第7話:準備完了

「と言うわけで部費はこちらになります」

「「「少なっ⁉」」」

 普段傍若無人な山田先生が嫌に低姿勢でやってきた時点で想像はしていたが、この金額ではとてもロボコンに参加できるとは思えないものであった。

「いやぁ、実績ないしこれ以上出せないって。何よりもこの地区には全国トップレベルの絶対王者星王がいるから投資するメリットが薄いそうで……ごめんね」

 意気揚々と部費をもぎ取ってくるぜ、と出立して三十分もしない内に正論にてタコ殴りにされたのだろう、山田の顔からは虚無しか検出できなかった。

「ぬるいち用のPC、これで買う?」

「この金額でPC買うぐらいならスマホの方がましだろ」

「同感。付属パーツ代に当てるぐらいが関の山だと思う」

「ロボコンってお金がかかるんだなぁ」

 山田、小学生並みの感想を口にする。

「昔はもっとかかっていました。今のような形態に移行して、ようやく高校生の部活レベルで参加できるようになったんです。大学レベルでも有力校以外は勝負にもなっていませんでした。まあ、今も資材や人工の代わりにハイスペのPC代とか初期投資が多少高くついたりしてますけど、総合的にはぐっと安くなっています」

「はえ~」

「ロボ子、山田っちに解説は無意味だって。たぶん、一時間後には忘れてる」

「こらこら、いくら先生が忘れっぽくても明日までは持つぞ、なっはっは」

「ね。そもそも覚える気がないし」

「無駄な時間だった」

 ロボ子はため息を、リョーコは苦笑を、山田はよくわからず「なはは」と笑う。

「でもさ、リアルな話部室にもPC欲しいよねぇ」

 腕組みしながらリョーコは真剣な表情で皆に問いかける。

「まあ、作業速度を考えるなら、情報のやり取りは近い方が早いしな。あと、ロボのデータはハード、ソフト問わずネット経由でのやり取りとかは使いたくない。アナログが最高のセキュリティだ。プロの現場でもそうしている。オンラインに乗せた時点で、手法問わずリスクはある」

「前と同じ手渡しなら、やはり必要だと思う」

「ううむ、こりゃあバス美ちゃん顔出し解禁かぁ」

「顔出したらスパチャ貰えるって相当自信家だな」

「ったりめえよ。このリョーコちゃんには二つの長所があるの。一つは超凄腕の操縦技術、もう一つは美少女であること。このミステリアスな感じはリョーコさんクラスの美少女じゃないと許されないとあーしは思うわけよ」

「まあ、ある意味ミステリアスではあるよな。話していると迷宮に迷い込んだ気分になるし」

「ふっふっふ、ぬるいちもあーしにメロメロかぁ」

「ロボ子、パス」

「末永くお幸せに」

「親友の祝福キモチー! 幸せなキスをしてゲームクリアだ! 墓まで行こうね」

「こいつ絶対キメてるだろ」

「平常運転。それで、どうするの?」

「美少女JK顔出し配信、うへへ、赤スパが飛び交う画が浮かんでくるぜェ」

「出来れば避けたいけどな。こいつに借りを作るの」

「私は手遅れ。刈谷零一も借りを作ると良い。一生『親友』入り確定」

「怖いわ!」

 三人の仲睦まじい会話を聞きながら、山田ははたと首を傾げる。

「スパチャってなぁに?」

「そりゃあお兄さん、あれですわ。配信者に群がる信者どもからお布施を巻き上げるんでさ。真っ赤な色のあれが飛んできた日にゃ、信心深いやつだ、愛いやつよのぉ、とか思うわけ」

「……ふむふむ、赤いのって如何ほどなのかな?」

「最低一万から最高五万になりやす。そんなおひねりがバンバン飛び交うのが人気の配信者界隈でして、そりゃあもうあっしも当時は豪勢にやっとりやした」

「一万ジンバブエドル?」

「円に決まってるやーん。山田っちギャグセン高杉謙信」

「……実はこの学校ってバイト禁止なんだよね。まあ、やってる子はやってるけど」

「はえ?」

「一応、僕先生なんだよ。忘れがちだけど」

「……い、今はやってないでさ。信じてくだせぇ」

 実際には少額だが普通にやっている。お洒落代はそこから捻出していた。

「信じるけど、問題はそれ前提での動きは部活的にNGってことかなぁ。あんまり高価なものバンバン買っちゃうとほら、生徒会の見回りとか監査でバレちゃうから」

 山田、たまには正論も言える。

「パパに買ってもらったで通す」

「それは駄目に決まってるだろ」

「ええ⁉ 私、お父さんに買ってもらったって意味だったんだけど、ぬるいちは何を想像したの? ねえねえ、何のどんなところを想像して興奮したぁ?」

「……こ、こいつ」

「隙を見せた刈谷零一が悪い」

 刈谷零一、リョーコのトラップに引っ掛かり憤死。

「なら、これに参加して商品を貰うのは、部活的にNGですか?」

 ロボ子が山田にノートPCの画面を向け、問いかける。

「んん、どれどれ。ゲームセンターGX主催、PCメーカーZEON協賛のロボコン大会、出場資格は自前のオリジナルロボットを用意していること、条件緩くない?」

「別に緩くないです。自前でオリジナルロボットを持っている個人なんてほとんどいないので。オリジナルの定義にもよりますが、ハード、ソフトに限らず中身を弄るには多少なりともエンジニアの知見が必要ですし、そこにパイロットの技量も必要となると個人参加は皆無。私たちのようなチームで出場するしかありません。参加は各高校、大学、社会人チームぐらいかと」

 ロボ子、またも饒舌。山田、ぽかん。

「今の機体で出るのか? この前のフィードバックは休日に修正したけど、それでもコピペの水準よりかなり下回っている状態だぞ。俺なら表に出さない」

 零一の指摘は尤も。まだ実戦で使えるクオリティではないのだ。現状、システム回りはたたき台に毛が生えた程度の完成度であり、ここからパイロットの操縦感覚などを取り入れてハード面も改修を重ねる必要がある。最終的には別物になっていてもおかしくない段階なのだ。

「私的には出たいけどね。って言うか、何かしら出ておかないと総文でぶっつけ本番になっちゃうし、いくら私が天才的でも実戦で試運転はしたいぜい」

「私は刈谷零一と同じ意見。だけど、実戦経験が必要なのもわかる」

「今の段階での経験に意味はないと思うけどな」

「今の段階では、でしょ? これ、今週の日曜開催みたいだけど、そこまで何もしないの? 二人共のんびり屋さん?」

 リョーコ、またしても無自覚の煽り。

「……ハード次第だな。上がってくるのが早ければ、俺は即仕上げるけど?」

 刈谷零一、どうせ上がってはくるまい、と強がる。

「そう、そっちがその気なら上等」

 多田隈ロボ子、キレた。眼鏡をくい、と持ち上げやってやる、と意気込む。

「よーし、やるぞー!」

 結局はリョーコの煽りに流される二人。それを見て山田は、

「いやー、いいチームだなぁ」

 と、のんびり構えていた。

 ここから何が起きるのか、少し考えればわかるはずなのに――


     ○


「え、多田隈二日連続休み? 風邪ですか?」

「ええ、もしかしたらほら、同じ部活の刈谷君でしたっけ、長期で休んだ生徒の風邪がうつったのかな、と思いまして。一応耳にだけは通しておこうかと」

 この時点で山田学は凄まじく嫌な予感がしていた。まあ、根を詰めていたから無理が祟ったのだろう、と自分に言い聞かせていたのだが。

「ん、んん⁉」

 その日の放課後、ゾンビのような顔色だが部室にロボ子がいたのだ。今日、休んでいるはずの彼女が、である。

 その勝ち誇った顔に、刈谷零一が引きつる様を見て、悪寒は強まる。

 見なかったことにしよう。事なかれ主義の山田はそう言い聞かせる。

 まさか、先週四回も休んだばかりの男が、次週も休むわけが――

「すいません、風邪がぶり返したみたいでして、すいません、すいません」

「……大変ですね。心中、お察しします」

 普通に休んだ。絶対に、確実に、ピンピンしているだろうに。作業時間欲しさに学校をサボったのだ。何という豪胆、勘弁してくれ、と山田は天を仰ぐ。

「絶対クラスの連中騒ぐやつやん」

 芸人リスペクトの関西弁をひとつまみ、山田はセルフツッコミをする。

 誰も笑わないし、自分も笑えないが。

「ハァ⁉」

 刈谷零一の休みを告げると、クラス中で反感の声が上がる。何故か山田のあずかり知らぬところで、クラスメイトの心証が隅っこにいるよくわからない同級生から、男子にとっての敵と成っていた様子。想像よりも荒れるクラスに山田、心の中で泣く。

「あいつ絶対留年するだろ」

「出席日数足りなくなるよな、そうだろ、山田ァ」

 実はクラスで呼び捨てにされている山田学。本当に泣きたくなってしまう。

「……これじゃあ、あの女と変わらない」

 ばき、誰も見ていないところで、クラス委員長はシャーペンを握りつぶす。

 ようやく解放され、真人間に戻れるチャンスだったのに、また『あの世界』に戻ってしまった。

 それが彼女には許せなかったのだ。

「必ず、今度は、更生させてあげますね」

 握り潰したシャーペンを、静かに片付け彼女は委員長の仮面をかぶる。

 そんな機微に気付くはずもなく――

「あわわわ」

 荒れるクラスに及び腰になっている山田であった。


     ○


「先生が送り迎えしてあげるし、あれだったら授業中寝てても良いから、それなら体調悪い感じ本当に出るから、だからお願い。僕のために登校してくれ!」

 刈谷家の玄関で土下座を決め込む山田。クラスも荒れるし、主任にも小言を言われるし、もうなりふり構っていられないと大人のリーサルウェポンを決めたのだ。

 これが、大人って生き物である。

「ほら、また零一は先生をノイローゼにして!」

「……ぐぅ」

「あ、今丁度寝たよ、お母さん」

「先生、今です!」

「ありがとうございまーす!」

 零一を家族ぐるみで拉致し、山田学は車を疾走させる。とりあえず椅子に縛り付けておけば文句は言わせない。寝不足で死にそうに見えるのは好都合。

 ヤバそうなら早退させる。

 完璧な策略であった。山田学、自分の策に惚れ惚れする。

「先生、刈谷が起きません」

「体調、悪そうだったからな。無理して学校に来たんだろう。刈谷、おまえって奴は! くぅ、先生、感激!」

 おいおいと涙ぐむふりをする山田。朝一に車をかっ飛ばして教室に運び、椅子に固定したのだが、そんな素振りは少しも見せない。これが大人力である。

「先生、私が保健室に連れて行きましょうか?」

「保健室……そいつぁ、まずい!」

「何故ですか?」

「ぐっ⁉」

 山田学、色々と浅い。保健室に連れて行ったらバリバリ平熱なのがバレてしまう。しかし、すぐに早退させるのもちょっと不自然。されどこのままなのもおかしい。

(まだだ、まだ終わらんよ!)

 山田学、起死回生の策を思いつく。

「先生が連れて行こう。先生は先生で、先生は担任だからな」

「……はぁ」

 強権行使にて窮地を逃れた山田は零一を背負い、脱兎の如く教室を飛び出した。向かう先は当然保健室ではない。電脳ROBO研究会の部室である。

「よし、ここで大人しくしていろ! クラスメイトには保健室で寝ていると伝えれば万事解決。さすが大人だ山田学、頭脳が違うぜ!」

 これで保健室を確認されたらどうするのだろう、と考えられないのが山田学クオリティである。まあ、普通の同級生ならそこまでしないだろうし、考えたところでないだろう、と一蹴してもおかしくないのだが、残念ながら――

 彼のクラスには普通ではない生徒が混じっていた。

 一限目終わりの保健室にて、

「いませんね」

 二限目終わりの部室にて、

「やはり、そうなりますね」

 とある人物にはすべて、お見通しであった。

 そして、昼休みになると鼻をクンクンとさせるリョーコとロボ子が部室に向かっていた。「ぬるいちの匂いがする」と謎の発言をするリョーコを「彼は絶対に来ない。来れない」とバッサリ断ち切るロボ子。その貌には勝者の笑みが張り付いていた。

「仲良くしなよー」

「別に仲は悪くない」

 そんな二人の歩みと逆方向、つまりは部室の方から――

「こんにちは」

「……こんちわー」

 挨拶をして、すれ違っただけ。だが、二人はハタと気づく。

「……この先、うちらの部室しかなくない?」

「……うん」

「どーいうこっちゃ」

 頭をひねりながら、部室に入るとそこにはカロリーメイトを貪りながらPCとにらめっこする零一がいた。ここにいるはずが――と驚く二人。

「ん、ああ、PC借りてるぞ」

 その一言だけ言って、またしても考えこむ零一。

「ちょ、ちょい! あれか、部室におにゃのこ連れ込んだのか⁉ そりゃああれよ、私たちも禁じちゃいなかったけどTPOというのがね――」

 リョーコの発言に首を傾げる零一。

「部室に誰かいたのか? 起きてからずっと一人だけど」

 ぽかんとした表情、嘘をついているのならば俳優になれるのでは、と思うほどの自然体である。

 零一にそんなことが出来るとは思えない二人は、深まる謎に困惑していた。

「くぁ、このPC周り良いな。キーボードも静電容量無接点方式のやつだろ。変荷重のキースイッチが良いよな。打感も自然で叩きやすい」

「……どうも」

「俺も買いたかったけど高くてなぁ。あ、作業はとりあえず、今日の放課後には終わるわ。結構寝れたし、頭も冴えてる。イイ感じだ」

「ずっと寝てたの?」

「ああ。寝て起きたらなぜか学校にいた。作業できれば何でもいいけど」

「……なんでデータ持ち歩いてるの?」

「ん、前も仮眠してたら別の場所に移動させられて、作業できなくなったことがあったから、とりあえず寝る前はバックアップを取って持ち歩くようにしてる」

 こいつ、ホンマモンや、と唖然とする二人。

「正直、短期間でここまでブラッシュアップしてくるとは思わなかった。俺の要望も取り込まれているし、数字の上でも相当改善されていると思う」

 総合的な運動性能、武器の取り回しという複雑な動きも、これならスムーズにできるだろう。単純な最高速も、効果が薄かった足回りの工夫を削ぐことで軽量化したことで、目に見えて変化するはず。運動機能において加速を司る部分の軽量化は最も効果が出やすいのだ。

「それでも、仕上げてきた機体に比べると、落ちるとは思うけどな」

「ごめん、リョーコ」

「ただ、動きが独特だし、一発勝負なら勝算は、ある。バス美次第だが」

 可能性がないなら、出るべきではないと零一は思う。勝負事というのはそこに向けて準備をした者同士の場であり、とりあえずで出るべきではないと思っているから。

 その零一が有り、だと言うのなら――

「ちゃーんと、イメトレもしてるし、ランクも盛った。今、絶好調よバス美ちゃん」

「そりゃあ結構。ロボ子には放課後データを渡す」

「……授業は?」

「今はそれどころじゃない」

「今の時代の不良ってたぶんこんな感じなんだろうにゃあ」

 作業優先、まさにエンジニアの鑑であるが、彼の本業は学生である。

 まあ、言っても聞かないからこんな感じなのだが。

「とりあえず、私たちもお昼食べよう」

「うん」

 そしてここに、それは違うとたしなめる者はいなかった。

 全員、不良生徒である。

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