁ。頑張れよ、若者!」

 ゲームセンターGXの社員に負けるという発想はなかった。勝ち負けの勝負になるのはきちんとしたチームであり、地力があるとはっきりしている七聖か夢物語、このいずれかしかありえない、と思っていたのだ。だから、敵にもこんなことが言える。

 今の彼らには知恵の杜など、敵ではなくお客さんにしか見えていない。

「これより第十八回、ゲームセンターGX主催、ロボットコンテストを開催いたします! ルールはシンプルなシングルスマッチ、勝敗はどちらか一方が自立不能と成った時点で決着です。個の力が試される戦いを勝ち上がるのは誰か⁉」

 司会の言葉に沸き立つ会場内。

「そして、優勝チームには今回協賛頂いているZEON様より、最新式のCPU、GPU搭載のモンスターマシン『ZEONフルカスタム』が送られます。ここに集った皆さまならばもはやご存じの通りでしょうが、スペックはこちらに記載してありますのでご覧ください。正直凄いです。私が欲しいくらいです、はい」

 組み立て工賃などを除外したパーツ代だけでも五十万を超えかねないスペック。観客、それ以上に参加者の眼がPCに集中する。

 過去の大会よりも出場者が増えたのは、この賞品があるから。

「絶対勝つぞ、夢物語を現実に!」

「現実に!」

 誰もが喉から手が出るほど欲しい最高級のPC。参加者の眼が燃える。

「有口」

「了解」

 短く、力強く答えた有口課長は戦場に出る。長年の積み重ね、その結晶がこの手に握られている。勝利の美酒も、敗北の泥水も、こいつと共に味わってきた。

「さあ、仕事の時間だ。クールガイ課長スペシャルREV.二八」

 USBを差し込み、有口は専用の筐体に腰掛ける。ここは自分だけの空間、パイロットにのみ許された神聖なる場所。こいつを購入、設置する時も色々揉めたなぁ、と有口は苦い笑みを浮かべた。楽なことなどほとんどなかった二十数年、こいつだけが男の楽しみ。

 勝利した後、自宅でキンキンに冷えたビールを飲む。それが、人生。

「おっと、忘れるところだった」

 ゴーグルを装着する前に、有口は鉢巻きの下に冷えピタを滑り込ませる。自分は周囲を囲む最新の機材とは違いレトロな旧世代。眼も悪くなった。反応も鈍い。

 若い頃のような鋭い感覚は、もうない。

「社会人を舐めちゃいけない、お嬢さん」

 それでも戦う。もう大丈夫です、と後任から言われるまでは。

 男一匹有口課長、出撃。

 見慣れた戦場、シングルス戦のために用意された障害物、と言うよりも遮蔽物である岩がいくつかあるだけの簡素な場所に降り立つクールガイ以下略。

「……むっ⁉」

 有口は対峙する相手を見て、眉をひそめる。この業界で長い経験を持つ有口でさえ見たことがないフォルムのロボットであった。装甲の厚みから推察して、機動力が自慢なのだろうが。それにしてもフレームレベルで見たことがない。

 今時の学生は皆、先人の知恵を借りてどこかで見たことのあるロボットばかり使う。それが悪いとは有口は思わない。それだけ間口が広くなったと言うこと。それだけ参入障壁が低くなったと言うこと。業界人としては喜ばしいことである。

 だが、目の前のロボットは、それらとはまるで違う――異質。

「伊達では……ないな」

 有口の長年の経験が、かすかに危険信号を発し始めた。

「さあ、トーナメント一回戦、初戦はゲームセンターGX対知恵の杜学園です。これはまた、知恵の杜のロボットは独創的なフォルムですね。それなりの知識はあるつもりでしたが、これは、ちょっとわかりません。しいて言えば、いや、違うな」

 混乱する司会者であったが、それは他の参加者も、見ている者たちも同じであった。誰も、あれが何を元にしているのか、答えが出てこない。

 現在、参考にする情報が多く出回った結果、かつてのロボコンとは違いほぼすべてのロボットはどこかで見た形と成ってしまうのが常であった。最もメジャーなKUNUCのロボットをはじめ、業界二位を争うABC、安海電機など、大体がロボット御三家のどれかに似る。

 メジャーを嫌悪するマイナー畑の者でも、国内ならば不二越重工や川崎発動機など、ある程度実績のある企業を参照している場合が多い。

 それらのロボットの基幹を残し、枝葉に個性を出すのが現行のロボコンなのだ。

 だが、知恵の杜学園のロボットはそのどれにも似ていない。

「先輩、まさか」

「……オリジナル、ね」

 七聖の部長、『女傑』の発言に皆が目を剥く。

「ありえないだろ。一から作ったってのか⁉」

「ワークスチームだってそんなことやらないぞ。大手メーカー同士でさえ、今じゃ似たり寄ったりのロボットばかりリリースしているのに……アマチュアのやることじゃねえだろ。戦わせるロボットだぞ」

「しかも、高校生だろ、知恵の杜って」

 流線型のフォルム、二足歩行でありながらどこかネコ科の動物を思わせる滑らかな背中のラインも新しい。停止時はそれほど安定しているように見えないが、この機体は動くことで安定する構造なのだろう。動物、人間と同じ。

 有機的なデザインであり、新しさに満ちていた。

「有さん!」

 突如現れたダークホース、知恵の杜学園。

「……一目見ればわかるとも」

 その機体が内包する圧倒的情熱。長く業界にいた者ほど、感じ入るところはある。

 そこには彼らが諦めたものが敷き詰められていたから。

「だが!」

 開戦の合図、それと共に有口はロボットを動かす。ゲームセンターGXチームのロボットはKUNUCの流れをくむオーソドックスな造り。最先端を征く業界最大手のおこぼれをもって、彼らはリーグに参戦しているのだ。

 それを恥とは思わない。

 オリジナルで最高の機体を、それは誰もが夢見る物語だが――

「現実はね、そう甘くないよ、高校生ィ!」

 黒鉄の無骨なロボットは遮蔽物を利用しつつ、相手の動きを見る。

 確かに面白い動きである。屈む瞬間の重心移動など、あれだけアンバランスに見えるのに動きを切り取ると凄まじくスムーズに映る。

 伊達ではない。情熱に見合った技術はある。

 加速力はかなりのもの。とにかく動きの全てがなめらかである。

 複雑怪奇な制御機構を積んでいるのだろう。

 乗り手にも相当のマンパワーを要求しているはず。動きが複雑になればなるほど、乗り手の手数は自然と増える。それは、強みにもなり得るが――

「弱さだよ!」

 相手が動き出す瞬間を見計らい、有口は突貫する。アサルトライフルで牽制し、相手の進行方向を限定することで、次の一手への主導権を得るのだ。

「私たちもね、そういうロボットが創りたかったさ。操縦したかったさ」

 結果、近接武器での接近戦となる。有口駆るクールガイ以下略は槍のような長物を使っているが、知恵の杜のロボットは腰に差した剣を用いる。

「だがね、それでは勝てないのだよ!」

 リーチ差は明白。相手は当然防戦一方となる。

「ロボコンとは規格がある。心臓部であるエンジンの出力はほぼ横一線、重量は一七トン、その枠組みの中での工夫こそ、ロボコンの妙味ィ!」

 皆が似たような機体を使うのには理由がある。

 十年以上の歴史が、最適な形を生み皆がそれに続いたのだ。勝つために夢を捨てた。勝つためにオリジナリティを捨てた。

 そうしなければ、勝てないから。

「残念ながら、勝つためには捨てなければならない。その矜持を!」

 ロボコンの勝敗はどのカテゴリーでも原則、自立不可能となった際につく。リーチで相手をかき回し、隙あらば足回りの破壊を狙う。それがこの槍の意味。

 勝つために積み上げてきた、ノウハウ。

 現状、優勢なのはゲームセンターGXサイド。社員一同、手に汗握る。

「……悪趣味ね」

「どうしました、先輩?」

「あのパイロット、先ほどから随分反応が良い。おそらく、相当の腕よ。その証拠に、圧されていても決して崩れない。ギリギリで上手く捌いている」

「相手、三部とは言えプロですよ?」

「衰えたものを経験で補っているタイプね。その手合いはね、弱いのよ」

「誰に、ですか?」

「天才に」

 『女傑』は眉をひそめ、その戦いを見つめる。腕はある。機体も奇抜なだけではなく理にかなった動きをする。人と獣のハイブリッド、と言ったところだろうか。

 柔軟で、とらえどころがない。だからこそ、接近戦は正しい。

 正しいのだが――

「知恵の杜のデータ、しっかり取っておきなさい」

「はい。県予選のために、ですね」

 七聖にとっての悲願、長年後塵を拝してきた星王を打倒すること。去年、『女傑』によって成し遂げられた偉業も、ここまでの負けを思えばまだまだ足りない。

 星王打倒のためにも、小石一つ躓くことは許されないのだ。

「それもあるけど、そもそも、今日戦うことになるから」

 王座を奪い取った彼女の眼に、知恵の杜はどう映るか。

 そして対峙するロートルには、どう映って見えるのか。

(……ここまで攻めても、揺らがないのか)

 怒涛の連撃であった。押している感覚はある。傍目には優勢であるように見える。だが、有口の経験則が告げていた。

 ここまで攻めて、圧し切れないのは――何かがある時だ、と。

 手を抜いているわけではないのだろう。動きからも伝わってくる。ロボットを動かす楽しさ、アマチュアだからこそ許される遊び心。

 相手は今、心の底から戦いを楽しんでいた。

 それは、有口がずっと前に失った心。

「ドゥン、ドゥン、ドゥン」

 どうするか、と僅かに逡巡した瞬間、クールガイ以下略の槍、その穂先が刎ね飛んだ。驚く暇もなく、有口は機体を後退させる。

「……あの剣、よく見るとチェーンソーのような構造になっているのか」

 有口が隙を作るまで、秘していた。そのことだけでも相手が戦い慣れているのがわかる。本当に嫌な時代になったものだ、と有口は自嘲した。今時の若い子たちは皆、NUCで研鑽を積んでいる。彼らの世代が手探りで進んだ距離を、ほんのわずかな時間で飛び越えていくのだ。それは業界にとっては良いことである。

 とても、喜ばしいことなのだが――

「クソ、頭が、熱を持ってきたなァ」

 有口は笑えない。どんどん若き才能に抜かれていき、人生を賭した世界から置き去りにされてしまう感覚は筆舌に尽くしがたいのだ。冷えピタが効いていない。脳が熱をもって考えがまとまらない。

 速い判断が求められるのに、頭が追いついてくれない。

 昔はもう少し早かった。その少しが――

「ドゥン!」

「く、そ」

「有口課長!」

 あまりにも残酷なほど、明暗を分けるのだ。

 知恵の杜のロボットは最後、クールガイ以下略の股をくぐりながら剣で脚部、アキレス腱の部分を切断し、自立機能を喪失させた。きっちり、両足分断ち切って。

「そんな……有さんが」

「まさか、高校生に負けるなんて」

「その、くだらんバイアスが、私たちの敗北を呼び込んだか」

 無名の高校生になど負けるわけがない。そんな傲慢が、彼らを敗北へと誘った。彼らは知っていたはずなのだ。

 いつだって怖いのは下から来る存在、若き才能であるのだと。

 その眩しさを、大人の彼らは直視できなかった。

「ちくしょう、歳は取りたくないなァ」

 有口、天を仰ぐ。

 一回戦、主催者であるゲームセンターGXチーム、敗退。

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