第6話:昇格

 私立星王学園高等学校。県下最高の偏差値を誇りつつ、あらゆる部活で知恵の杜と覇権を争う文武両道の高等学校である。各種設備も知恵の杜と同等クラスであり、高偏差値の生徒が多いため特に文化部は全国区の部活を多数擁する。

 文の星王、武の知恵の杜、などと言われている。

 そして、現在星王が最も力を入れている部活こそ、星王電脳機械研究部であった。活動内容は主にロボコン大会への参加である。

 Eスポーツとして昨今伸びている分野をいち早く制覇するため、毎年多額の活動資金が注ぎ込まれているとのうわさが絶えない。

 ロボコンとは電脳に舞台を移す前から、資金力の暴力がまかり通っていた世界である。材料、人手、設備、あらゆる面で平等ではない世界、資金力の差が勝敗に直結していたのだ。

 それは今もなお変わらない。

 星王に限らず、優秀な人材を引き抜くためにモノを言うのは、結局のところ金なのだ。直接札束を叩きつけることは出来なくとも、特待生と言う形であらゆる金銭的負担を免除し、寮などを完備することで生活費すら学校サイドが持つ、という間接的な金のやり取りはジャンルを超え、どこの学校もやっている。星王はその中でも、特に強引な手法が目立つのだが――知恵の杜同様に。

「やあ、皇君。シングル部門の調子はどうだい?」

「部長殿ですか。順調ですよ。今年は良いパイロットを学校に工面して頂いたので、去年のような醜態をさらすことはないかと」

 星王電研の看板を背負って立つ二人、部長と副部長の二人が廊下を歩む。

「それは良かった。去年、『女傑』相手に惜敗していなければ、私が部長になることはなかった。トッププロスペクトの君を差し置いて、など」

「あまり虐めないでください。所詮は二年生、三年生の先輩方を差し置いて、部長になど恐れ多くてとてもとても」

「その諸先輩方を差し置いて、シングル部門とは言えメインの総合ディレクターに抜擢された君の言うセリフとは思えないね。今年は期待しているよ。シングル部門は、集団ではなく個人の力がモノをいう世界だ。星王にとっての鬼門とも言える」

「そのための、私たち傭兵ですので」

「ふふ、君は普通に受験をしても受かっていたと思うがね。では、また放課後」

「はい」

 皇将虎(すめらぎしょうこ)、星王学園二年にして、星王が設けている特待制度の最上位にて学園長自らが引っ張ってきたロボコン界の英才。

 パイロット、ハード、ソフト、あらゆる分野に精通し、自らも全て高水準にこなす実力を持ちながら、彼女の職能は人を動かすことにある。

 中学生の時点で資料をまとめ、人を統率し企業に自分たちを売り込んだ手腕もそう、そこから流れるようにメインの立場を奪ったのもそう、彼女が率いていたから天才たちは実力を発揮することが出来たのだ。

 実際に、刈谷零一に限らずとも彼女の手を離れた天才が、様々な理由で輝きを失っていく様を見るに、彼女のかじ取りが卓越していたことも窺い知れる。

 星王学園だけではなく、多くの私立高校が彼女を狙った。学校だけではなく、企業まで争奪戦に参戦したほどである。その理由は彼女の武勇伝にもあるが――

「昼休みも作業をしているのかい? 感心だね」

「皇さん!」

 最大の理由は今の星電研を見れば明らかである。全国でも名の通ったパイロット候補や中学時代から全国区であった才溢れるエンジニアたち。皆、皇将虎の下に付きたいと県をまたいで星王学園にやってきたのだ。これが彼女を取った効果。

「脚部の回路、弄ってみたんですけど、どう思います?」

「ふむ、これはドイツのプロチーム『クリーガァ』のオマージュかな?」

「あ、わかりますか⁉」

「あの足回りの挙動は少し話題になったからね。私も試合は見たよ。この工夫で動きが再現できるか、試してみる価値はある。難しいと思うが、それでも意欲的なことは良いことだね。是非やってみたまえ」

「ありがとうございます! ソフトチームと共同で、試してみます!」

「頑張って。期待しているよ」

「はい!」

 その後も続々と、担当範囲を超えて彼女の下には多数の部員が集う。そしてどんな専門的な質問や会話も全て的確に返してしまうのだ。部員たちは彼女を超人だと言う。ハード、ソフト、どちらにも精通することの難しさは彼らが一番理解している。

 その上で彼女はNUCの日本ランカーでもあるのだ。

「最近調子はどうです? ショーコ先輩」

「君か、ぼちぼちだね」

 質問攻めから解放され、部門ごとのメインディレクターにのみ与えられた個室に入ったショーコを出迎えたのは、一年生の特待生神堂司(しんどうつかさ)であった。

 ボーイッシュな風貌で、男の制服を着ているがれっきとした女子である。

「NUCの方はァ?」

「君も嫌味な質問をするね。とりあえず、ランカーであることだけは死守している形だよ。ご存じの通りさ。何しろ時間が足りない」

「僕がランク上げ手伝ってあげるのに」

「君が私の指揮を聞いてくれるなら、やっても良いがね。君、聞かないだろ?」

「僕よりへたっぴなショーコ先輩のオーダーなんて聞けないですよぉ」

「だから君とはやらない。私とやるぐらいなら、それこそ諸先輩方とランクを回してチームワークを深めた方が良い。今はシングル部門だが、来年は他部門も兼任してもらうのだから」

「ジェネラリストのショーコ先輩よりもセンスない人たちでしょ? ほんと冗談きついですって。僕と釣り合うのはショーコ先輩と眼鏡ぐらいですし」

「それでも、就職先を考えるなら今のうちに、格下に合わせてやる芸も身につけておくと良い。君の才能なら、ワークスチームでも同じ場面に出会うよ」

 ツーンと拗ねる神堂に先輩である皇は苦笑するしかない。いつだって天才とは難物なのだ。バランス感覚に優れた者は、おそらく彼女たちのようになり得ない。

 怪物とは常にバランスの向こう側にいるのだから。

「頼むよ、天才。私たち星王はこれから三年間、君次第なんだ」

「ほーんと先輩ってあれですよね。持ち上げるのがお上手なんだから。まあ、乗っかってもいいですよ。ただし、ソフト屋、まともなの用意してください」

「……ふむ。今やってくれてる子たちも、高校レベルではトップクラスだよ。君たちのように突き抜けていないだけで。充分優秀だと思うけどね」

「冗談ですよね?」

 神堂の突き刺すような視線に、皇はため息をつく。

「我慢だ、司。特待生の枠はそれほど多くない。電研は優遇してもらっている方。私も君もその恩恵に与っている。それでも、全てを網羅は出来ないんだ。ロボコンの優先順位はパイロット、ハード、ソフト、学校が金をかけるのもその順番だ」

「納得いかなーい」

「飲み込むしかない。それに、海外から来た君が思うような天才は、この日本にはほとんどいないんだ。その面では後進国なんだよ、この国は」

「ほとんど?」

 核心を突かれ、一瞬詰まる皇だったが――

「……かつてはいた。でも、今はいない。この話はこれで終わりにしよう」

「ふーん。まあいいや。今日のところは、退散しておきまーす」

 興味津々で退出していく神堂。

 その表情に皇は何度目かわからないため息を、つく。

「君がいれば、いや、私が、私だけがそれを言っては――」

 脳裏に浮かぶのは昨年の敗戦。

 ハードでは圧倒的に勝っていた。ソフトではほぼ互角、敗因はパイロットの差であった。技量は互角に近かったが、気迫で押し切られた。

 だから今年は最高のパイロットを所望し、得ることが出来た。

 だが、本当なら、去年勝つことだって出来たはずなのだ。

 彼がいてくれたら、パイロットの、ハードの、彼らの力を百パーセント以上引き出せる彼がいてくれたら、今年こんなに回り道はしていない。勝って全国の切符を掴んでいれば、今年の新入生も全体的にグレードを上げられたはず。

「レーイチ」

 ショーコは扇子を取り出し、ばさりと開く。

 それは彼とたもとを分かつと決めた時に購入したもの。刻まれた不退転という文字を噛み締め、皇将虎は窓の外に目を向ける。

 彼はいつか甦る。学生の内には無理でも、いつかは。

「私は、手に入れるよ。我を通せる力を。だから、待っていてくれ」

 決めたのだ。そのために修羅の道を征く、と。


     ○


 驚異の四日連続休み、もといサボりの後、週明けの教室にて――

「体調大丈夫、刈谷君」

「体調?」

「風邪だったんだよね?」

「あー、そうだった。治った」

「そっか、よかった」

 まさかクラスで声をかけられると思っていなかった零一は驚きつつも、無難に返した。傍目には嘘吐きにしか見えないが、委員長は信じたようである。

 ちなみに他の同級生からは一度も声をかけられなかった。

 そのまま仮眠を挟みつつ昼休みに突入――

「ぬるいちー、お昼一緒に食べよー」

「ッ⁉」

 その時、2年4組に激震が走る。刈谷零一と言えば筋金入りの陰キャ。男女ともに委員長以外話し相手すらいない孤独で哀れなクラスメイト、それぐらいの認識しかなかったのに。

 そこへいきなり美少女がやってきたのだ。

「いやだ」

「ロボ子がさぁ、詰めておきたい話があるんだって」

「なら行く」

「ヒュー、釣り堀の腹を空かしたニジマスぐらいあっさり釣れたぜこの野郎」

「なんだその例え」

「ちなみにイワナはお腹いっぱいなのか全然喰いつきません!」

「……こいつの脳みそが怖い」

 美少女と当たり前のように去っていく刈谷零一。その後ろ姿を見つめながら、クラスメイト達の内心には巨大な衝撃がこだまする。音を立てて崩れ去るクラスのカースト、最下層に位置していた男が彼女のいない彼らをごぼう抜きしていくのだ。

 彼らは幻覚を見る。

「じゃあな、彼女の一人もいない非モテども」

 零一の背中が、そう言っているように見えたのだ。本人は何も言っていないし、そもそもリョーコと零一は知り合ったばっかりの浅い関係なのだが。

 そんなこと知らぬ彼らには、嫉妬に値する光景に見えたのだ。

「……刈谷君」

 その光景を見て、小さく呟く委員長の表情は誰にも窺い知れない。


     ○


「別に詰めたい話なんてないけど」

 ロボ子の疑問符を浮かべた表情に、零一は嫌でも察してしまう。

「バス美」

「まあまあ、たった三人ぽっちのロボ研よ。仲良くしましょうぜ」

「俺は入部した覚えはないぞ。そもそも同好会だろ、お前ら」

「え、でも、山田っちがぬるいちの入部届受理したって言ってたよ。それをもってうちも部に昇格、晴れて部費を手に入れることが出来たのだ! やったぜ!」

「ま、待て。入部届、俺書いてないんだが」

「そいつぁ七不思議。どう思う、ロボ子ちん」

「山田先生が入部届を書いただけでしょ。別に筆跡鑑定されるわけじゃないし」

「なぁるほど、バス美納得」

「俺は納得できないんだが⁉」

「まあまあ旦那ぁ、ここはひとつ大人になりやしょうぜ。部になれば多少なりとも部費が出る、今まで自費で工面してきた分も、お上のマネーでどうにか出来るって寸法でさ。へっへっへ」

「なんの話し方だよ。って言うか、あれだけのPC用意できたなら、周辺機材なんて誤差みたいなもんだろ。あれだけで百万余裕で超えるだろ」

 零一の指摘にリョーコは難しい顔をする。

「いやぁ、あれはまだあっしが世にも珍しいJC配信者だった時に荒稼ぎして手に入れたもんでして、顔出ししてないバス美とは稼ぎが違うんでさ」

「……そうなの?」

「へえ、恥ずかしながら、今はしがない底辺配信者。スパチャも雀の涙でやんす」

 申し訳ない、と任侠者っぽく頭を下げるリョーコ。もはやキャラがブレすぎて定まる気配すらしないが、ツッコむ気力も湧かないので零一もそこはスルーする。

 幼馴染であるロボ子が無視して食事を進めているのが何よりもの証左。

「ぬるいちは稼ぎあるの?」

「昔の貯金は残っているけど、今は何もない。バイトもしてないし」

「ちなみにロボ子もニート!」

「高校生」

「ってなわけで、部費は欲しいのだ! まあお金なんてね、なんぼあってもいいですから。あー、空からお金降ってこないかなー!」

「ってか、発足したばっかりじゃ、大して出ないだろ」

「そこはほら、山田っちの交渉術で」

「…………」

「期待値ゼロ」

「ん、んんー、バス美的にもそんなに期待してない。でもさ、六月から始まる総文で結果を出せば一気に部費もアップできるっしょ」

 総文とは全国高等学校総合文化祭の略であり、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)と対を成す文化部の全国大会である。少し前にロボコンも規定部門に加わり、公式的な競い合う場を手に入れることが出来た。総体か総文か、で少しゴタゴタもあったのも今は昔。

「間に合うか? 結構スケジュールきついと思うぞ」

「私もそう思う」

「だまらっしゃい! あたしゃあ、今のロボットでも出るぜ。出るのはタダ、ロボットがあるのに出ないなんざ、それこそ青春の大損ってやつよ!」

「半端な状態で出ても返り討ちされるだけだと思うけどな。前にショーコが言ってたけど、高校の部活もすごいレベル上がってるらしいし」

「同意」

「私たち三人に出来ないことはなーい!」

 勝手に盛り上がっているリョーコ。

 ロボ子は正直、競い合わせること自体にはあまり興味が無いのだろう。きちんと動いた時点で彼女の欲求はある程度満たされている。

 もちろん、理想の機体をより良いものにする欲求自体はあるのだろうが。

 そして、零一自体も面白い玩具を弄れるならそれで良いと思っている。総文への興味はロボ子同様薄いものであった。

「あれ、間に合わせる自信ない系?」

 そのリョーコの一言が発せられる前までは――

 一瞬の静寂。邪気なく言い放ったリョーコは首を傾げる。

 そして、

「まあ、俺は出来るけど?」

 刈谷零一、負けん気発動。

「私が出来ないとでも?」

 多田隈ロボ子、負けん気発動。

「じゃあ決定!」

「「あっ」」

 リョーコのトラップに、ものの見事に引っ掛かった二人。なし崩し的に総文を目指すことになってしまった。ついでに刈谷零一の入部も、流れで確定してしまう。

 本人は後に引けなくなってから気づくのだった。

 電脳ROBO研究会、部員三名にて部へ昇格。

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